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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第九章
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洞窟内へ  肆


「……ふむ、何だか気になるお話ですね…… 穴山邸の事故は事件として再捜査をしなければならなそうですね」 


 警官は自分の手帳にメモを取りながらそう呟いた。


「しかしながら、それは置いておいて、今この場で貴方達が殺されそうだという理由が良くわかりませんが?」


 警官は少し考え込みながら聞いてきた。


「ふふふ、実は僕等は、殺された穴山老人から依頼を受けてこの地にやってきたんですよ。穴山家に伝わる埋蔵金伝説を紐解き、それを発見する為にね」


 殺されそうな恐れが無くなった中岡編集が不敵な顔で説明する。


「ほう、穴山家の埋蔵金ですか? それは興味深い話ですね」


 警官は本当に埋蔵金に興味があるらしく、目を輝かせ僅かに少し身を乗り出してきた。


「実は、色々調べ、調査した結果、穴山家に残されていたという伝承と、埋蔵金のありかを示すという武功録の文言から、今僕等がいるこの洞窟こそが、ほぼ埋蔵金の隠し場所であるという確証を得たんですよ」


「えっ、ここが埋蔵金の隠し場所なんですか?」


 三人の警官は驚いた様子で、周囲を仰ぎ見る。


「ええ、そこまでを発見したので、僕達はもう用済だということで殺されかけていたという訳です」


「それで、埋蔵金は見つかったんですか?」


「まあ、一応ね……」


 中岡編集のその答えに、静子を含めた家族、使用人達が驚いた顔を向けてくる。私も中岡編集がまだ解っていないものだと思っていたので驚いて顔を見た。


「……な、中岡さん? 埋蔵金のある場所がわかったと云うのですか?」


 静子が声を震わせながら聞いてくる。


「いやいや、僕は色々考えてみたんです。諸澄九右門も持ち出せなかったという事は、何かの条件や障害があって、それを超える事が出来なかったのではないかと…… その何かの条件を考えた時、一つの答えに辿り着いたのですよ」


 中岡編集は灰白色の洞窟の壁に手を添え、その壁を爪で引っかきながら説明を続ける。


「その何かの条件というのは…… 持ち出せる状態になっていたという事と、まだ持ち出すことが出来ない状態だった事が関係するのではないかと思ったんです。つまり、まだ三分の二は精製出来ていない状態だったのではないかとね……」


「それじゃあ……」


 静子は手で口を押さえながら質問してくる。


「ええ、恐らくこの洞窟はまだ採掘し終わっていない巨大な金鉱脈なんですよ、精製されていた金は持ち出す事が出来たが、精製はおろか発掘すら出来ていない金鉱石では、諸澄九右門一派もどうしていいのか解らない、結果持ち出せなかったと……」


「そ、そうだったのね……」


 静子を含めた家族、使用人達は周囲や天井を仰ぎ見ながら納得した表情をみせた。


「確か金鉱石一トンから取れる純金は僅か五グラムだと言われています。その金鉱石から純粋な金を取り出す方法は、戦国時代ならば灰吹き法を使ったのではないかと思われます。その灰吹き法といいますのは、先ず、るつぼに灰を敷き、その上に金鉱石と鉛を乗せ加熱していくと鉛と金の合金が出来上がります。その状態から更に合金に空気を吹き付けて加熱していくと、酸化した鉛や不純物が灰に付着して吸収され、純粋な金が取れるというものです。しかし手間は相当掛かりますし、木炭、窯、鉛、骨灰など必要な物も多い。骨灰とは動物の骨から膠と脂質を取り除いてから高温で焼く事で得られる灰です。そういった類の専門知識とそれなりの人手がなければ金の精製は侭ならないのです。多くの人手を使える大名や土地の豪族ならまだしも、戦国時代の一介の盗賊一味が領主の目を盗んで金を取り出すのは容易では無いでしょうね」


「埋蔵金が金鉱山だったとは……」


 放心した様子で良知が呟いた。


「伝説の話で炭焼き長者の話が出てきたと思いますが、恐らく竈に使われた材料が長者ヶ岳や天子ヶ岳から持ち出した金鉱石や凝灰岩などだったのでしょう。凝灰岩は骨灰の変わりになるといわれていますからね、炭焼き小屋で炭を作っている際に金鉱石が溶けて凝灰岩に不純物が吸収され偶然金が出てきたのではないでしょうか…… ただ偶然ではそんな多くの金が取れるとは思えないですけれどもね……」


 中岡編集は雄弁に語る。


「こ、ここが金鉱だというのか これは大ニュースになりそうだ……」


 警官が呟くと、静子、松子、義景を含む家族の表情が鬼気迫るものに変っていくのが見えた。


「お、お巡りさん、気を付けて下さいよ! ここにいる人達は本当は穴山家の人々ではありません。盗賊諸澄一派の人間です。宝が見つかったからには、僕等を含め、あなた方警官をも殺す事もありますから!」


 中岡編集は表情の変化に気付いたらしく、声を上げて説明する。


「な、なんだって」


 警官達は、緊張した顔になり腰から銃を抜き手で強く握りしめた。


「ふふっ、そこまで解っていたのですね?」


 静子がニヤッと笑って聞いてきた。


「まあ調べてみた所、穴山家は武田家の支流、武田家は高家として江戸初期から中期に信玄次男の血筋で復活していましたが、その武田家すら養子をもらって存続させているぐらいです。武田家を差し置いて穴山家を復活させる事はないでしょう。恐らく穴山の姓は戦後のどさくさに紛れて名乗ったのではないでしょうか?」


 義景と良知は険しい顔で中岡編集を見ていた。


「それと僕達の泊まった部屋に、前に埋蔵金探しを依頼していたと思われる人間が入れ詞による暗号を残してくれていました。恐らくその人間は殺されてしまったのではないかと思いますが、お陰で僕は自分が置かれている状況が把握できましたよ」 


 中岡編集は軽く笑いながら説明する。


「そ、そんなものが……」


 私達の部屋を見張っていた清子が驚いた顔で呟いた。


「恐らく、仲間割れか何かで、長であった穴山老人、いえ本当は諸澄老人だったかのかもしれませんが、その長を殺す事になった。そして殺した上で、皆でその死を事故死に見せかける工作をした。僕達に死体を見せたのは、死を隠しきれないと判断し、招いた手前もあり敢えて見せておこうと思ったからで、僕達に相続の事を聞いたのは、長が死んだ後、埋蔵金を含めどう分配するかの参考にする為なのではないかと思います……」


 中岡編集がそこまで説明すると、静子は自虐的に薄く笑った。


「あなたも…… そして坂本様もですが、長は想像以上に出来る人間を呼んでいたのですね……」


 そして静子はふーっと大きく息を吐いた。


 それを横目で見ながら警官の一人が静かに声を上げた。


「……なにやら色々とお伺いする事が多そうですね、皆さん一緒に署までご同行をお願いできればと思いますが……」


 その瞬間、松子がすっと隠し持っていた拳銃を取り出しその銃口を警官に向けた。


「や、やめろ!」


 それに気が付いたもう一人の警官が声を上げる。


 そして、手に持っていた拳銃を瞬時に持ち上げ、銃口を松子の肩辺りに照準を合わせ慌てて引き金を引いた。


「きゃあああああああっ……」


 銃弾は轟音と共に松子の肩に命中する。銃弾を喰らった松子は後ろの壁側に向かって弾き飛ばされた。


「ああっ! 美しい松子さんの肌に傷が!」


 中岡編集は悲痛な顔で松子を見る。


 おいおい敵だぞ。まさか結婚の話は本気だったのか? そう思いながら見詰める私の鼻腔に漂う硝煙の匂いが吸い込まれる、銃声の余韻が洞窟内にこだましていった。


 見ると、倒れた松子の肩からは血がドクドクと流れ出ていた。


「動くな! 動くと射つぞ!」


 三名の警官が引き抜いた拳銃を諸澄一派の面々に銃向け大声で威嚇した。


「…………」


 諸澄一派は強張った表情のまま動きを止める。


 血を流して倒れ伏している松子の様子や、拳銃を向け鬼気迫る表情をしている警官達をみて、他の者達はそれ以上抵抗する気勢を削がれたようだった。


「他に拳銃等を持っている者がいたら、速やかに捨てなさい! 早く!」


 警官は物凄い表情で怒鳴り声を上げた。


 その声に従い、桜子の夫である良知が腰から銃を引き抜きそれを捨てた。

 また桐子の夫義景も右手は上げながら、左手で摘むように銃を引っ張り出すと、それを捨てた。


 静子も懐から小型の銃を取り出し、自分の目の前に放った。


 ……助かった……。


 面々が銃を手放した姿を見て、私はようやく安堵感からふうと大きく息を吐いた。


 これでもう穴山老人殺人容疑などはほぼ関係がなくなった。拳銃を所持している事が露見し、その拳銃で警官を殺そうとしたのである。それが成功していたなら我々の危機は持続していることだろうが、その事は失敗に終わったのである。もはや諸澄一派は私達の殺人未遂や穴山老人殺害容疑など無くとも、有無を言わさず逮捕される事になるだろう。


 何とか私達の命は助かり、我々の計画は成功に終わったのである。私は安堵感から再度大きく息を吐いた。


「改めて皆さんを銃所持の現行犯と殺人未遂容疑で逮捕させてもらいます。ですが手錠は人数分ありませんので、我々警官が厳しく監視した上で下山して頂きます。宜しいですね」


 諸澄一派の面々は観念したかのように僅かに頷いた。


 その後、私と中岡編集と諸澄一派は、前後を警察に挟まれながら、洞窟を出口に向かって進んで行った。


 銃弾を喰らった松子は体の大きい使用人の男性に背負われていた。ぐったりと力なく身を預け、その美しい顔は苦痛に歪んでいる。私は松子に殺されかけはしたものの、一緒に身延山に登った事などを思い出し、そんな苦痛で表情が歪んでいる松子に対し僅かながら同情の心が浮かんだ……。


 洞窟を抜け出ると、外は夕方の景色に移り変わっていた。木々の間からの木漏れ日も少し朱色に近くなっていた。


 我々は三人の警官に監視されながら、来た時と同様、稲子川の流れに沿いながら下流へと降っていく。流れは周囲の清水が集まり次第に太く水量が多くなっていった。


 天子七滝の一番奥に位置する魚止の滝の横を抜け、更に稲子川沿いを進んでいく。


 道沿いには観音の滝、不動の滝、丸渕の滝、しずくの滝、瀬戸の滝などが美しい水の流れが見え隠れしていた。それは恐らく梅雪や信玄が生きていた頃と少しも変わらない風景なのだと思われる。私は感慨深くそれを見詰める。


 なにか緊張感が取れ、力の抜けたような、はたまた解脱したような心持だった。


天子七滝巡りの起点まで至ると、車を止めた空き地では多くのパトカーが待機してサイレンを回しているのが見えてきた。警官が無線で応援を呼んでいたようであった……。


 ……こうして、ようやく命の危険を孕んでいた私の埋蔵金探しは幕を閉じたのである。




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