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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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湯治場 陸

 米を二合程食べ尽くした中岡編集はそのままごろんと横たわる。


「私もお腹が一杯ですよ」


 私はふうと息を吐く。そのまましばらく私達はボーっとし続ける。胃に血液が集まり思考能力が低下しているようだ。


 大凡一時間近くそんな時間を過ごすも、せっかちな私は只々じっとはしているのは苦手である。


「う~ん、そうしたら、私はお風呂に入ってきますかね。療養の必要はありませんが、日頃のストレス解消も含めて長風呂してこようと思います」


「そうだな、君も座って小説ばかりを書いているから腰を痛めやすい、たっぷり風呂に浸かってくるといい」


「ええ、それなりに長風呂してきますよ」


「僕はこのままボーっとしているからね」


「ええ」


 そうして、私はタオルを手に取り風呂へと向かった。


 混浴に入る勇気はないので当然女湯だ。


 戸を開け脱衣所に入り込むと、籠が目に入る。どうやら先客がいるようだ。脱衣籠に服が収められている。着衣を籠に入れ、私は浴場へと足を踏み入れた。


 端の方にある洗い場で一通り体を洗ってから静々と浴槽へと入り込んだ。


 先客は既に湯船に浸かっていた。年の頃は六十才程で、少し小太りな女性だった。


 湯船は一つしかないが、五メートル四方程あり、かなり広い。私は端の方に陣取り肩まで身を沈める。


 お湯の温度は三十八度程でやや温めになっていた。ただ湯治目的で長く浸かるのであれば丁度良い温度だ。


 目を瞑って、十五分ぐらい浸かっていると、徐々に発汗作用が現れはじめ額から汗が流れ落ちるようになってくる。


 とはいえ、お湯以外に何もない場所である。目を開けると例の男根が目に入ってくる。


 しかしながらデカいな……。男根を温泉に祭るとはね……。


 ふと、小太りな女性をみると、やることが無いのか、私の方に視線を送ってきていた。


 男根と私、男根と私。それぞれに視線を送ってきている。


 やばい、私が男根を見ていた事に気が付いたようだ。


「す、凄いですよね、なんであんな物が祭られているんでしょうか? 目のやり場に困りますよね? ははははは……」


 私は誤魔化すように声を掛ける。


「貴方は、目のやり場に困るどころか、興味深げに見てらしたようですが、ご興味が?」


「えっ?」


 なんて突っ込んだ物言いだ。


「いえ、興味だなんて、だた凄いなと思ったまでで」


 私は言い訳をする。


「ここは、金山比古神を祭っている場所で、あれは金山比古神そのものらしいですよ、温泉が枯れないように祭っていると……」


 その説明は阿国から聞いたものと同じだ。


「らしいですね」


「ご存じでしたか?」


「ええ、ここの女将の阿国さんに説明してもらいましたよ」


「成程……」


 小太りの女性は額の汗を拭いふうと息を吐いた。


「ところで、あなたは男性器という物をどう思いますか?」


 唐突な質問だ。なんて答えれば良いか良く解らない。


「えっ、いや変な形ですよね? 不思議な形というか、他の人間のパーツから考えて浮いているというか何て云うか……」


「そうですよね、特に大きく張った時なんかは、別の生き物みたいでもありますよね……」


 小太りの女性は静かに呟く。


 別の生き物…… 確かにそう見えなくもないな……。


「排尿を司るという面以外に性交に使用するという面がある。そして、自分やパートナーにとっては大事な物でありながら他人にとっては厄介なものでもある……」


「厄介な物?」


「ええ、そうですよ、自分やパートナーにとっては子供を司る大事なものでありながら、他人からすれば目障りなものでありますし……」


「目障り? それは見た目ですか?」


「それもあります。男性に於いては自分より立派なものは嫉妬の対象になる。また女性に於いては浮気、凌辱などの恐れを感じさせるものである。金山比古神のご神体のように巨大で人智を超えたものであればそうではないが、同じ人間の物であれば危機感を感じさせる物になる……」


 小太りの女性はふうと息を吐いた。


「ところで、あなたは宦官という存在をご存じですか?」


「あの中国の宮廷使えの人達ですよね、秦の趙高とかの、去勢…… 性器を切って皇帝に使える人達……」


「そうです。皇帝や権力者に於ける子孫繁栄の妨げにならないように、性交を出来なくした男性使用人です」


 小太りの女性は少し思わせぶりに笑った。


「主に権力者の世話係とか掃除係とかを行う役割ですが、皇帝に取り入って富や権力を得る事もある存在でもあるので自ら望んで宦官になるものもいたとか……」


「で、でも、去勢って怖いですよね、体にどんな変化や弊害が起こるか解らないし、日本の邪馬台国より更に前の時代である秦の時代に、そんな手術的な事をして平気なのかというのもあるし……」


 私は少し怖くなり表情を堅くする。

 

「ええ、傷口から雑菌が入って三割は死んでしまったらしいですよ」


「えっ、さ、三割もですか?」


「結構な死亡率ですよね、命がけだったようです……」


「そ、その、死亡率三割ってどんな手術だったのでしょうね?」


 私は答えを望まず問い掛ける。


「何か、切り師みたいなのがいて、数人で押さえつけて、麻酔もしないで切り落としていたそうですよ、切りやすいように興奮状態にして根元を紐で縛って……」


「な、なんで興奮状態にするんですか? 逆に切りにくそうですけど」


 というか、なんでこの人こんなに詳しいんだ?


「でも、柔らかいと沢庵みたいにグニャグニャして切り辛いじゃないですか、大根のままの方が堅くてスパッと切りやすいのではないかと……」


「で、でも……」


「鋏とかなら違うのでしょうけど、小刀で切り落とすようですから堅い方が切断しやすいのではないでしょうか」


「は、はあ……」


「それで、切り落とした後は、灰で止血して尿道に金属の管を差しておくと……」


「えっ、そ、そんな簡単な処置なんですか?」


「らしいですね……」


「それで、三割死んでしまう訳ですね……」


 雑すぎる。恐ろし過ぎるぞ。


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