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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章       ●其ノ十二 美麗関ヶ原大戦  
508/539

いざ関ヶ原へ  弐

 九月十四日 


 私は東海道新幹線で東京から京都方面へ向かっていた。目的地は岐阜県不破郡関ヶ原町にある関ヶ原古戦場跡だった。


「ふふふ、でも、まさかあんたが美麗関ヶ原大戦に嵌るとはね……」


 横に座る輝美が笑いながら言及する。


「だ、だって! 関ヶ原大戦の豊久が格好が良すぎるんだもの……」


 私は頬を膨らませながら答える。


 横に座っているのは、私の歴女仲間で池田輝美だ。背が高く長髪ですらりとした秘書タイプ美人である。因みに胸も大きい。


 なんでも輝美は池田輝政のずっとずっと遠縁の子孫らしく、まんま池田恒興、池田輝政父子推しの歴女なのだ。


「でも、嵌ったからといって、今回のイベントに参加するまでしなくたって……」


「だって、検定に受かったら、美麗関ヶ原大戦キャラのフィギュアを貰えるって聞いたし、好きな戦国武将の甲冑レプリカを貰えるって云うし、美麗関ヶ原大戦のコスプレした人が沢山来るって聞いたからさ……」


 そんな私の答えに輝美は呆れた顔を見せる。


「目的はそっちなの?」


「うん、私は生の豊久が見たいし豊久が欲しいの…… 甲冑の方は時代が違うけど、信長様の南蛮具足が欲しい…… もし手に入ったら、五月人形みたいに飾っておくんだ。一年中ずっと」


「は、ははは、まあ、受かったら貰えるみたいだけどね…… まあ、私は一年中池田輝政の甲冑を飾っているけどね……」


「ふふふ、やるわね輝美……」


「ふん、歴女だからね、当然よ」


 輝美はちょっと自慢気にどや顔を浮かべる。


「でも、私達のグループは島津のいる西軍じゃなくて東軍だよ、楽しめるの?」


「どっちでも良いわよ。美麗関ヶ原大戦のキャラクターにコスプレした参加者たちを見て、自分もその世界に浸ることが出来ればね…… 豊久とは対戦のとき合えれば良いのよ」


「ふ~ん」


 輝美はちょっと首を傾げる。輝美には池田輝政は格好よく思えても豊久はそうでもないようだ。


「あっ、そういえば、あんたの事をいつも龍馬子、龍馬子と呼んでる中岡とかいう担当編集さんは最近はどうしてるの?」


 私は今、そんな名前は思い出したくも聞きたくもなかった。


「……また痛風発作が出て家で動けずにいるとか云っていたけど、よく解らない。っていうかその名前を出さないでよ!」


 私は顔を窓の方へ背ける。


「ふ~ん、嫌なのね……」


「仕事の事は忘れて美麗関ヶ原大戦の世界に浸っていたいの…… 今に至っては中岡は頭の中から完全に消しているから……」


「はいはい」


 そんなやりとりをする二人を乗せた新幹線は名古屋駅へと到着する。ここから宿泊場所の大垣までは在来線での移動になるのだ。


 私達は在来線で大垣まで進み、三時頃に大垣のホテルにチェックインした。駅から程近い場所にある立派なホテルだった。今日はその大垣のホテルに前泊し、明日の朝、九時に関ヶ原古戦場会館に集合する事になる。


 夕方になり、輝美の仲間の歴男歴女と合流し、輝美がホテルのロビー隅で私の事を皆に紹介してくれる流れになった。


「え~と、彼女は坂本涼子。私の東京での歴女仲間です、今回の検定に山内一豊役で参加する事になったから、皆、宜しくお願いね」


 輝美の紹介に伴い私は頭を下げ、後を続けて自己紹介をする。


「え~、皆さん初めまして坂本亮子と申します。今回急遽参加させてもらうことになりました宜しくお願いします」


「ああ、こちらこそ宜しく、僕は山科俊介だ。家康のファンで、明日も家康のコスプレでプレイする予定だよ」


 体が大きく、四角い顔のイケメンだった。美麗関ヶ原大戦の徳川家康に近いイメージだ。年齢は三十五歳との事でこの中では年配の方だ。


「私は駒野美紀、本多忠勝のファンで、明日は忠勝コスプレで参加する予定よ、私は本格派だから宜しくね」


 小柄で髪を真ん中分けにしている可愛い子ちゃんだ。


 可愛い子ちゃんなのに爺の本多忠勝推しなのか…… 渋いな。しかしながら本格派ってのは何だろう?


「ふふっ、俺は井伊直政のコスプレで参加予定の田中顕穂だ。宜しくな」


 髪を金髪にして緩いウエーブパーマを掛けた細身の男だった。戦国時代なのに王子様系のイメージだ。


 まあ、彼もそこそこのイケメンである。


 流石に美麗関ヶ原大戦の参加者だけあり、美に対する意識は高めな感じだ。フツメンでも髪型イケメンや、雰囲気イケメン、スタイルイケメンに近づけているようだ。


「え~と、涼子はね、本格歴女の方から最近萌え歴女の方に転向してきたんで、歴史の方に詳しいから皆その辺りで解らない事があったら聞いてみてね」


 えっ、本格歴女からの転向? 歴史に詳しい?


「い、いえ、そんなに詳しくはないです。ぼちぼちです」


 おいおい、いきなりハードル上げんなよ!


「さてと、自己紹介の済んだ事だし、坂本さんに明日の関ヶ原での対戦形式の概要を説明しておくよ」


 家康役の山科が切り出した。


「は、はい」


 そうして私を含む五人はホテルロビーのソファ席に丸くなって座った。


「坂本さん以外はもう経験しているから復習のつもりで聞いてくれ、じゃあ坂本さん、基本的なルールを説明するけど良いかな?」


「はい」


 私は真剣な眼差しで頷いた。


「明日行われるのは、古戦場戦略マイスター検定になる。五人一組の団体戦で、より多くの陣地を獲得し勢力を広げたチームの優勝になる。参加グループは、石田三成と島左近の笹尾山陣。毛利と吉川達の南宮山陣。黒田細川等の東軍北陣。宇喜多&小西達の西軍前線陣。福島藤堂達の東軍前線陣。徳川池田等の桃配山陣。小早川朽木等の松尾山陣になるんだ」


 中々本格的である。


「これらのグループは当時の東軍、西軍などの関係は無くそれぞれが独立した軍になる。だから石田軍と家康軍が同盟を組むのなんかもありだし、毛利軍と小早川軍が同盟を組んでも良い訳だ。兎に角、多くの陣を奪い一番勢力を高めた軍の勝ちになるんだ」


「なるほどです……」


「それで、それぞれの陣は歴史に因んだ場所になるんだ。三成軍は笹尾山麓。宇喜多軍は天満山麓。小早川軍は松尾山麓とね」


 それを聞いた私はその本格的具合にわくわくせずにはいられない。


「このイベントはアニメ制作会社の天正浪漫社だけではなく、関ケ原町や関ヶ原古戦場会館、関ヶ原観光協会、岐阜県など色々な所からの協賛を得ているので、陣の場所などの提供も受けている。全部ではないが実際の陣跡を使ったりとね」


「凄いですね」


「それぞれの陣から兵を動かし、対戦や同盟などを行いながら勢力を拡大するんだ。実際の関ヶ原合戦さながらにね」


 家康の山科が微笑みながら云う。


「あ、あの、その対戦ってどう行うのですか?」


「あれれ、輝美君、そこはまだ伝えていないのかな?」


 山科は輝美に問い掛ける。


「うん、まだ伝えていないわ、これからの予定だけど」


「本質はカードバトルと同じだよ。五人パーティーだから、それぞれに役割を持たせて、大将、大大名、中大名、小大名、軍師の任にする。その上で任札を持たせた人間を五対五で将棋のように送り出し、強い方が勝つと云った形式だ」


 改まって山科が私へ説明する。


「とすると、大将と小大名が対峙したら大将が勝つ訳ですか?」


「まあそうなんだけど、そう単純じゃない。武具札というのもあり、それを組み合わせる事によって中大名が大将に勝ったりする場合もあるんだ」


「ほう」


「また、ほら僕は家康のコスプレをするけど、僕が大将札を持っているとは限らない。坂本さんの山内一豊が大将だって事もありえるんだ。また陣に於ける立ち位置や振舞いで任とか順番なんかのミスリードを仕込む事もある。そこら辺の駆け引きなんかも重要になるんだよ、兎に角、心理戦だね」


「成程です……」


 そんな説明を聞きながらも、色々と私には疑問が生じてくる。


「ちょっと質問ですが、その対戦はどういったタイミングで行われるのですか? 戦っていない軍と戦ってばかりいる軍に分かれたりとかしてしまうんじゃ?」


「いや、ルールでは大体一時間毎に対戦とか同盟を行う事になっているんだ。まあ、相手が見付からなければ日和見状態になってしまうけどね。ただ日和見だと他の軍が同盟や対戦でどんどん勢力をに伸ばしていく中、後手後手にまわってしまって後が大変になってしまうんだ。時間制限もあって日も暮れちゃうから、無駄に時間ばかり掛ける訳にもいかないしね」


「制限時間ってどの位なのですか?」


「史実の関ヶ原合戦も約六時間で勝敗が決したとされているので、それに合わせて制限時間は六時間となっているんだよ」


「じ、じゃあ、同盟っていうのはどういった仕組みなのですか? 仲間になるのですか? 倍の勢力? それだったらどんどん同盟を結んでいった方が有利じゃあ?」


「でも同盟自体ではポイントも勢力も増えない。だから同盟だけを結んでいても自軍の勢力は最初と同じになる。同盟を結んだ上で二体一で対戦を挑んで勝てば勢力拡大には繋がるけどね、でも、いずれは同盟相手とも戦わなければいけなくなるし、今度は一緒に戦った者が敵同士になる。どのタイミングで同盟解消をするかなども重要なポイントになるんだ」


「あの、じゃあ仮に対戦をして負けた場合はどうなるのですか?」


「その場合は勝った方の勢力に組み込まれる。勝った方は傘下チームを加え倍の勢力になるんだ。だから日和見で単軍のままだと次戦の際に五対五の戦いを二回行わなければならなくなってしまうんだ。相手は一回だけ勝てば良いけど、日和見で勢力が増えていないチームは二回勝たないと敗北する。プロ野球とかのクライマックスシリーズみたいな感じかな」


「勝てなくはないですけど、大変ですね……」


「まあ、基本的なルールはそんな所だよ、あとは細かなルールがあるけど、その辺りは実際やりながら説明していった方が解りやすいからその都度補足していくね……」


 山科はさわやかに微笑む。


 そんなこんな基本的な事を教わった所で、明日も朝が早いこともあり、それぞれの部屋に引き上げる事になった。


 部屋の窓から大垣の夜景を見ながら改めて私は思った。


 前泊が大垣市とは嬉しい。歴史上でも、関ヶ原の戦い本戦前に西軍主力が大垣城に入ったと聞いている。西軍が関ヶ原に陣を構えた所で、今度は家康が大垣市の安楽寺に入ったとも。大垣は歴史の通過地点なのだ。史実と同じような動きをするのは感慨深いものがあると。


 私はベッドに寝そべり明日の関ヶ原大戦への参加に思いをはせる。


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