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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
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予想の付かない事態 参

 結局、夕方に至るまで、私、中岡編集、阿国の三人は広間に留まり続けた。


 しかし、やる事もなく只々じっと待機しているのみだ。外の雪が止まなければ外部に助けを求める事は出来ない。


 そんなこんなしている間にも、女将である阿国はちょこちょこ広間を出たり入ったりを繰り返し雑用を行っていた。


「阿国さん、一人で出歩いたりしていると危ないですよ!」


 私は心配になり忠告を行う。


「でも、温泉の給湯口の清掃とか樋の掃除とかしなきゃ、三日毎にしなきゃいけないのに……」


 阿国が困ったような顔で声を上げる。


「今は殺人事件が頻発している最中ですよ、無理にそんな事しなくても、この件が落ち着いてからで良いじゃないですか……」


 私は提言する。


「でも、温泉の管理は大事なのよ、温泉が枯れたら大変な事になるわ、この温泉地そのものが死んでしまうわ、代々守ってきた温泉地なのに……」


 結局、私達の静止も聞かず阿国は雑用を行う為に何度も広間から出て行ったりを繰り返す。勝手知ったる自分の管理施設だから大丈夫だと思っているのだろう。


 そんなこんな、夜の九時近くになり、再び危険な時間が近づいてきた。今までの殺人も、私の経験上の殺人事件も夜中という時間帯が一番何かが起こるのだ。


 しかし……。


「やっぱり、私はいつもの自分の待機部屋で休ませてもらうわ」


 とうとう阿国が勝手な事を云いだした。


「それは危険ですし、私達としても不安です。それに相互監視が儘ならなくなりますよ」


「でも…… ねえ、ちょっと聞きたいけど、貴方達は付き合いは長いのでしょ? 知り合いになって一年とかじゃないでしょ?」


 阿国は静かに聞いてくる。


「え、ええ、知り合ったのは四年前位ですけど……」


「その位だな……」


「私は貴方達の事を良く知らない。そんな事を考えると一人で籠った方が良いかなとも思って……」


 阿国は軽く笑う。


 私達を疑っているようだ。


「でも、安心して! 私はこの広間の傍の小部屋に待機しているから……」


 その位では安心は出来ないぞ、松子は何時の間にか殺されていたじゃないか……。


「そ、そこは強要は出来ませんけど…… 我々としては一緒に居たい所ですけど」


 相互監視の観点からも一緒の方が間違いはない。


「申し訳ないけど、鍵を閉めて待機部屋で寝かせてもらうわ、貴方達も広間に鍵を掛けて頂戴ね」


 結局だが、私と中岡編集だけなら、こんな広い広間じゃなくても当てがわれた自分達の部屋で籠っても良い気がするが……。


「わ、解りました。何かあったら声を掛けて下さい。私達も気に掛けておきますから」


「宜しくね」


 まあ、当てがわれた部屋は二階だ。違う階にいるよりは対応はしやすいし物音も聞こえるだろう。


 そんなこんなで私達は広間に籠る事になった押入れから布団を取り出し。厚手の布団を肩から掛けて座った姿勢で仮眠のような睡眠を取りながら待機だ。


 中岡編集も座椅子を背に同じような姿勢で目を瞑っている。


 勿論、照明は付けたままににしておく。明かりは重要だ。


 何の解決の道筋も見通せず。只々座り続ける。一応気心知った中岡編集との二人での待機だ。危機が迫ったら対応は出来るだろう。


 そんな事を考えながら佇んでいると、横から変な声が聞こえ始めた。


「う、うう…… うう……」


 中岡編集の方から聞こえて来るようで、どうやら、中岡編集は寝ていて魘されているようだ。


「お、お願いします…… 止めて下さい……」


 何の夢を見ているのだろう?


「……か、勘弁して下さい…… それだけは…… それだけは……」


 何かを懇願しているようだ。そして懇願が終わった辺りで妙な寝言は無くなった。


 しかし、しばらくするとまた魘され始める。


「……待ってください! 駄目! いけない! それはそれだけは……」


 助けを求めているのか?


「……お願いです、許して下さい、ああ、ああああああああああっ、駄目! 駄目! 止めて! 切らないで!」


 大変な状況のようだ。


「う、うわあああああああああああああああああああああっ!」


 そこで頭ががばっと上がり、中岡編集がばちっと目を開ける。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………」


 激しい息遣いが鳴り響く。


「だ、大丈夫ですか? 中岡さん」


 私は顔を覗き込む。


「ゆ、夢か…… や、やばかった…… 本当にやばかった……」


「何がやばかったのですか?」


「ぼ、僕の男根が切られる夢を見た」


 そんなに男根を切られるのが怖いのか……。


「……いや、臍比べという男根を比べる大会に出場してね、そうしたら優勝してしまったんだよ!」


「は、はあ……」


 何なんだその大会は? そんなものに出るからだろ!


「優勝したら、こいつ生意気だとか云われて、二位とか、三位とか四位の奴らに押さえつけれて、小刀で無理やり僕の…… 僕の男根を、嗚呼あああああああああ……」


 中岡編集はガタガタと肩を震わす。


「ま、まあ、夢ですし…… 夢で良かったですね……」


 現実感のない話を聞かされても飽くまでも夢だ。整合性も何もあったものじゃない。


「うんうん、本当に夢で良かった。凄い衝撃だった、ザクって僕のがね、血がドバっとね」


「は、はあ……」


 中岡編集は腕で額の汗を拭う。かなりの脂汗を流している。


「僕、トイレに行ってくる。それと僕の男根が無事か確認してくる……」


 それは無事だろう。夢の世界の出来事なんだから。


「で、でも、トイレは危険じゃないですか?」


「正直怖い、でも共同トイレだし、するには行かない訳には、僕はおしっこがしたいし……」


 切羽詰まった様子だ。


「怖いけど、近いからバッと行ってくるよ……」


「気を付けて下さいね」


「ああ」


 よたよたと中岡編集は立ち上がり、トイレへと向かう。


 そんなこんなしばらくすると、蒼白な顔で中岡編集が戻ってきた。


 慌てているようだが、音をたてないように身振り手振りで何かを伝えようとしている。


 魚のように口をパクパクさせていて何だか滑稽だ。


「……いた。……変な……」


「ん? 何ですか?」


 指を一本縦に口の前におき、しい~っと私に対し牽制してくる。


「……いた。……変な人間が……」


「変な人間? 怪しい人物を見掛けたんですか? 犯人?」


 私は囁くような声で問い返す。


「……犯人かは解らない…… 怪しい人間じゃない、奇怪な人間が居た……」


「奇怪な人間? それは、一体どういう意味ですか?」


「……一つ目小僧のような…… ぬっぺらぼうのような……」


「えっ、のっぺらぼう!」


「ち、違う! ぬっぺらぼうだ!」


 違いがよく分からない。


「兎に角、犯人のような人物を見た訳ではなく、妖怪のような人間を見たと?」


 中岡編集はうんうん頷く。


「どこで?」


「共同トイレの外の廊下から、僕が…… 僕が……」


 言葉に詰まって後か続けない。


「僕がどうしました?」


「鏡越しになのだが、僕がお小水をしている斜め横から、僕の男根を覗き見ていた! 嗚呼!」


「男根を見ていた?」


「ああ、品定めをするような感じで……」


 中岡編集は身を震わせ、額の汗を拭いながら答えた。


 何なんだそれは。


「怖い、僕は怖いよ!」


「それで、お小水が終わった後、その妖怪のような人間の後を追ったのですか?」


「えっ、妖怪を追う? そ、そんな事、怖くて出来ないよ!」


「う~ん……」


 確かに一人きりでそれを追ったり探したりするのは怖いだろう。


 そんな事を考えていると、二階がどたどた騒がしくなり階段を駆け下り誰かが近づいてくる音が聞こえて来る。


「お、おい、大変だ! 大変だぞ!」


 扉から入り込んできたのは道鏡だった。その横には定美の姿が見えた。


「お、おい、儂は変な妖怪みたいな奴を目撃したぞ!」


 中岡編集だけでなく道鏡も目撃したらしい。


「何処で目撃されましたか?」


 私は問い掛ける。


「廊下だ! 厠に行って部屋に帰ろうとした所で、廊下の角からこっちの様子を覗っていたんだ!」


 どうやら徘徊していたようだ。


 中岡編集一人が目撃したのなら恐怖からくる幻覚の可能性もある。しかし道鏡も見たというなら、それは存在するのだろう。


「どんな姿でしたか?」


「小柄だ。ちょっと、ぶよぶよした感じの人型で、瞼は垂れ下がっていて、瞳は見えずらいがあって、その瞳でこちらの様子を見ていたんだ!」


 中岡編集の証言と同じようだ。のっぺらぼうとかぬっぺらぼうのイメージである。


「実は、うちの中岡もその妖怪を目撃しまして……」


 私は説明する。


「い、いるのか?」


「目撃者が二人いるのですから、それは恐らく居るのでしょう」


「何なんだあの妖怪は?」


「さあ……」


 何の情報もないのである。こちらも解らない。


「阿国さんに聞いてみる方が良さそうな気がしますね…… そして、その目撃した妖怪は妖怪などではなく蛭子さんとか淡嶋さんだった可能性があるのかなども……」


「あれが、蛭子か淡嶋なのか? 妖怪だったぞ! それに百七十センチメートルの中肉中背とか云っていたが、見たのは百五十センチメートル位だったが!」


 道鏡は困惑した様子で呟く。


「僕が見た感じも百五十センチメートル位でした。ぶよぶよしていて、ぬっぺらぼうみたいな感じでしたぞ」


 中岡編集も訴える。


「そうだ、そんな感じだ。とにかくその妖怪の事と、蛭子、淡嶋の事を阿国に聞きに行こう」


 私は大きく頷く。


「解りました。皆で阿国さんの所へ聞きに行きましょう」


 そうして、私、中岡編集、定美、道鏡の四人で阿国が籠っている部屋へと向かった。

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