洗脳 肆
大岩はしばらく宙に浮かび続けた後、ゴトりという重そうな音を響かせながら、ゆっくりと台車へと戻された。
「ふううううううう……」
流石に疲れたのか、信長は大きく息を吐いた。
「おおおおおおおっ、凄い、やっぱり凄いぞ! 我らが信長様は、神の御子だ! 神の御子だぞ!」
修道士たちは口々に叫び声を上げる。
確かに凄い奇跡だ……。神の御業と云える程の所業だと思われる。
「さて、それでは、本日の奇跡の行いは終了で御座います。皆さんはまた講堂の方へのご移動をお願いします」
再び蘭丸の声が響き、皆に指示を飛ばした。
そうして、本日の奇跡の行いは終わりを迎える事となった。
この奇跡の行いは、この教会に於いて、救世主なる信長が、神から使わされた偉大な預言者であり、はたまた神の御子であるという事を皆に知らしめ、その信長を崇め奉る事を促す為のデモンストレーションである。その他の講義や御祭、典礼などは、救世主なる信長が中心である天正基督教会の手足となる部下や信者としての教育カリキュラムになる訳だ。とすると奇跡の行いはかなり重要な役割を担っている事になる。救世主なる信長が本当に偉大な預言者であり神の御子であると皆に思わせなければ、講義や典礼などは空虚なものになってしまうからだ。
そんなこんなで、その後も講義を受け、夜のミサ、晩餐などを行い、夜にはまた談話室へと赴き、中岡編集の状態を気遣いつつも、ネズミ男とコミュニケーションを取り、親密になる努力を続けていった。
夕となり、また朝となった。これで三日目である。
私は前日と同様に朝の礼拝、午前のミサに参加する。
中岡編集は昨日と左程症状に変化はないか、やや悪くなっているように見受けられる。でも、彼の心の中や精神状態がどうなってきてしまっているかは正直よく解らない。因みに三成子警部に至っては色恋に目覚めた女の子のようになっていた。
そして午後には聖書の研究という講義に出席する事になった。
中岡編集の傍に陣取り席に座ると、檀上にはガブリエル柴田が姿を現す。この講義の担当者らしい。
「え~、それでは聖書の研究の講義を始めたいと思います。ですが、入信体験者の方々も居られますので、復習も兼ねて、原点に返り説明をしたいと考えます」
我々の事を気に掛けてくれるようだ。
「まず、聖書には旧約聖書と新約聖書があります。旧約聖書の方はユダヤ教、キリスト教の聖典であり、イスラム教に於いては、モーセに預けられたタウラート、ダビデに預けたザブールなどと共に啓典となっています。そして、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三つは同じ神ヤハウェを崇める宗教であり、それを伝える預言者の違い、教えの違いにより各派は区分されています。成立した順番はユダヤ教、キリスト教、イスラム教の順番になります。そんな訳で旧約聖書は三つの宗教内で各々語られており、天地創造やノアの箱舟、バベルの塔などの話、モーセの十戒、その十戒に伴う規定や法律について記述されています。また、倫理規定や、歴史書としての記載も多くなされています」
な、なんだ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は元々は同一のモノから端を発していたのか、知らなかったぞ……。
「一方、新約聖書の方は、イエズス様の言葉やその生涯について、マタイやルカ、ヨハネなど使徒の言葉によって構成されています。イエズス様の言葉やヨハネ、ルカの言葉は福音と呼ばれ、新約聖書はその福音の集合体といった内容になっています。その福音という言葉は、英語でヱヴァンゲリオンと呼ばれます……」
エ、エヴァンゲリオンってそんな意味だったのか、普通にロボットの名前かと思っていたけど……。
そんな名前のアニメーションを見た事があった私は素直に驚いた。
「そのエヴァンゲリオンという言葉は、和訳では、良い知らせ、になり、福音にて伝えられるイエズス様の裁判、処刑、そして復活は、処刑されたという哀しい出来事を伝えたいのではなく、復活したという、良い知らせ、を伝えている訳であります。内容としては、イエズス様はモーセによって予言された救世主であるという内容や、イエズス様はダビデ王の末裔であるなどの紹介、イエズス様の死後使徒達の布教に関する記述。右の頬を打たれたら左を向けよ。これは目には目を歯には歯をという諺の持つ目を潰した者は自分の目を潰して償わなければならないという言葉に対して、悪人を許し、悪人に手向かってはならないと云う事を伝えています。また、敵を愛せ。という言葉も迫害してくる敵を愛しなさいと云う事を伝えています。つまり全ての人に平等であり憎しみを持たず愛し許す事を伝えているのです……」
しかしながら、汝の敵を愛せ。と云われてもそうは上手くいかないだろう。確かにそれをすれば世界は平和に繋がっていくとは思うが、そうは上手くいかない気がするぞ。殺人事件は無くならない気が……。
そんな聖書の内容を紹介する講義を聞き続け、三時頃に至ると再び奇跡の行いの時間がやってきた。
「さて、それでは、本日も主である信長様の奇跡をお見せ致します」
ウリエル森がいつもと同様に皆に呼びかける。
「それでは、本日は、信長様が心をお読みになられます。普通、人の心は覗けないもので御座います。あの人はどう考えているのだろう? あの人の気持ちは一体? 等々、人は人の心を見透かせないもので御座います。ですが、信長様はその心を読み取ることが出来るのです」
成程、パイロキネシス(発火能力)、サイコキネシス(念動力)、そして今度は超感覚的知覚であるテレパシー能力をみせてくれるという訳か……。
「さて、どなたか、檀上に上がって頂き、ご協力願えると有難いのですが……」
周囲を見ながら蘭丸が問い掛ける。
どうせ、サクラを使うに違いない。サクラを使えば心を読むパフォーマンスなんて容易いからな……。
「おっ、それでは、折角なので、体験をして頂いている最中の、セラフィエル石田にやって頂きましょう」
「な、な、な、なんだ、私か?」
三成子警部が顔を上げ戸惑った様子で声を発する。
「ええ、貴方ですよ、是非、是非」
蘭丸が手招きする。
「三成子さん。どうぞ、どうぞ、折角なので、参加してみてくださいよ」
横ではシモン大谷とアウグスティヌス小西が促している。
「えっ、えっ、私か、私なのか?」
「ええ、貴方ですよ、是非、是非いってください」
アウグスティヌス小西が笑顔で頷く。
「そ、そうなのか……」
三成子警部は戸惑いながらも促され檀上へと追い立てられていく。
しかしながら意外だ。三成子警部を選ぶとは。
檀上の信長の目の前には椅子が用意され、三成子警部は促されてその椅子に着座する。
「それではお願い致します」
蘭丸は信長に声を掛けた。
「うむ」
信長は目を瞑り、手の平を三成子警部の頭の方に手を翳した。
「むむむむむむむむ……」
思考を読み始めたらしい。
三成子警部は緊張した顔で信長を見ていた。
「ふふふふ……」
しばらくすると、信長が声を漏らす。
「ふっ、ふはははははははっ、面白い、面白いぞ!」
な、なんだ。
「そなたの頭の中はシモンとアウグスティヌスの事で一杯だのう」
「ち、ちがう!」
三成子警部は否定する。
「そんなに好きか?」
「ば、馬鹿な!」
あんたが馬鹿だよ! 顔が真っ赤でバレバレだぞ。
「ふふふふふ、馬鹿な、何故わかったのだ? と考えておるな」
信長は笑う。
というか、心を読むとか読まないとか関係なく、見てれば三成子が何を考えているかなんて大凡解りそうなもんだろ。
「ち、違う、違う、違う、わ、私は……」
図星を付かれて恥ずかしいのか、三成子警部は抗いの声を発する。
「私の物じゃ、二人とも私のものじゃ、もう離さんぞ! 逃がしてなるものか! とまで考えて居るようだが……」
「…………っ!」
もう見ていられない程に顔が真っ赤だ。破裂しそうな程だ。
「ふふふふふふ、私にはお前の心の中が手に取る様に解るぞ、隠そうとしても見えてくるのじゃ」
そんな信長の声に三成子警部は、目を閉じ無心状態と云った様相をし始める。
「ふふふ、真っ白な空間を思い浮かべておるな、だが、そんなことをして無駄じゃ、唯の時間稼ぎじゃ、何かを思い始めたら直ぐにその思考が見えてくるぞ……」
「くっ…………!」
図星だったらしく、三成子警部は、顔を横に振りつつ、再び目を閉じ瞑想を始める。今度は数秒毎に小さく頷くような素振りを見せた。
「ふふふ、今度は思考を読まれまいと、何か短い文を繰り返し考えておるな、その文言までは読み切れぬが、大一大万大吉とでも唱えておるのかのう?」
「ば、馬鹿な!」
合っていたらしい。
というか心を読まれるとか読まれないとかは置いて於いて、思考が単純すぎないか? 単純すぎて思考を予想されているような気がするが……。
「まあ、シモンとアウグスティヌスが好きなら好きで自分の心に素直になればいい。二人がその気に目覚めれば、お前の物にすれば良いではないか、私は陰ながら応援しているぞ」
信長は笑う。
三成子警部は顔が真っ赤だ。
「ふふふふふふ、以上じゃ! 以上をもって本日の行いは終わりとさせてもらおう……」
信長が声を上げた。
「それでは、以上を持ちまして本日の奇跡の行いは終了とさせて頂きます」
横で蘭丸が続けて説明をする。
そうして、本日の奇跡の行ないは終了と相成った。
その後、夜のミサ、晩餐などを行った後で、談話室の語らいに赴いていった。
三成子警部はユッキーナと良継と親密な時間を過ごす為に、私はまた中岡編集の状態を確認するためと、ネズミ男とコミュニケーションを取り親密に成る為に。




