性器切断殺人 弐
改めて若い僧の体を眺めていると、その僧の体が良い体をしている事に気が付いた。中肉中背で、体はやや筋肉質、バランスの良い体つきだった。
そんなこんなしていると、慌てた様子で女将の阿国が大浴場へと入ってきた。
「な、なに? 何がどうしたの!」
騒ぎを聞きつけ駆け込んできたようだったが、男根の前に横たわる坊主頭の僧侶の遺体を目の当たりにして、目をひん剥く。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいい!」
手を口に当て動揺した顔で我々を見る。
「ね、ねえ、な、何が、何があったのよ! 何なのよこれ!」
「い、いえ、亡くなられています。そして、陰部が切り落とされています……」
私は声を絞り出す。
「えっ、陰部?」
阿国は視線を下腹部に送る。
「はっ、あっ、ああああっ、大変! で、でも、そ、その、陰部はさておき、亡くなられているの? 死んでる…… 本当に死んでしまっているの?」
「ええ、亡くなられていますね、残念ですが…… うちの中岡が朝風呂に入りに来たらしいのですが、そしたら、この遺体が……」
「そ、そうなんだよ、誰かが倒れていると思ったら、この人が此処に倒れて死んでいたんだ…… 男根を切られて……」
「な、なんでこんな事が…… い、陰部の事はさておき…… これって殺人事件じゃない! なんでこんな事がうちの湯治場で……」
阿国は唖然とした顔で声を漏らす。
すると脱衣所の方からまた誰かが入り込んできた。
「どうしたんだい?」
地味な紋平姿をした老婆が姿を現す。
「ああ、母さん! お客さんが、お客さんが、風呂場で殺されていて……」
「えっ、殺されて?」
阿国から母さんと呼ばれた老婆は近寄り横たわる遺体に視線を送る。
「ああ、なんて事だい!」
阿国の母は手を口に当てる。
「兎に角、殺人事件です。阿国さん、お母さん、警察に連絡をお願いしますよ!」
中岡編集は緊張した顔で促す。
「あっ、ああっ、連絡、連絡よね…… 解ったわ……」
そう阿国が答えると、阿国と母親は動揺している為か二人で先を争うかのように風呂場から出て行った。
阿国と母親が出て行って少しすると別の誰かが風呂場に躍り込んできた。
「お、おい! 女将達が話しているのを聞いたんだが、若い男の僧侶が風呂場で殺されているって云ってとったが!」
それは道鏡という僧だった。そして左右を見回した道鏡は風呂場に横たわっている若い僧の遺体を視界に収める。
「おおおおおおい! 文覚! 文覚! なんて事だ! だ、誰に! 誰にやられた! くおおおおおおおおおおっ!」
道鏡は僧の遺体に駆け寄り、その体をぎゅうと抱きしめる。
「うおおおおおおおおおっ! 文覚! 文覚! 目を、目を覚ましてくれ! おい、文覚! 目を覚ませってばよ!」
「あ、あの、警察がくるまで遺体は動かしては駄目です。死亡状況が解らなくなってしまいます。現場保存をしないと……」
私は声を掛ける。
「うるせええええええええええっ! 儂の大事な弟子だぞ! ガタガタうるせぇ! 儂の大事な弟子に触るなっつうのかよ! 儂は触るぞ! こいつをぎゅうっと抱きしめるぞ!」
道鏡は現場保存の事などどこ吹く風といった具合で、涙を流しながら我々を睨み付けてくる。
「おい、文覚、文覚…… って、おい!」
道鏡の視線が文覚の下半身へと移動する。
「お、おおおおおおおおおおい! 文覚、お前! 陰部はどこいったあああああああ!」
道鏡は文覚の男根が切り落とされている事に気が付き驚愕の表情を見せる。
「な、ない! お前の男根はどこへ行ったんだ? おい、文覚! 文覚っうううううううう!」
道鏡は真っ赤な目で遺体に声を掛け続ける。
「文覚っ、文覚よおおおおおおおおおおっ!」
幾度となく声を掛けるもその遺体から返事が返ってくることは無かった。そして反応も……。
「お、お前、も、もう、性行為が出来ねえじゃなえか! あの世に行っても無いままかよ、許さねえ! 儂はお前をこんな目に合わせた犯人を絶対に許さねえぞ!」
そんな道鏡の声を聞きつけたのか、私がお風呂で一緒になった六十歳位の小太りな女性が風呂場に入ってきた。
「あの、どうしたのですか?」
躊躇いがちに女性は声を掛けてくる。
「この混浴の風呂場で人が殺されていました…… あの僧侶の方のお弟子さんのようなのですが……」
私は小声で説明をする。
「殺された? 殺されたのですか?」
「ええ、刃物で心臓を突きさされて……」
「まあ、怖いですね…… ど、どうしてそんな事が……」
小太りな女性は手を口に当てる。
「解りません。兎に角この湯治場で殺人事件が起こったのは間違いありません……」
「そうなのですね…… 恐ろしい事です……」
女性は居た堪れなくなったのか、怖くなったのか、尻込みするかのように徐々に風呂場から離れていく。
そんな女性と入れ替わるように、阿国と母親が風呂場に戻ってきた。
「大変! 大変なのよ! 電話が! 電話が繋がらないわ! 掛けようとしても、うんともすんとも云わないのよ!」
「えっ!」
私は思わず声を上げる。
「雪の重みで電話線が切れたのか解らないけど、電話が不通なのよ!」
そんな阿国の説明に母親は横でうんうん頷いている。
「電話が不通? じゃあ、警察への通報は?」
「直接行くしかないけど…… 雪がかなり積もっていて厳しい状況だわ……」
阿国が顔を横に振りながら答えた。
……嗚呼、まただ。また私達は外部との連絡がとれないクローズドサークルに陥ってしまった。
陸の孤島…… 今回は吹雪により孤立化した山間部の湯治場だ。




