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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
52/539

大華厳寺 壱

 その男は、私達や横にいる恋人等に視線を向けながら茶を啜る。その訝しげな視線に横に座っていた恋人等は声のトーンを落とした。


そんな最中、玄関の方から呼びかける声が聞こえてきた。


「……こんにちは、失礼します、誰か居りせんか?」


「はい、ただいま参ります」


 寂抄尼はすぐに玄関の方へ出迎えに行く。


 そして、しばらくすると、再び寂抄尼に引き連れられ、また一人誰かがやってきた。


 障子戸が開き、促されて入室してきたのは、七十歳程の気の良さそうな老人だった。


その手には朱印帳が持たれ、いかにも寺院めぐりが趣味だといった雰囲気が漂っている。


「では、こちらのお部屋で少々お待ち下さいませ」


その老人は小さく頷き、にこにこ笑いながら私の横の座布団に腰をおろす。


「お茶をどうぞ」


 寂抄尼が声をかける。


「これは、これは、どうも有難うございます」


 その老人は、前に置かれた茶碗を手にし、実に美味しそうに茶を啜る。


「申し訳ございませんがしばらくお待ちくださいませ」


「ええ、畏まりました」


 寂抄尼は茶を出し終わると、玄関での出迎えがまだある為か、すぐに部屋を出て行った。


 その老人は静かにお茶を飲んでいる。その老人がふと私の方を見た。


「はて、私はどこかで貴方にお会いしたことがあるようなないような……」


 嫌な予感が……。


「い、いえ、私はお会いしたことは無いと思いますけど……」


 私は顔を伏せはぐらかすように云った。


「いや、どこかで……」


 もういいよ! 思い出さんでくれ!


「ふふ、ヒントを出しましょうか?」


 横から中岡編集が口を出してきた。


 むっ、こいつ、よ、余計な真似を! 


 私は中岡編集を横目で睨む。


「いいですか、会った事があるのではなくて見たことがあるのです」


「えっ、見たことがある? テレビか何かでですか?」


 老人は困惑した様子で問い返す。


「惜しい! テレビじゃないです。テレビにも出てこないことはありませんが、どちらかと云うと教科書とかに……」


「えっ教科書? 教科書に載るような有名な方なんですか、それは音楽か何かですか?」


「いいえ、違います歴史の教科書です」


「歴史の教科書ですか……」


「な、中岡さん、もう止めてください」


 私は抗議の声を上げる。


「もう少しヒントを出しますと、実は名前に龍の字が付くんですよ」


「龍の字ですか? いや、私が会ったことがあると思った方は龍の字なんて付かなかったような気が……」


「いえ、それは思い出せていないだけです。思い出したらピンとくる筈です」


 老人は混乱した顔をし始めた。


「いいですか、会ったことがあるのではなくて見たことがある。なので会ったことがあると勘違いしてしまったのです。そして誤認はもう少しあります。この者は女ですが、見たことがあるのは男です。そして歴史上の人物なのです」


 まるで呪い師のように中岡編集が畳み込んでいく。


「えっ、えええっ? 女じゃなくて男……」


「な、中岡さん、もういい加減にしてください!」


 私は再度、抗議の声を上げる。


 老人は頭を抱えた。そして。


「あっ、解った! 解りましたぞ、芥川龍之介ですね!」


「ち、違いますよ、坂本龍馬ですって!」


 中岡編集が叫んだ。


 嗚呼、ついにぶちまけやがった……。


 瞬間、老人は晴れやかな表情を浮かべた。嫌味なほど晴れやかだった。


「そうだ! そうですよ! 坂本龍馬です。確かにあなたの云ったとおりだ。会ったことがあるのではなくて、見たことがあったので会った事があった様に感じてしまっていたんですね。本当だ。ああ、確かにお連れの方は坂本龍馬にそっくりだ」


 余計なお世話だ。


「ぶっ、ぶはっ! あはははははは、本当だぞ、確かにあんた坂本龍馬にそっくりだ。女なのに坂本龍馬にそっくりだ。いや女だからこそ似ているじゃないのか!」


 私の斜め前に座っていた目付きの悪い男が堰を切ったように笑い出した。


 こ、こいつ寡黙じゃないのかよ、いきなり笑い出しやがって! 


 と思ったら、私の目の前に座っている恋人達が顔を真っ赤にしながら手で口に蓋をして肩を振るわせ始めた。


 こいつらもか!


「ま、正志さん、笑っちゃ悪いわよ」


 女の方が小さい声で云った。


 わ、悪いと思うならあんたも笑うなよ! 私は憮然としつつ心の中で突っ込んだ。


「わ、解ってるよ……」


 正志と呼ばれた男は必死な顔で目を瞑る。顔が伸びているから口の中で軽く舌を噛んで笑いを抑えているようだ。


 結局、しばらくの間、私は嘲笑に晒され続ける事となった。


 こいつ等全員、後で覚えてろよ! 私は耐えつつ怒りに肩を震わせる。



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