宗教の目的 壱
私はふうと息を吐いた。
「そして、そんな幻覚を見せるために、薬を盛られていた可能性が……」
「ソ、ソンナ事ハ……」
オルガンティーノは蒼白な顔で否定する。
「それでは、なぜ、そんな事をしたのかという部分に関して思うところを述べますと、矢張り、宗教団体として規模を拡大したい。また、信者を増やしたいという事が主だった理由かと思われます。新たな宗教として広めていきたいという目的が……」
「宗教として普通にある目的か……]
私は頷く。
「新たな主として掲げた信長。救世主としての信長。その者が如何に神の子であるかどうかを知らしめ、崇め奉るべき存在であることが目的だった訳です。そして、その宗教を日本全国に広め、信長様こそ神の子であると信じさせる必要が……」
「ちょっと待て、坂本氏よ、キリスト教は飽くまで唯一伸であるヤハウェ、いやデウスを信じる宗教で、イエス・キリストはその神の声を預かり人々に伝える存在だという話ではなかったか? イエス・キリストは神ではないと…… となると、信長の存在も神の言葉を預かり人々に伝える存在ではないのかと思うたが……」
「ええ、飽くまで神はヤハウェだけですよね、ですが、神の言葉を伝える預言者であるイエス・キリストも神の子供であり、絶対的な存在に値するとこの施設でも説明を聞きました。神であるヤハウェを崇める事をイエス・キリストが広めたのがキリスト教。神であるヤハウェを崇める事をユダヤ人が広めたのがユダヤ教。神であるヤハウェ(アッラー)を崇める事をムハンマドが広めたのがイスラム教とね。しかしながらキリスト教に於けるイエス・キリストは預言者ではあるが、神の子でもあるようです。預言者であり神の子でもあるイエス・キリストは受胎して人として生まれたと……。父と子と聖霊の御名において、という言葉に於ける父はヤハウェであり、子は神の子であるイエス・キリスト、そして聖霊です。いずれにしてもイエス・キリストは神の子供であるとしている……]
「認識としてはイエス・キリストは神の子となるのか……」
「ええ、そして、ここ天正基督教会では、イエス・キリストは神の子であり、信長様も神の子であり、神であると認識させたい訳です」
「しかし、イエス・キリストは神の子であるという事は、キリスト教上に於いてはギリギリ納得できるが、復活した信長公が神の子であるというのは、キリスト教上に於いても、邪道であり、邪教のように思えてならんのだが……」
「ええ、邪道だと思います、そして宗教としては邪教だと思います。もうキリスト教ですらない気も……」
「エエイ! 何ヲ云ッテイルノデス! 許シマセンヨ!」
オルガンティーノは我慢できないといった顔で叫んだ。
「かのイエス・キリストですら、キリストは人か、神の子かという論争がずっと続いていた位なのに、転生し復活した信長公が神の子であるというのは流石に簡単には受け入れ難いものがあると思います。天正基督教会は嘗てのキリスト教伝来時のキリスト教を復活させ、信者を増やし、広めていきたいと云われているが、イエス・キリストやヤハウェを崇めるのは納得出来るが、新たな預言者であり神の子であるとされている信長公を崇め奉るのは、矢張りキリスト教からも逸脱していると思います。講義や典礼でキリスト教の教えを伝えてはいますが、飽くまでキリスト教っぽく見せる為のギミックなのではないかと……」
「ソンナ事ハ無イ!」
「エエ、ソンナ事ハ、一切アリマセン! 何ガキリスト教ッポクダ!」
オルガンティーノに続いてフロイスも怒り気味に言及する。しかし、三成子警部の鋭い眼光が彼らを牽制した。
「私は、改めてこの天正基督教会の真の目的が何なのか、そして何のためにこんな事をしているのかを考えてみました……」
「それはこの宗教を広めたいからだと先程坂本氏自身が云っておったではないか?」
「それは一面的な目的としてです。戦に勝ちたいという目的と同義です。戦に勝って信濃を支配したいという他面的な目的に関してです」
「他面的な目的だと?」
「ええ、例えば、既存の宗派などに属さないキリスト教なども当然のことながら幾つかあります。新興宗教的なキリスト教もあります。こちらの天正基督教会に関してもその側面もあられると思います。しかし他の新興的なキリスト教会は飽くまでヤハウェが神であり、イエス・キリストは神の子であるということが本質にあります。ですが、この天正基督教会はちょっと違っています」
「信長公が神の子であるという部分か?」
「ええ、その通りです。信仰する対象が追加されているのです」




