探索と調査 参
中岡編集の指摘に私はハッとする。
「何かを探しにですか?」
中岡編集はゆっくり頷く。
「となると、その中岡さんの説は、松子さんの目的が復讐じゃなくて、何かを探しに来ているって事ですか?」
私の問い掛けに、中岡編集はゆっくり首を横に振った。
「いや、復讐もあるのかもしれない、だが探しにも来ているような気が。目的は一つとは限らないのではないかと……」
「成程…… とすると、かなやまひめ…… っていうのは何でしょう?」
「解らない。だが血文字で書くぐらいだから何かを伝えたいと思っていたのだろう」
「かなやまひめ…… に何か意味があると……」
私は考える。私だけでなく中岡編集も考え込んでいる。
「そういえば、金山比古神と金山比売神は夫婦神だったよな。二人揃って性の神だった……」
「ええ」
私は頷く。
「おかしいぞ、金山比古神は所謂男根だ。各所に祀られているのを見掛けた。浴場や神棚、階段脇の祠などに祀られていた。でも、金山比売神は何処にも祀られているのを見ていない」
「そういえばそうですね、祀られているのは金山比古神ばかりです。金山比売神は一つも見掛けていない、ここでは女陰は温泉そのものだから飾っていないとでも云うのでしょうか?」
「だとしても、金山比古神ばかりで、金山比売神が全く飾られていないのは解せない。そして松子さんのダイイングメッセージには、かなやまひめ…… と書かれていた。若しかしたら、かなやまひめを探せば何か解るのかもしれない」
「なるほど、どこかに、かなやまひめ、があると……」
中岡編集の思い付きに私は腕を組んで考え込む。
「でも、それは何処にあるのでしょう? 思い返してもそれらしい物が浮かびませんが……」
「温泉は女陰に比定されるという話だよな、という事は温泉…… いや源泉を指すのだろうか?」
「源泉ですか…… どこにあるのでしょうか? 風呂の縁に給湯口みたいなのがありましたが、恐らく男湯、女湯、混浴の全てにあったような……」
私の声を聴いた中岡編集が考え込む。
「地下…… か……」
そして思い付いたような顔で呟く。
「湧きだした湯を分岐させて各浴槽に注いでいる訳だし、温泉は地下から湧くものだし……」
更に中岡編集は呟き続ける。
「地下? 地下があるのですか此処には?」
「いや、それは解からないが、大きな施設だから、あっても変ではないだろう。それに仮にあったとしたら、こちらが把握出来ていない場所だし、ぬっぺらぼうが潜んでいたり、行方が分からない阿国さんが居るかもしれないぞ」
中岡編集はは腕を組みつつ答える。
「そうか、あの神出鬼没のぬっぺらぼうは私達が把握できない場所を移動している可能性があると云うのですね」
「まあ、飽くまで仮説だけどな、だが、地下が発見されれば仮説は仮説ではなくなり、真実に迫っていく事になるぞ……」
そう云いつつ、中岡編集は改まって大きくうんと頷いた。
「よし! 源泉というか、温泉がわき出している部分を見付けよう。管理しやすい様に、地下室というか地下空間になっているかもしれないぞ」
「ええ、やれることも無いので、兎に角、探してみましょう!」
そうして、私達は温泉の源泉。ポンプで汲み上げているにしても、何にしても、それが地上に出てきている部分を探し始める事になった。
それがあるとするなら当然二階部分にはない筈である。一階部分かやや下にあるのが自然だ。そう考えた私達は一階中心に探索する。土間と板の間の段差の隙間や、廊下の捲り上がりそうな場所などを調べていく。しかし温泉の湧き出し口のような場所は見付けられない。
「う~ん、無いですね……」
私は首を傾げる。
「なあ、松子さんは、僕らが廊下を監視しているのにも関わらず殺害されてしまった。その付近に入口があったりはしないだろうか?」
「でも、あれは、熊の剥製を身に纏って私達の監視を潜り抜けたのでは?」
「いや、いくら黒い毛皮で隠れたとしても、感づかれないようにするのは難しいぞ、別の経路で炊事場に入ったのかもしれん」
……確かにあの時は廊下部に対して意識を向けていた筈だった。なのに殺されてしまっていた。
「となると、この広間より奥側で通用口までの間…… いえ、炊事場自体に温泉の管理口があると?」
「可能性は高いと思うが……」
そんな意見もあり、炊事場付近から大女将、阿国の待機部屋の押し入れや部屋の床を調べてみる。しかしそのような部分は見付けられなかった。
私はしばし考え込む。
「あの~ 確か、道鏡さんがぬっぺらぼうを目撃した時って、廊下の角で探るように見ていたと云っていましたよね?」
「ああ、そんな風に云っていたな」
「中岡さんが共同便所でぬっぺらぼうを目撃した時は廊下のどちら側へ向かっていったのですか?」
「それは風呂場の方へ向かう廊下の角の方へ去っていったような……」
「とするとこっちですね……」
私は誘導する。
広間から玄関前を抜け、幾つかの部屋の前を通過して建物の裏手へと廊下を曲がる。その角には二階へと続く階段があった。
「道鏡さんが、ぬっぺらぼうを目撃したのはこの階段の上です。二階から直接地下には行けません。物理的に一階を経る必要があります。とするとこの階段を下りたと……」
私は階段をじっと見つめた。
小学校とかにあるような階段だ。無駄な面積を使わないように中間に踊り場を設け、途中、折り返す事で上の階層にいけるようになっている。折り返しの階段下空間には小型の祠が設けられ、手前には巨大な男根が飾られていた。
「階段下の空間って、大抵空間の有効利用とかで物置とか倉庫になっている事が多いですよね?」
「ああ、学校とかはそうだな…… 普通の一軒家とかだとトイレとかがあったりするよな」
私は頷く。
「高級旅館とかだと意匠にこだわって、階段下に坪庭みたいなのを設けていたりすることもありますが、此処は男根…… 金山比古神を祭っている。そして、飾ってありますが、面積的に浅いような気がします」
「面積的に浅い?」
「構造上、あの奥側の壁の先にまだ空間がありそうだと思うのです」
そう云いながら、私は探るべく祠の裏側へと足を踏み入れる。
「えっ、入るのか?」
「ええ、そういった中岡さんの反応こそが重要で、こういった場所は心理的に立ち入らずという抑制の気持ちが生まれる事が多い、それが盲点なのでは……」
奥側の壁には腰辺りの高さに鴨居が設けられていた。鴨居の位置としては低すぎる。その下側を探っていると、壁が奥へとぐぐぐと動いた。
「あ、ありました……」
「あった?」
「ええ、この鴨居の下側がどんでんかえしになっています」
中岡編集がおずおずと足を踏み入れてくる。
「あるのか空間が?」
「ええ、下に続いていそうな空間が……」
私は目配せする。
「あの高さ百六十センチメートル、太さが一抱え程の男根の裏って人が隠れられそうな大きさがあるじゃないですか…… そこにも人が隠れられそうですし、一応、神聖な場所のようだから、人が踏み入れにくい。更に祠の裏側で腰より低い位置になるどんでん返し。此処に逃げ込まれたら見付かり難いですね」
そう説明しながら私はどんでん返しを静かに閉じた。
「先に行かないのか?」
「ええ、中岡さんの金属パンツじゃないですが、懐中電灯とか武器とか、準備を整えた方が良いと思いますので……」
「そ、そうだな……」
そうして、私達は一度広間に戻る事にしたのである。




