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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
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大仏殿内の惨状  参

「とんだ事になったな……」


 中岡編集が私の傍で呟いた。


「そうですね、とんでもない事が起こりましたね。でも、こんな状況ですが慌てふためいてはいけないと思います。そして、私達にはすべき事があります。それは、一歩たりともこの場から動かずに居なければいけないということです」


「どうしてだ? 気持ち悪くなってしまってトイレに行ったりとか、少しぐらい動いたって良いのではないか? それとも僕等の中に容疑者がいるとでも云うのか?」


「若しかしたらですけど、大仏殿内に犯人が残っている可能性もあります。いつ良弁さんが殺されたのかは解りませんので、この広い大仏殿の中に犯行を行った人間が隠れていて、脱出のチャンスを窺っている可能性があるかも知れません……」


「えっ、こ、この中に犯人がいるかも知れないだと……」


 中岡編集は強張った顔で大仏殿内部を指差した。


「もし、そんな人間が潜んでいようものなら、逃がさないようにしなければいけないですよね?」


「あ、ああ、それはそうだな…… ちょっと怖いけど」


 とはいえ、女性の武藤京子はしゃがみ込んで顔を伏せており肩を震わせていた。当然見張りとしては機能していない。まあ、あのあまりの光景を見たらそうなるのも無理はないと思える。男性の大谷正志は武藤京子の肩に手を添え介抱しているかのように軽く摩っていた。間宮はというと唖然としたまま只々良弁大僧都の姿を見続けていた。老人もどうしたものかといった表情で佇んでいる。


 私は大仏殿の正面の戸の近くに立ち、誰かがそこから出て行ったりしないかに意識を置きながら、一応、大仏殿内部の人が隠れられそうな場所を探ってみた。


 巨大な大仏を納めている大仏殿だ。隠れようと思えばいくらでも隠れる場所はあるだろう。大仏の裏側は尚の事、両隣の如意輪観音坐像と虚空蔵菩薩坐像も巨大な代物だ。その裏側にも当然隠れられるだろう。


 太い柱の陰や四隅に配されている四天王像の陰にだって隠れようと思えば隠れられるとも思える。


 そんな事をしばし考えていると良基が戻ってきた。そして、その横には、写経を担当していた良寛、そして、それまで見掛けなかったが、太った僧の姿もあった。


「う、うわああああああああああああっ、良弁さま! 良弁さまっ!!」


 そのあまりの惨状をみた良寛が悲痛な声を上げた。


 もう一人の太った僧も力なく膝と手を付き座り込む。そして、手をすり合わせ、小さな声でお経を口ずさむ。


「お、お待たせしました。警察に連絡を入れた所、一時間程でこちらに駆けつけてくれるという事でした」


 良基がそんな良寛ともう一人の僧を尻目に私達に説明してくる。


 私は余計な事とは思いながら口を開いた。


「あ、あの、こちらの寺院には全部で何名の方が居られるのですか? その方々にもこの状況をお伝えして、全員ここへ来て頂いた方が良いのではないでしょうか?」


「えっ、ああ、そうですね、一応、他には寂抄尼と仲居をお願いしている女性二人だけになりますが、その者達にも伝える必要はありますよね……」


「ええ、一応ですがそうした方が……」


 私は答える。


 良基は小さな声でお経を口ずさんでいる太った僧に視線を向ける。


「おい法観、開山堂にいる寂抄尼様と鈴子と松子を此処へ連れてきてくれ」


「寂抄尼様達を此処へ連れてくるんですか?」


「そうだ早くしてくれ」


 法観と呼ばれた僧は呆けた様子で返事をすると、宿泊場所である開山堂へふらふら向って行った。

 

 良基はそれを見送った後、再び良弁の無残な姿を仰ぎ見る。 そして、喉の奥から搾り出すように呟いた。


「し、しかし、大変な事になってしまいました…… 一体誰がどうしてこんな酷い事を……」


 その視線の先に私も同じように視線を送りながら質問をする。


「あ、あの、良基さん、良弁さまが乗っている、あの駕籠のようなものは何ですか?」


「あ、ああ、あれは大仏様のお身拭いをする際に使用する物です。あの上に腰掛けたような格好で大仏様の掃除をするのです」


 私はその説明を聞いて、説法の際に聞いた話を思い出した。


「じゃあ、あれに乗り、拭きながら降りてくるという事ですか?」


「ええ、そうです」


 良基は頷いた。


 そんな話をしていると、大仏殿正面の入口から慌てた様子で寂抄尼が入ってきた。


「ひっ! ああっ! こんな、こんな事って…… なんて、なんて事でしょう……」


 その光景を目にした寂抄尼は肩を震わせながら搾り出したような声を上げた。そして、そのまま手で顔を覆い蹲ってしまった。


 大仏殿の入口の外側に人の気配があるので、そちらに視線を送ると、寂抄尼に引き連れられてきた仲居二人が大仏殿の入口手前で、強張った顔のまま中に入るのを躊躇っていた。


 私達の食事の際に料理を運んできてくれた仲居達だった。さすがに凄惨な光景を目にしたくないのかもしれない。


「これで、このお寺の方々は全てお集まりになられたような感じでしょうか?」


 私は問い掛ける。


「ええ、そうですね、規模のわりに人数が少ないと思われるかもしれませんが、これで寺の人間は全てで御座います」


 良基が答えた。




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