いざ関ヶ原へ 壱
深夜12時30分、私は静かにテレビを付けた。最近、ハマっているアニメを見るためだ。
旅行会社のコマーシャルやゲーム会社のコマーシャルの後にいよいよ本篇が始まった。
「……うむう、石田、宇喜多の軍は敗走しておる。最早、西軍は負けじゃ! だが、儂はたとえ討たれるといえども敵に向かって死すべしと思う!」
髭面の渋イケメンな島津義弘がぎりりと歯を鳴らしながら云った。
平安時代から続く由緒正しき島津氏である義弘は、源義経が身に纏っていたような、騎射戦に対応した七段式の大袖や草摺を装備した伝統的な大鎧を身に纏っていた。
「よいか、我が軍は家康本陣攻撃を仕掛けると見せ掛けて、その横を抜け伊勢街道にて南下する」
義弘はちらりと甥の豊久に視線を送る。
「先陣は豊久、右備は有栄に任す」
「はっ」
甥島津豊久と山田有栄は声を上げ頷く。
「旗差し物は捨てい! 良いか! 我らは前に逃げる、敵中突破じゃ! 一人でも多く生き残れ」
「はっ」
その場にいる全員が声を上げた。
「行くぞ!」
義弘は馬に跨った。
そして、島津軍は前方を塞いでいる東軍福島正則の軍に対し鋒矢の陣形で突き進んで行く。
「おいおい、島津の旦那はやばいぜ! ありゃあ決死の動きだ…… 兵たちに伝えろ! あれと無理に戦うなよ、大怪我するぞ!」
巨大な雄牛の角を思わせる兜を被り、顎骨の張った凛々しい顔をした福島正則が苦笑いを浮かべた。
既に散々小西隊と戦いを繰り広げ疲れ果てている福島隊である。戦況も優勢。これ以上無理に兵を戦わすような状態ではない。
そんな福島隊の薄くなった部分を突き破り、島津軍千五百は一丸となって北国街道を突き進む。
関ヶ原は北国街道、中山道、伊勢街道が交わる交通の要衝である。そして、戦局が動かず苛立ちを覚えていた家康は桃配山から前進し、その街道の交差点付近に本陣を動かしていた。
それは小早川に銃を打ち付け牽制する為であり、西軍残余勢力を掃討する為にでもある。その甲斐あって小早川は東軍に寝がえり大谷吉継の軍を踏み潰した。もう東軍の勝ち戦である。
そんな家康本陣に島津軍千五百が雄叫びを上げながら突き進んでいく。
「何事だ! な、何っ、島津義弘、島津豊久の千五百がこっちに突っ込んでくるだと!」
報を受けた家康は顔に緊張を走らせる。デフォルメされ、史実よりやや若くてイケメンな家康だ。
「直政っ、忠勝っ! 怯むな! 敵を近づけさすなよ!」
「おおおおおおおおおおおう、畏まった!」
赤備を纏う渋いちょび髭井伊直政と、格好の良い爺さんである本田忠勝が雄叫びのような声で返事をする。
「……島津め! 特攻とは…… 相打ち覚悟か……」
家康は緊張した顔で呟いた。
家康本陣は三万の軍勢だ。千五百の島津などものの数ではない。だが千五百の軍に死に物狂いになられ本陣にのみ攻め込まれたら破られる可能性もある。
「お伝えします! 島津軍! 島津軍転進! 転進です! 左に逸れて行きます! 伊勢東街道を南下していきますぞ!」
「ふ、ふう、島津め! 特攻と見せ掛けて、前に逃げてきたというのか! 驚かせおって……」
家康は大きく息を吐いた後、ニヤリと笑う。
「むううう、殿の本陣を襲うと見せかけて逃げるとは小癪な真似を! 島津を逃がすな! 追撃じゃ!」
直政と忠勝は各々の兵に号令をかける。
何とか切り分け伊勢街道へと入り込んだ島津軍は、追いすがってくる井伊、福島、本多の兵をいなしながら潰走する。
「よいか! 皆の者! 義弘殿は島津の今後の為に必ず生き残ってもらわねばならない! 命に賭けて守り抜くぞ! しんがりは俺が務めるからな!」
きりりとした眉毛で彫の深いイケメンである豊久が兵に向けて激高する。年の頃は二十代といった所だ。
世に名の知れた島津の退き口である。
この際、島津軍は捨てがまりという殿をその場に足止めとして完全に残して本隊を逃がすという作戦を行った。足止め隊が座り込んで待ち伏せる事から座禅陣とも呼ばれる捨て身のしんがりである。
そして豊久自身や家老の長寿院盛淳も捨てがまりとなり立ち塞がり、追ってくる直政、忠勝に重傷を負わせた。
「はははははははははっ、義弘殿、無事に逃げおおせてくれよ! そして、必ず、島津家を守ってくれよ、頼んだぞぉぉぉぉ!」
腹から大量出血をしていた豊久であったが、最後は残る十三騎と共に追いすがる軍に突入した。
天正浪漫社 美麗関ヶ原大戦 第23話 島津の退き口
「ううっ、や、やばい、やばいよ豊久! 豊久! 何というイケメンな覚悟! 何という哀しくも美しい散り様なの!」
私はアニメを見ながら涙を流していた。どんどん涙が頬を伝う。
「漢! 漢と書いて男! まさに漢の中の漢よ! 格好が良すぎるわよ!」
私は遅まきながら、キャラクター化されたイケメンだらけの戦国武将が舞い戦う、美麗関ヶ原大戦というアニメに嵌ってしまっていた。
今までの私は歴女とは云うものの歴史好きの正統派歴女を気取っていた。
アニメの、いや二次元の顎先の細い美少年や美青年風の戦国武将なんて糞だ邪道だと思っていた。
「あんなイケメンの徳川家康なんてインチキよ! 本当は狸親父でしょ!」
とさえ云い放っていた程だ。
そんな私なのに、アニメのイケメンに再編集された戦国武将達にまんまと嵌ってしまった。
それも、ちょっと嵌っただけでなく、どハマり状態だ。
「嗚呼、やばい、豊久に会いたい、豊久に会いたいよ!」
私は枕を抱きしめながら身を震わす。
そんなハマり状態もあり、花の蜜に群がる蝶の如く、簡単にアニメ制作会社の戦略にのせられてしまった。
アニメも全編、何度も見まくっているし、漫画やファンブックも買ってしまった。
そして、一週間後に、とうとうアニメ制作会社の企画するイベントに参加する事にまでなってしまったのだ。
一応検定も兼ねたイベントだが。




