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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
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性器切断殺人 陸

 戸締りを厳重に行い、取り敢えず、本館一階の広間に皆が一堂に会する。これからどう処していくべきかを話し合う為だ。


「さて、皆さんには本館に移ってもらって、本館の戸締りをしっかりしたわ。犯人と思しき人物も逃亡の途についた。あとは雪が止むのを待って、警察に通報して逮捕してもらうと……」


 畳敷きの広間で皆各々腰を下ろしている所で、阿国が説明をし始める。


「なあ、文覚の遺体はどうするんだ? 儂としては丁重に弔って欲しい所だが……」


 道鏡は僅かに項垂れたまま小さく呟いた。 


「こんな状況下では、丁重に弔うのは無理があるわ、状況が落ち着いたら葬儀でも火葬でも致しましょうよ」


 阿国は提案する。


「で、でも、あのままの状態にいつまでもしておく事は良くないですよね、現場保存から考えると動かさない方が良いのですが、あんな温かい浴場内にいつまでも置いていたら、あっという間に腐敗してしまいますよ、それに混浴の浴場は使用できない状態に陥りますし……」


 私は忠告を入れる。


「確かに、文覚の遺体が腐ってしまうのは嫌だな、儂の大事な文覚の体が腐敗していくのは耐えれない」


「幸い、外は雪です。遺体を浴場から出して、雪の中に埋めておくのは如何でしょうか? 冷たくて可哀そうだとは思いますが腐るよりは良いかと」


 雪に埋めるという処置は好ましいものではないが、こんな状況下だから止むを得ないと思い、私は提案する。


「仕方が無いか…… 冷たくて可哀そうだがな…… それと行方不明のあいつの男根も心配だ。浴場の隅っこで腐ってしまってでもしたら、一緒に弔えないぞ……」


「そうですね、失われたままですと、生まれ変る時に騾馬らばになってしまいますわね」


 安部定美が余計な事を云う。


騾馬らば? どういう事だ?」


 安部定美の言葉に道鏡がすぐに喰い付いた。


「古代中国の宦官の間では、去勢した性器を一緒に埋葬しないと、騾馬らばになると云われているのです。生殖機能が失なわれた馬と驢馬ろばの混血種である騾馬に……」


「宦官って宮使えをする為に去勢した男だろ? そんな話があるのかよ」


「……ね、ねえ、そんな話は後にして、兎に角、文覚さんの遺体を浴場から運び出しましょうよ」


 道鏡と安部定美の問答に阿国が割って入って言及する。


「あっ、ああ、そうだな…… そうしてやろう……」


 そうして、阿国、道鏡、阿国母、私、中岡編集で浴場に赴き、文覚の遺体を運び出す。例のごとく武田松子と安部定美は手伝わない。


 丁重に運び出したい所だが、道具もなく場所も狭い事から、阿国、道鏡、阿国母、中岡編集で四肢を持ち、浴場、脱衣所、廊下を経て、玄関部分へと移動させる。


「しかしながら、何だって犯人の奴は文覚の男根を切りやがったんだ? 意味がわからねえぞ」


 道鏡は納得がいかないといった表情で呟く。


「ただ、殺人を犯した人間と、性器を切り取った人間が同じとは限りませんけどね……」


 私は補足を入れる。


「な、なに?」


 道鏡は緊張の面持ちで問い掛けてくる。


「前も云いましたが、あの方の性器は死んでしばらくしてから切られたものだと思います。出血の量が少ないですからね。とすると死んだ時間と性器を切り取られた時間には時間のずれがある事になります。なので殺害した者と、切り取った者が別だという可能性も大いにあると……」


「じゃ、じゃあ、蛭子が殺して、淡嶋が切り取ったって事か?」


「いえ、その二人はコンビで動いているじゃないですか、仮に彼らが犯人だったとしても、態々分担しませんよ。ではなく蛭子、淡嶋のコンビ以外に、性器を切り取った者が居るという可能性があると云っているのです」


「そうなのか……」


 道鏡はようやく私の説明を理解してくれた。


 そうして玄関部で文覚の遺体を毛布で包み、玄関部の戸を開け放ち、文覚の遺体を雪の中に埋めていく。


「文覚よう、寒くて冷たいかもしれないが、少し待っていてくれよな、それと男根も見付け出して傍に添えてやるからな…… 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」


 道鏡は手を合わせながら遺体に話しかける。


「それじゃあ、広間へ戻りましょう」


 処置を終えた我々は武田松子と安部定美の待つ広間へと引き返した。


 皆が再び腰を落ち着けた所で道鏡が改まり声を上げる。


「さてと、じゃあ、これからどう過ごす? 各々の部屋で過ごすか? それとも皆で一緒にいるか?」


「でも、犯人と思しき二人は外にいる訳だし、戸や窓を破壊するなら、それ相応の音がするでしょうし、そんな音が聞こえたら皆で駆けつければ良いでしょうし、無理に皆で一緒に居なくても良いとは思いますけどね……」


 安部定美が呟くように云う。


「ただ、今回の殺人事件の動機が気になりますね…… 何故、文覚さんが殺されたのか? 何故、文覚さんの男根が切り取られたのか?」


 私は指摘する。


「動機だと?」


「ええ、文覚さんが誰かの恨みを買うような事があったのか? 喧嘩にでもなりそうな事があったのか? 犯人が男根を切り取った目的が何なのか?」


 そう呟きつつ、私は周囲を見回しながら声を掛ける。

 

「あの、何か見られたとか、何か気が付いた事がある方は居ませんか?」


「いえ、私は特に何も見ていませんし、気が付いた事はありませんですわ……」


 武田松子は答える。


 そんな松子に続き、私は躊躇いがちに道鏡を見ながら声を掛ける。


「……実は、私はちょっと気になった事があります。一昨日の夜、風呂上りの際に…… 道鏡さんと文覚さんが言い争いをしているのを見掛けまして……」


「あ、あっ、あれは、違う! あれは大した話じゃない、単なる師匠と弟子の問答だ。良くある事だ!」


 道鏡は激しい動揺を表しながら弁明をする。


「聞きかじった所ですと、役不足だとか、忘れてくれ、だとか云われていた気がしましたが……」


 私の問い掛けに、松子や定美、阿国は猜疑的な視線を道鏡に向ける。


「えっ、いや、寺の話だ。寺の後継者の話だ。文覚の事は可愛がっていたが、僧侶としてはまだまだ役不足だといっただけだ。だから後継の件は一旦忘れてくれと云ったんだ」


「ですと、道鏡さんと文覚さんの間に確執めいたものが見え隠れする気がしますね……」


 私は追求する。


「確執だと! いや、ちょっと待ってくれ、寺の後継者を決めるのは儂だ。それを保留にしただけだ。儂が恨まれて殺されるんなら解るが、儂が文覚を殺す理由にはならんだろうがよ!」


 道鏡は怒り気味に説明をする。


「というか、犯人と思しき奴は、蛭子と淡嶋なんだろ! 儂は不快だよ! なんで儂が疑われるんだよ!」


 道鏡は顔を紅潮させる。


「も、もういい! 儂は部屋に帰る。儂は一人で居る。一人でお経を読んで文覚の霊を弔わせてもらおう!」


 そう云いながら道鏡は立ち上がり広間から出て行ってしまった。

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