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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
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予想の付かない事態 弐

「しかし、松子さんは殺されてしまったけど、私達には明確なアリバイがあります。私と中岡さん、阿国さんは一緒に居たのだから」


 私は熱く訴える。


「つまり犯人を絞れる事になります。アリバイがないのは道鏡さんと定美さんになります。あと存在が定かではない蛭子さん、淡嶋さんですけど……」


「いずれにしても、三人で連れ立って、道鏡さんと定美さんに、松子さんが殺害されていた件を伝えに行って、広間にもう一度集まってもらうべきね」


 私の説明に阿国は提案を付け加える。


「そうですね、解りました赴きましょう」


 そうして、安全配慮を意識し、私達は階段を上り、二階にある道鏡と安部定美の部屋へと赴いた。代表して私が道鏡の籠る部屋にノックし声を掛ける。


「……ねえ、済みません、道鏡さん、お話があります。戸を開けて頂けますか?」


 すると、部屋の中から声が返ってきた。


「どうした? 何か用か?」


 余り好意的が感じではない道鏡の声が返ってくる。


「あ、あの、道鏡さん、また大変な事が起きてしまいました」


「大変な事?」


「ええ、ま、松子さん…… 松子さんが殺されてしまいました。殺されてしまったのです!」


「何? 松子さんがか? しかし、お前たちは群れて安全対策を施していたじゃないか、それは無意味に終わったという事か?」


 道鏡は痛いことを突いてくる。


「は、はい、安全対策は失敗に終わってしまいました…… それで再度話し合いがしたいと思うので広間に来て頂きたいのですが……」


 私は訴える。兎に角、少しでも話し合いが必要だ。


 少し沈黙があった後、再び道鏡の声が聞こえはじめる。


「まあ、承知した。儂らも情報が必要になる。一応話を聞いておこう」


「儂ら?」


 どういうことだ?


 すると戸から閂錠が引き抜かれれる音が聞こえ、そして戸が開いた。


「えっ、さ、定美さん! 何故この部屋に?」


 開けられた戸の中には道鏡と定美が立っていた。横にいた阿国、中岡編集も驚きの表情を見せている。


「ああ、色々事件の事を話し合いたいと云って、定美さんが来たんだ。まあ、女性だし油断していなければ平気だろうと中に入れたんだ。一応所持品チェックもしてな」


 道鏡が事情を説明してくれる。定美に関しては先程迄は誰も信用できないとか云っていたのに、一体どうして?


「さっきは気が動転してしまって信用出来ないと云ってしまったけど、よくよく考えたら犯人を特定する事も重要だと思い至って…… それで道鏡さんに聞きたい事も出てきて……」


 定美は猜疑的な私の視線に気づいたのか取って付けたような言い訳をする。


「わ、解りました。それではお二人で一緒に広間の方へ」


 私の促しに二人は静かに頷いた。


 再び階段を降り、広間に進んでいく。


 私はその道中困惑の思考を続けていた。定美と道鏡にもアリバイが出来ている事に関して……。


 広間に到着すると、再び座布団に腰を下ろした。


 現在の面子は、私、中岡編集、阿国、道鏡、安部定美である。


「しかしながら、あんたたち、相互確認をすると言う事で四人で残っとったが、目を離したのか? それとも、あんたたち残った三人が共犯で松子さんを殺害したのか?」


 私が道鏡に質問しようとしていた事を逆に問われてしまう。


「私達は共犯などではありません。松子さんはご飯の調理をしたいというので炊事場に行かれていました。そこで料理中に殺害されてしまったのです。でも、私達は炊事場に至る廊下を目で監視していました。見落としや、見逃しがあったのかもしれませんが、経路を見張っていたのです」


「でも松子さんは殺害されたと……」


 道鏡は厳しい声を発する。


「ところで、道鏡さんと定美さんはどの位前から一緒に居られたのですか?」


 私は道鏡と定美のアリバイを確認すべく問い掛ける。


「儂らは、あの後、比較的直ぐに一緒に部屋に居ったよ。直ぐに定美さんが訪ねて来たからな」


 何か変だ。あんなに猜疑的になっていた二人が一緒の部屋に居たなんて……。


 私はそう思わずにいられない。


「それで、松子さんはどんな状況で殺害されていたのだ? 撲殺か? 絞殺か?」


「いえ、背中側から包丁で胸部を突き刺されて…… そして、炊事場の床には熊の毛皮がありました」


「熊の毛皮?」


「ええ、玄関に飾られていた熊の剥製の…… 中綿を抜いた物だと思います……」


「何だか凄い状況だな、一度炊事場を見てみたいな……」


 道鏡は云い、定美は横で頷く。


「そうしましたら皆で見に行きましょう」


 促し、私達五人は連れ立ち炊事場へと赴いた。


 炊事場では調理台に突っ伏し、背中から刺身包丁を突き立てられた松子の遺体がそのままあった。少し離れた床には黒い熊の毛皮が……。


「ということは犯人はこの熊の毛皮を被って、広間に居た坂本さん、阿国さん、中岡さんの隙を窺い、廊下を奥へ抜け、炊事場で調理中の松子さんの背中に包丁を突き立て殺害、その後は熊の毛皮を放置して逃げ去って行ったと……」


 内容を確認しつつ道鏡は改めて私達に問い掛けてくる。


「それと、あの調理台に残された、かなやまひめ…… という血文字は何だ…… 一体、どういう意味だ?」


「いえ、その辺りに関しても、私達にもさっぱりで……」


 私、中岡編集、阿国は困惑の表情を浮かべる。


「う~ん、毛皮が残されているという事は、去って行く時は熊の毛皮を被っていなかった訳だよな、廊下を人が抜けて行ったのは目撃しなかったのか?」


「いえ、済みません、見ていません……」


「廊下を通ったのかどうか解らないが、殺害後は広間側には引き返さず窓や戸から出たのかもしれないな…… その辺りは確認したのか?」


「いえ、まだそこはしていません……」


 動転していて、そこまで気が回っていなかった。


「そうしたら、その辺りを確認しておいた方が良いんじゃないか?」


「そうですね」


 そうして私達は全員で広間から奥側の部屋の外へと繋がる経路のチェックを行っていく、しかし窓や戸の鍵はチェックした時の状況でしっかり掛かったままだった。


「特に開いてはいないか…… とすると隙を突いて廊下を抜けたという事か……」


 そう呟きながら道鏡は私達三人を見る。


「三人も居るのに監視の意味が全然ないんだな……」


「す、済みません……」


 私達三人は頭を下げる。


 当初は道鏡と定美のアリバイ確認や牽制をするつもりだったが、二人は相互確認が出来ていた事により、問い詰められなくなっている。


「まさかと思うが、あんた達三人が共犯だという事はないだろうな?」


「い、いえ、私達は共犯でも犯人でもありません!」


 私達はお互いの顔を見合わせつつ否定する。


「……逆に、大変恐縮ですが、お二人が共犯という事はないでしょうか?」


 そんな私の問い掛けに、道鏡と定美は厳しい表情を浮かべる。


「あたし達は共犯でも犯人でもありません。二人で事件の事に関して話し合っていただけです!」


「その通りだ。儂らは共犯でも犯人でも無いぞ!」


「…………」


 もう、どうすれば良いのか解らない。


「なあ、いずれにしても松子さんをこの状態のままにしておくのは可愛そうじゃないか?」


「でも、何度も云いますが現場保存もしないと、後で警察が来た時に訳が解らなくなってしまいますよ!」


「取り敢えず写真を撮っておけば良いじゃないか、儂は僧侶として遺体をこのまま放置するのは承知できない」


 道鏡は強く訴える。


 結局、松子の遺体は、包丁を抜き取り、毛布で遺体を包み大女将の遺体の横へと移動する事になった。大女将の遺体も待機部屋の端に毛布で包み安置した。また、屋外に置かれていた文覚の遺体も同じく待機部屋へと移動する事になった。もう三人が死んでいる。動機も犯人も何もかも解らないまま次々に人が死んでいってしまっているのだ。


 そうして、私達五人は広間へともどり、再び円になり座布団に座する事となった。


 正直に云って、私、中岡編集、阿国は犯人ではないと私は考えている。当然だ。一緒に居たのだから松子を殺害できる筈もない。


 となると道鏡と定美のどちらかが犯人という事になる。はたまた共犯か……。


 第一の文覚殺害に関しても怪しいのは道鏡だ。近い存在だからこその確執があるはずだろう。だが大女将殺害に関しては良く解らない。殺人を目撃されたからの殺害なのだろうか?


 また、定美が共犯者だとするとより厄介だ。アリバイも作りやすくなるだろう。


 しかし松子殺害の犯行の動機が良く解らない。


「う~ん、儂からすると、炊事場に近い広間にいたあんた達三人が怪しいと考えている。儂と定美さんは一緒に居て相互で存在を確認していたのだからな」


 道鏡が改まって私達に言及してくる。


「そ、それは僕らも一緒です。僕と坂本と阿国さんは一緒にいてお互いの動きを確認していましたから、怪しいのは道鏡さんと定美さんだと思っていますよ」


 道鏡の言葉に対して、中岡編集が向きになって答える。


「儂らは怪しい動きはしていない、お前たちが怪しい」


「いえ、僕らは怪しくありません。僕と坂本は連れですが、阿国さんに関してはそもそもがこの湯治場の人間です。此処へ来て初めて知った人です。ですので僕は怪しければ怪しいと云います。でも阿国さんは怪しい動きはしていません。文覚さんと大女将の件は解りませんが、松子さんの件に関しては本当に一緒にいて怪しい動きは無かった!」


 中岡編集は意外と客観的に言葉を発する。


「それに、この湯治場は阿国さんと大女将の二人だけで切り盛りしている。その阿国さんがお母さんを殺害するとは思えない!」


「……うむう……」


「それよりも、僕は定美さんが他の人と一緒に居るの事に拒否反応を示していたのに、何故道鏡さんの部屋に行ったのか? その心変わりの意味は何なのかが気になります」


 松子殺害の後辺りから中岡編集が積極的に発言をし始めた。松子が殺害された事に怒りを覚えているのだろうか?


「それはさっき言ったじゃない、一人で籠るより犯人を捜す方が必要だと思ったからよ!」


 中岡編集に対して定美は訴える。


「その心変わりは、どうして?」


「だから、状況を見て考えたのよ!」


 定美は苛立ち気味に云った。


「…………」


 問答が緊迫して皆の憤りが感じられ始める。


「……あたしを疑っているのね、駄目、や、やっぱり、此処には居られないわ、道鏡さん、部屋に帰りましょう」


「お、おう……」


「何で道鏡さんを誘うのですか? 一人で籠れば良いじゃないですか?」


 中岡編集が突っ込む。


「煩いのよ、粗男根が!」


「そ、粗男根! な、何てことを云うんだ! あんた! まさか、見たのか!」


「見てないわよ!」


「じゃあ、何で粗男根だと解る? 僕のは平均以上だぞ!」


 取り繕ってやがる。


「嘘をおっしゃい! ちょっと小さいじゃない!」


「ち、小さくなんかない! 見てもいないくせに失礼だぞ!」


「小さいわよ! 服の上からだって解るわ!」


「違う! それに僕のは勃起率が凄いんだ! 凄いんだぞ!」


 何なんだこの陳腐な問答は。


「兎に角、あたしは道鏡さんを信頼しているの、だから一緒に帰るのよ! 失礼します!」


 定美は道鏡の手を引き、広間から離れていく。


「好きにすれば良いじゃないか! 僕のは凄いんだ!」


 まだ云ってやがる。


 そんなこんな問答が終わり、再び、道鏡、定美の二人。私、中岡、阿国の三人が分かれる事になった。


「駄目ですよ中岡さん、あんなに向きになっちゃ!」


 私は苦言を呈する。


「だ、だって、あの女が、僕の立派な男根を馬鹿にするから!」


「立派ですか……」


 それは、ちょっと疑問だぞ。


「でも、今は皆で話し合って、色々な情報を出し合わないと…… 決裂させちゃ拙いですよ」


「…………」

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