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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章      ● 其ノ二 華厳寺大仏殿殺人事件 
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上州へ 肆

 そうして、背の高い若い僧に引き連れられ、私と中岡編集は大仏殿の正面左側の回廊裏手を進んでいった。歩いてみると、改めてその敷地の広大さを感じずにはいられない。


 途中、指図堂、阿弥陀堂、公慶堂と書かれたお堂の前を通過して、戒檀堂という名前が書かれた薬医門型の門の前に至った。戒檀堂の周囲は屋根瓦の乗った壁に取り囲まれており、中は少し丘のようになっている。


「こちらの戒檀堂が宿坊として開放されている施設になります」


 若い僧が入口を手で指し示す。


 門の中には階段が設けられ、その先に良くあるお寺の本堂といった印象の建物があった。大仏殿や南大門などこれだけ規模が大きな建物が立ち並ぶ中では戒檀堂は小さい方になるが、普通のお寺の本堂程の大きさがある。


「では、私に続いて下さい」


 若い僧は、その石段を登っていく。


 上まで登りきり、庇の付いた玄関から内部に入り込むと、四十代前後の中堅といった様子の女性の僧が奥から現れた。


「この者は戒檀堂を取り仕切る寂抄尼でございます。宿坊体験の方々のお世話をさせていただきます」


 若い層は手で指し示し、その尼僧を紹介する。


「わたくしは寂抄尼と申します。ようこそおいでなさいました」


 その尼僧は丸みのある柔らかい笑みで微笑みかけてくる。剃髪してしまっている為か帽子もうすを被ってはいるが、見える顔はとても美しく、世俗の世界にいれば女優にでもなっていてもおかしくない印象だ。好みタイプなのか横で中岡編集がじっとその尼僧を見詰めていた。


「では寂抄尼様、後は宜しくお願いいたします」


「はい、畏まりました。良基さん」


 その良基という背の高い若い僧は、そこで寂抄尼という尼僧に私を託すと、私と中岡編集に軽く一礼をして玄関から外へと出て行った。


「それではお部屋にご案内致します。私の後にお続き下さいませ」


 その建物の内部は古びた旅館とお寺が相まったような印象でとても渋みがあった。


 玄関は広くとても趣があり、玄関を上がったすぐ右端に二階に登る階段が設けられていた。階段の脇には奥へと続く木で出来た廊下があり、その右手の壁には旅館の部屋のように戸が幾つも並び、左側は障子戸がずっと奥まで嵌めこまれていた。


 所々障子が開いているので、廊下を進みながら中を覗くと、広い畳敷きの部屋になっているのが見えた。大広間といった感じだろう。


 その畳敷きの部屋には襖戸が溜まっている所が何箇所か見えることから、その襖戸で仕切る事によって、幾つもの部屋に分ける事が出来るようだった。


 廊下の奥のほうまで行き着き止まると、寂抄尼が左手にある引き手に手を掛け障子戸を引き開けていった。


「こちらのお部屋で少々お寛ぎになっていてください。宿坊体験の方々が全員揃いましたら、境内のご案内を致しますから」


「ああ、ええ、畏まりました」


 中岡編集は緊張気味に答える。そして少し格好を付けている。いつもの如くタイプの女性を前で出来る男を演じようとしているようだ。


 その案内された部屋に入ると、障子と襖に遮られた十二畳程の和室になっていた。


一畳程の大きさのお膳が縦に三つ並び、そこに座布団が並べられてある。なにか法事の際の待合室のような印象だ。そして、その部屋には先客がおり、奥のほうに座り茶を飲んでいた。


「では奥の方へ……」


 寂抄尼の促しに従い私と中岡編集はそそくさと進み奥の方の席に腰を下ろした。


 すぐに寂抄尼が私達の座った場所の前にある膳に茶菓子と茶を用意して持ってくる。


「どうぞ」


「これはこれは、どうも有難うございます」


 中岡編集はキリリとした顔付きで小さく頭を下げ礼を言う。私も横で小さく頭を下げた。


 寂抄尼は私達に茶を出し終わると、他にやる事があるのか、すぐに部屋を出て行ってしまった。私と中岡編集は茶菓子を手に取り茶を啜う。私と中岡編集の目の前に座っている先客は恋人同士のようで、二十代前半程の女性と男性だった。


 特にやる事もないのでお茶を啜っていると、横で中岡編集がチラチラ腕時計に視線を送っている。


「今は何時何分ですか?」


「ああ、十二時五分前だ」


 一応の集合時間が十二時なので、私達やその恋人等以外の宿坊体験の人間が全員集まってきてもおかしくない。


 すると、玄関側の方から声が聞こえてきた、その声は寂抄尼のものと中年程の男性の声だった。そして廊下を進んでくる足音が近づいてくる。


 足音が襖の前で止まり、襖戸がすっと開かれ、寂抄尼と新たな宿坊体験客が姿を現す。


その人物はやや背の低い年の頃は四十歳前半位の男だった。目付きが鋭く、周囲を探るような感じに視線を送ってくる。


「どうぞ、こちらのお部屋でお寛ぎになってお待ち下さい」


 寂抄尼は私達に説明した時と同じように促した。その男は私と中岡編集を挟んだ斜め向かい側の座布団に腰をおろす。


 すぐに寂抄尼が、私達の時同様その男の前に茶菓子と茶を用意した。



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