伯耆の国 弐
伯備線というのは、中国山地を超え、倉敷駅から伯耆大山までを結んでいる路線だ。高梁川、日野川の渓谷沿いを進んでいくのだが、山地を超えるため勾配率が高い。
伯備線で、伯耆大山駅の二つ手前の江尾駅まで至った私達は下車し、続いてバスで奥出雲方面へと進む事になる。
バスに乗り込み少し落ち着いた所で、中岡編集が車窓を眺めながら口を開いた。
「この辺りは、嘗て多々良製鉄が盛んだったのだ」
「多々良製鉄?」
日本製鉄の歴史に詳しくない私は問い返す。
「ああ、日本の古来より伝わる製鉄方法だ。明治期に石炭による製鉄法が広まるまでは、その、多々良製鉄法による製鉄が大部分で行われていたんだ。木炭と鞴による製鉄法で、その、ふいご、が、多々良と呼ばれた事から、多々良製鉄と呼ばれていた……」
「となると、鎌倉時代や戦国時代の刀剣の類も?」
「ああ、当然、平安や鎌倉、戦国期の刀や槍は、多々良製鉄で作られた物だろう。多々良製鉄は、そもそもは大陸から伝わったものだが、弥生時代には日本で行われ始めていた可能性が示唆され、遅くとも古墳時代には各地に浸透していたようだ。その後は効率化を求め独自進化をし大型化や形状の変化、天秤ふいごなどが作られていったらしい。そんな中、良質な砂鉄が多く取れる中国地方で製鉄が盛んになっていったと……」
「資源産出の次第ですか」
「まあね、良い砂鉄が取れれば良質な鉄が出来る。それもあり出雲鉄は良質だと云われていたのだ」
「出雲? ここは伯耆の国ですよね?」
私は首を傾げる。
「出雲と伯耆は隣の律令国だ。昔の伯耆は出雲文化圏に含まれていたとも云われている。特に大山の西側の出雲に近い部分は強く影響をうけているんだ。また、この辺りでも良質な砂鉄が多く取れた事から、多くの多々良場があったようだ」
「そうなのですね」
「そんな、多々良場では、独自の生活環境が作られていたのだ。山内という百五十人程の集落体系があり、その集団の長、操業長である村下、踏み子である番子、木炭作り専門の山子などがいた。代りばんこ、という言葉は順番に踏み子を交代することが発祥なんだぞ。そして、信仰体制なども多々良場、独自のものをもっていた……」
「信仰体制?」
「ああ、鉱山の神様や鍛冶の神様を祭るという信仰だよ。製鉄を行っている人達からすれば、作物の実りを司る天照大神や水の神である龍神などを祭るより、鍛冶の神を祭るのは必然だろう? その鍛冶の神は日本神話上では金山比古神や金山比売神、また金屋子神などがいるんだ」
「金山比古神と金山比売神、金屋子神ですか…… それらの神様の存在は知りませんでしたね……」
「金山比古神と金山比売神に関しては、何故に鍛冶の神なのかという疑問があるが、金山という名前が付いているのが理由で金属の神なのかもしれない。鉱山自体や製鉄の際に出る屑鉄が溜まっている部分を金山と呼んでいたりしているから何らかの関係があるのだろう。また、三人目に名前を上げた金屋子神は金山比古神と金山比売神の子供だという説もある。そして金屋子神は高天原に住んでいたのだが、播磨の国に降臨。その後白鷺に乗り、出雲比田山中に移り、各地で製鉄の指導をおこなったという……」
「金屋子神は鍛冶を広めた訳ですから鍛冶の神と云っても良いような気がしますね。金山比古神と金山比売神は名前だけな気がしますね、あとは金屋子神の親だという部分と……」
「まあ、確かにな…… 因みになのだが、親である金山比古神と、金山比売神には鍛冶の神という面以外に別の側面をもっているんだが……」
意味ありげに中岡編集はニヤリと笑う。
「別の側面って?」
「ふふふふふ、それは、性の神様という側面だよ」
「えっ、性の神様ですか?」
私は戸惑いながら問い返す。
「日本神話上では、伊邪那美命が多くの神様を生んだのだが、火の神である火之迦具土を生んだ際に、女陰に火傷をしてしまうのだ。その火傷の苦しみから出た嘔吐物が化生して誕生したのが金山比古神と金山比売神だと云われている。二人は伊邪那美命の火傷を看病したというような話もあり、陰部の病気を治すご利益があるともされ、多々良のピストン運動が性行為に似ている事から性の神としての一面が取り上げられたとも云われている。夫婦神だというのもあるかな」
「強引ですね」
「一応だが、性の神様という側面は金山比古神と金山比売神の二人だけのもので、金屋子神が性の神様という話は余り聞かない。だが神様によくある事だが、金山比古神と金屋子神を同一視しているという見方があり、その際にのみ金屋子神も性的なものが見え隠れするがね……」
「成程です」
そんなこんな話をしているうちにバスは目的地である大原という場所に辿り着いた。




