湯治場 壱
「ここ多々良館はご存じの通り湯治宿になるわ。だから基本的に自炊をしてもらうの。因みにあなた達は食料は持ってきているのかしら?」
「ええ、そこに……」
中岡編集は私の背中の荷物を指さした。って食料が入っていたのかよ、随分重かったぞ!
「この近くにはお店はないの、だから買い出しはバスで駅近くの町へ行ってもらうしかないわ。一応、お米の販売だけはしているけど、その他の食料は買い出しか、山で山菜とか浅葱とか野蒜を狩って活用してもらうしかないわね……」
自給自足とかキャンプとかに近いのか……。
玄関部から右手に廊下を進みしばらく進んだ所で阿国は足を止めた。
「ここが炊事場になるわ。ここは自由に使って良いわよ、ただ、使い終わった物は、洗って後片付けはしっかりやって頂戴ね」
阿国は少し厳しめに云う。
如何にもといった様相の炊事場だった。ただ、一般家電などもあり、炊飯器、ガスコンロ、電気ポット、魔法瓶などが置いてある。
「包丁や杓文字、菜箸なども使って構わないわ、でも使用後は洗って元の場所にお願いね。あと、部屋にはコンセントとか電気を取れるような部分はないの。だからお湯は魔法瓶に入れて部屋に持って行ってね、魔法瓶だけ持ち出し可よ」
「はい、解りました」
阿国は一通りの説明をし終えると炊事場を後にした。
板壁、板張りの廊下を進んで行くと、途中、二階に登る階段が見えてきた。そして、階段横には祠があり、その手前にもまた強大な男根が飾られている。兎に角、いたる事に男根がおっ立てられている。
階段横で角を曲がり建物の裏手へと至ると、男、女と書かれた暖簾が掛けられた入口が見えてくる。
「はい、ここが男女別の湯治湯ね。形状はほぼ同じ作りになっているわ。じゃあ中に入るわよ」
ずけずけと阿国は男性用脱衣所に入っていく。
「えっ、入って良いのですか?」
私は慌てて質問する。
「大丈夫よ!」
何を以て大丈夫なのかが、よく分からないが、阿国は答える。
六畳ほどの脱衣所の奥の板戸を開けると、薄暗い浴場に出た。
全てが木で作られた浴場だった。真ん中に乳白色の湯があるのと、窓に硝子が嵌っているが、それ以外は木だった。ほぼ茶色の空間だった。
そんな中、私は再び目のやり場に困る物を発見した。浴場内の少し高くなっている所に、また木製の巨大な男根が飾られているのだ。高さは一メートル位ある大物だ
「この男湯と隣の女湯は、一応別々が良いという人達用に作られたものなの、メインの大浴場は混浴で、この二つを合わせたより大きい作りになっているのよ」
阿国はさらりと説明する。
「あ、あの」
私は堪らず質問する。
「何ゆえに浴場に巨大な男根が飾られている。い、いえ、祭られているのですか?」
不謹慎じゃないのか?
「ああ、金山比古神ね」
「え、ええ」
「あれは願いなのよ」
「願い?」
阿国の願望か?
「古来より温泉は女陰に例えられるものなのよ、愛をもって濡れている必要があるのね。そんな事もあって、この湯治場では昔から生殖器崇拝をして男根なりの生殖器を御神体として飾っていたのよ」
温泉って女陰なの?
「は、はあ……」
「実はね、七十年程前に、この温泉が枯れそうになるという事件が起こったの。掘削により温泉は湯が沸き出て復活したのだけど、生殖器崇拝が不足している事が原因だったと思われた。そして、もう二度と枯れる事がなく温泉が湧き続けるように願を掛けて、生殖器を沢山飾る様になったのよ」
「だから男根だらけだと……」
「そういう事ね」
「はあ……」
何だか声にならない。




