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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章      ● 其ノ一 武田埋蔵金殺人事件 
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身延へ  伍

 そんな問い掛けに、穴山老人は少し考え口を開いた。


「儂の背後に飾ってある掛け軸なのだが、古くから我が穴山家に代々伝わる物になる。そこに何やら関係がありそうな文言が書かれてあるのだが、関係があるのか関係が無いのかは定かではないがな……」


 穴山老人の背後には、武功録と同じように蚯蚓が這い回ったような文字が書かれた掛け軸が掛かっていた。


「お、畏れ入りますが、そこには何と?」


 中岡編集は困り顔を作りつつ問い掛ける。


「これも読めんのか…… ここには、我等の祖先の名にこそ、分銅の礎へと通じる端緒となりけん、心眼をもって望むるべきなり。と書いてあるのだ」


「分銅の礎へと通じる…… ですか…」


 確かに何か関係がありそうな文言だ。


 中岡編集は大きく息を吐いた。


「しかしながら、武功録はあるものの、まだまだ難しい状況なのですね……」


「そうじゃ、だからこそ貴公等にその手伝いをしてもらおうというのじゃ」


「成程です」


「いずれにしても、貴公等には三日の猶予を与える。三日後の今この時間までに良き答えを導き出してもらえる事を期待しておるぞ」


 穴山老人は不敵な顔で私達を見た。


「あ、あの、ご家族の方々で色々探されていると聞きましたが、埋蔵金探しに関しての今まで探された調査資料などをお見せ頂いたりする事は出来ないものでしょうか?」


 中岡編集は必死な顔で問い掛ける。


「一応じゃが、そこに居る松子が家族の中では一番調査を行っておる。今までの調査の事が知りたければ、松子に聞くが良い」


  そんな松子に視線を送ると、優しく微笑み返してくれた。


「さて、最後に、貴公等へ断っておくが、此処で聞いた事、調べた事は一切他言罷りならん。もし漏らす様な真似をしたなら、貴公等の身に何か起こったり、社会的な立場を失ったりする可能性があることを申し伝えておこう」


 穴山老人はゾッとするような冷たい視線で私達を見た。


「そんな訳で、貴公等には誓約書に署名をしてもらい、印を押してもらうとしよう」


 その説明がなされると、静子が前に出て誓約書らしき紙を我々の前に置いた。


 そこには武功録の内容を漏らさぬ事や、埋葬金発見の際には対価として百分の一を受け渡すといった文言が書かれてあった。


 我々は従い下に名前を記し、最後に指に朱を付け拇印まで押させされる事となった。


「それでは、儂の話は以上だ。下がってよい!」


 殆ど一方的な話は終わり、下がってよいと云われたものの、何処に下がれば良いのか解らず我々は戸惑いお互いの顔を見詰める。


 すると、背後の襖戸が開き、喜怒哀楽の感じられない女中清子が姿を見せた。


「中岡様、坂本様、お下がり下さいまし、お部屋までご案内致します」


 清子が囁くように声を掛けてくる。


 我々は恐ず恐ずと後ろに引き下がり、清子の指示に従った。


 そのまま私達は清子に引き連れられ廊下を進み、玄関で靴を履き直してから外へと出た。


 気が付くと時間は随分過ぎていたようでかなり薄暗くなっていた。山は日が暮れるのが早いと云われるが、大凡五時半頃なのかもしれない。


 引き続き、清子に付き従ったまま竹林や柘植などで形造られた庭園を進み、まるで庵といった様相の離れへと至った。


「お履き物を脱いでお上がり下さいませ」


 庵の玄関で私達は靴を脱ぎ部屋へと踏み上がった。庵の中には部屋が二間あるようで、中央あたりで襖戸によって仕切られていた。


「こちらの部屋が、お二人の埋蔵金探しを行って頂いている間にお過ごし頂く部屋で御座います」


 清子は手で部屋の内部を指し示す。


「あ、ありがとう御座います」


 そう云いながら中岡編集は清子に問い掛けた。


「あの、清子さん。ちょっとお伺いしたいのですが、松子さんという方のお部屋はどちらに?」


「松子お嬢様のお部屋は天守閣二層目の右側の松ノ間で御座います。二層目には松ノ間、竹ノ間、梅ノ間が御座いまして、中央の竹の間には静子様が居られますので、くれぐれもお間違いないようにお願い致します」


 清子は厳しい視線を送ってくる。


「は、はい、気を付けます」


 中岡編集は頷く。


「それと、此処での決まりとしてお守り頂きたいのですが、夜はこの庵から外に出歩かないようにお願い致します。よって松子様に会われるのも明日にして頂きたいという事です」


「と、となると、もう出歩いてはいけないと云う事ですか?」


「左様で御座います」


 何だか色々制限が多い、


「それでは夕食をお持ち致します。少々お待ち下さいませ」


 そう云うと、清子はすぐに戸を開け庵から出て行ってしまった。相変わらず取り付く島がない感じだ。


 清子が去った後、私達はしばし呆然と庵の中で佇んでいた。何だか色々な事がありすぎて頭の整理が追いつかない。


「と、殿様でしたね……」


 私はぼそりと呟いた。


「ああ、殿様だったな」


 中岡編集もぼそりと反してきた。変な会話だった。


「し、しかしながら、武功録に書かれていた文言は、余りに伝説のままというか、情報が少なすぎるというか、そんな風に感じられましたが……」


 私は思わず漏らしてしまう。


「そうだな、噂話や伝説そのままといった内容な気がする。新たな情報が加わった感は全く無いな……」


 中岡編集は顎に手を添え答える。


「因みになのだが、さっき武功録に書かれていたという文言をメモしていたようだが、それをもう一度読み上げてもらっても良いだろうか?」


「えっ、ええ、解りました」


 私は手帳を広げて先程メモした部分を開いた。


「えーと、身延の山にて拝み、天の岩戸なる龍口より入らずんば、備えを隠したる彼の地に辿り着くなり。戦の際には活用するべきなり。です」


 私は答えた。


「う~ん、ほぼ伝説に伝わるままを云っているに過ぎないな……」


 中岡編集は眉根を寄せる。


「そうしたら、今度は背中の掛け軸に書かれていたという文言を云ってもらっても良いかな?」


「ええ、了解です。え~と、ですね、我等の祖先の名にこそ、分銅の礎へと通じる端緒となりけん、心眼をもって望むるべきなり。ですね」


 私は隣に書き込んだ文言を読み上げた。


「分銅というのは分銅金を指すのだろうか? 分銅金なら軍備金の事だから、何か関係がありそうな気もするが…… だが矢張り余りに情報が少ない」


「そうですね……」


「となると、これまでの調査結果を聞き参照させてもらった上で、文言に出てくる身延山などへと赴き、足で情報を集める必要もあるな……」


 そんな話をしてると、清子が戻ってきて松花堂弁当のような物を運んできた。


 蓋を開けてみると、天婦羅や刺身などが中々美味しそうである。


「では、私はこれにて失礼致します」


 清子はまたすぐに庵から出て行った。相変わらずだ。

 

 私は刺身を摘みそれを口にしてみた。


「美味しいですね、山の奥なのにこんなに良いお刺身が出てくるなんて……」


「ああ、美味いな。こっちの天婦羅もとても旨いぞ」


 中岡編集もどんどん手を付けていく。しかし、此処に至るまでに山道を散々歩いたのもあるし、穴山老人との面会で緊張していたのもあるのか、腹が満たされていくに従い、どんどん睡魔が襲ってきた。


「いずれにしても、松子さんに会うことが出来るのも明朝になるし、手元に資料も全然ない。もう今日やれる事は殆ど無いだろう。それと、何だか疲れて眠くなってきてしまったし、今日はもう寝ようか?」


「確かに疲れましたね、精神的にも肉体的にも…… そうしましたら今日はもう休みましょうか……」


 そう云いつつ私はふうと息を吐く。


「そうだな、明日は身延山に登ったする必要もあるだろうし、早く寝て英気を養おうじゃないか」


 中岡編集は頷き押し入れを開け布団を引っ張り出しはじめた。


「因みにこの庵にはお風呂はないのですかね?」


 今日散々歩き回って汗を掻いていた。出来れば風呂に入ってから寝たいところだ。


「見たところ無さそうだな。だが夜は出歩くなと云われているのもあるし、今日は諦めるしか無さそうだぞ……」


「そ、そうですね」


 風呂に入らずに寝るのは嫌だが仕方が無い。


「そうしたら、僕がこの部屋に寝るから、君は奥の部屋を使うがいい」


「ええ、解りました」


 私は手前の部屋と奥の部屋を襖戸で仕切り、布団を敷いて床に入った。何か少し気味が悪い所もあったが、疲れていた為かすぐに深い眠りに落ちていった。




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