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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第八章
503/539

地下  参


「……ん? ……鉄…… パンツ……」


 葦人と呼ばれた小柄の男は困惑した表情をしながら中岡編集の下腹部を指差している。


「鉄パンツ?」


「固い……」


「あらまあ、変な防具を履いているのね…… 困るわね…… そんなものさっさと脱がせなさい」


 小男がしゃがみ金属パンツに手を掛ける。


「鍵……」


「えっ、鍵? 鍵が付いているの?」


 小男は頷き、指を差す。


「まあ、両腰に鍵が付いていて開かなくなっているのね、周到なのね……」


 阿国が厳しい眼差しを中岡編集に向ける。


「外しなさい!」


「外せません!」


「あなた、抵抗しないと云ったはずよね?」


 阿国が威圧的に中岡編集へ云い放つ。


「だ、だって、ぼ、僕は鍵をもっていない…… 隠しているんだ……」


「ふ~ん……」


 そんな阿国を中岡編集が涙目で見上げ声を掛ける。


「あ、あのですね、一つ提案なのですが、僕が大女将を殺した犯人を見つけ出します。そして貴方の前に引きずり出します。だから僕の男根を切り落とすのは勘弁してください、お、お願いします!」


「ふふふ、そんな事は、もう良いわ、いずれにしても、お母さんはもう戻ってこないし、恐らくお母さんを殺害したであろう、松子さんと道鏡さんは既に殺したから…… でも、それだけじゃないわ、この後、残った貴方達二人も、定美さんも殺すつもりよ、もうこの施設に来ている人間は皆殺しにする事に決めたの。そう、だから、今更、貴方に犯人を捜してもらう必要は全く感じません」


 阿国は冷たく云い放つ。


「そ、そんな、皆殺だって! 僕のように無実な者がいるというのに…… じゃあ、ぼ、僕はどうしたら助けてもらえるのですか?」


「残念だけど、助からないわね……」


 阿国は顔を横に振る。


「えっ、助からない? じ、じゃあ、ぼ、僕は無実だから、せめて男根を切らないでもらえるとかは出来ないでしょうか?」


「それもないわね、貴方の男根は金山比売様への捧げものとして献上させてもらうから」


「そ、そんなあああっ、いやだあああああああああああっ!」


「可哀そうだけど、諦めてちょうだい、でも光栄な事だから」


 犯人を捕らえようと思い勇んでこの地下空間へと入り込んできたが、逆に簡単に制圧され抑え込まれ捕らえられてしまった。不法侵入の犯人のような体で。というか、この二人は強すぎるぞ。一応、武装していた私達なのだが、正直雑魚でしかなかった。


「じ、じゃあ、ぼ、僕は殺され、僕の男根が切られてしまうのは避けられないと云うのですか?」


「ええ」


 阿国は感情の感じられない声で云い放つ。


「ぼ、僕は死んでしまうのですか…… 死んでしまうなら本当のことを教えて下さい! 教えても構わないでしょ、僕は死んでしまうのだから!」


「何を聞きたいの?」


「ぶ、文覚さんを殺害したのは貴方達なのですか?」


 中岡編集が問い掛ける。


 いよいよ覚悟を決めたようだ。


「いいえ、それは私達ではないわ、男根の方は頂いたけど……」


「えっ、切り取ったの?」


「ええ、折角の立派な男根だったからね、そのまま腐らすのは勿体なかったから……」


 中岡編集の顔が強張る。


「じゃ、じゃあ、松子さんは誰が殺害したのですか?」


「あの女は葦人が殺したわ。この施設に来てからずっと色々こそこそ歩き回っていたし、料理を作る振りをしながら色々調べていたから……」


 しかしながら、文覚殺害は彼女らの仕業ではない……。じゃあ、一体、誰が?


「で、でも、どうやってやったんだ! 僕らは松子さんのいる炊事場への経路を見張っていたんだぞ、それなのにどうやって炊事場へ?」


「ふう、貴方達は思い込みが強すぎるようね、葦人は最初から熊の毛皮を持って私の待機部屋に潜んでいたわ。私を含めた貴方達と広間で待機している間に炊事場へと赴き松子を殺害、再び待機部屋に戻っていた。貴方達が待機部屋を通過して炊事場に赴き、松子の遺体発見で混乱している間に廊下を抜けて階段横から地下へ戻ったのよ」


「あっ」


 私が馬鹿だった。事前に調べていた事で、人が居ないと思い込んでいただけだったのか。


 つまり事件が起こって炊事場に駆けつけた際に、犯人は死角から廊下を抜けて見えない場所へ消えただけだと……。


「じゃ、じゃあ、道鏡さんはどうやって?」


 覚悟を決めたとはいえ、一秒でも長く生きていたいのだろう。中岡編集は必死に色々と問い掛ける。


「夜中に、部屋に忍び込んで殺害したわ」


「でも、中から閂が刺さっていた筈だ。ど、どうやって開けたんだ?」


「あの突き刺しタイプの鍵は廊下側に見えないぐらいの穴を開けておいて、細い針金みたいなので押し出すと抜け落ちるのよ」


「そ、そんな……」


 この施設の管理者ならではの解錠方法だ。


「そ、それじゃあ、そっちの葦人って人は何者なんだ? なんで阿国さんと一緒に居るんだ」


「葦人は私の弟よ、自己免疫疾患に伴う日光アレルギーがあって日に当たれないから夜に活動したり、昼間は此処に居たりしているのよ、それと陰ながらこの施設の運営を支えてくれているわ」


 阿国は薄く笑う。


「弟…… 弟なのか…… じゃあ、蛭子葦人さんという人物はその葦人さんなのか?」


「葦人は蛭子葦人ではないけれど、その役を演じてもらったわ。蛭子葦人と淡嶋芳人という人物が居たように気配を残してもらったり」


「だ、だから気配があったのか…… で、でも何のために?」


 中岡編集は、姿は見えないが気配を感じると云っていたが、その答えがようやく解ったようだ。


「最初、湯治客が少ないと思われたくないから蛭子葦人と淡嶋芳人という人物が居ると説明していたんだけど、話の流れから、困った事に文覚さん殺害の犯人候補にされてしまったのよ」


「じ、じゃあ、あの雪を掻き分けた痕跡は誰が?」


「私達じゃないわ。多分文覚さんを殺害した犯人が外部犯の痕跡を残したんじゃないかしら、でも、それも蛭子葦人と淡嶋芳人の脱出経路という事にされてしまった……」


 阿国は加害者であり、はたまた被害者でもある訳か……。


「……ねえ、もういい加減に、話を終えても良いかしら?」


 阿国は面倒くさそうに云う。


「あ、あの、これが最後です。あ、あの、ぼ、ぼ、ぼ、僕のを本当に切るのでしょうか? もし切るのであれば、切った僕の男根を、その後どのようにするのか教えて下さい」


 本人からしたら耳にしたくないであろう事を、声を絞り出すように聞いた。


「ええ、勿論、切るわよ! 何度も切るって云っているじゃない! もういい加減に諦めなさい。切った後の男根は金山比売様の傍に備え、女陰である温泉が濡れ続けるように捧げる為よ」


 阿国は躊躇うことなく云い放つ。


「いやああああああああだああああああああああっ! い、嫌だよ! 切らないでよ! お願いだよ!」


 刺股に抑え込まれている中岡編集は必死に身を捩りながら声を発する。


「こ、告白します。定美さんとの問答では見栄を張ってしまいました。本当は僕のはちっとも凄くなんかないんです。粗男根です。捧げる価値なんてない程小さいんです。だから中止しましょう。本当に粗末な物なんですよ!」


「もう諦めなさいよ、切ると云ったら切るのよ」


「そ、それと、困ったことに、汚れているのです。最近、余り洗えていないのです。だから中止して……」


「湯治に来ているんだから汚れている訳ないじゃない、毎日半日近く温泉に浸かっていたんだから」


「あっ……」


 中岡編集は恨めしそうな顔をする。


「で、でも、ここ三日ぐらい洗えていないよ……」


「良いわよ、後で洗うから、兎に角、神様への捧げものなんだから光栄に思いなさい、さあ葦人、金ノコでも持ってきて!」


「えっ、金ノコ? そ、そんなもので、僕のパンツを切る気なのか! 僕の男根だけじゃなく、下半身がズタズタになってしまうよ!」


「もう、うるさいわね! 葦人早く取ってきて」


「……取ってくる……」


 ぬっぺらぼうは相変わらず反芻言葉のような返答を繰り返している。


 そして、祠の脇に姿を消した。その場所付近に工具があるのか、その場所から地上への抜け道があるのかは解らないが、ぬっぺらぼうの姿が見えなくなる。


 その場に残ったのは、仰向けに倒れ刺股で床に押し込まれている中岡編集。刺股で中岡編集を抑えつつも鋭い視線で私の動きを見逃さないようにしている阿国。降参を宣言し、武器を床に手放し、ぬっぺらぼうにその武器を回収されて熊の毛皮を肩から掛けているだけの私。その三人だ。


 一応、二対一になったが阿国の力量から全然優位になってはいない状態だ。

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