洞窟内へ 弐
我々はそのまま坑道を進んでいった。
坑道は生活遺構のあった通路の奥辺りからは四方八方に伸びていた。鉱脈を追いながら掘り進み、鉱脈が無くなると次の穴を掘ってを繰り返した結果なのかもしれない。
そこからは手分けして坑道の奥を調べる事になった。自然物である洞窟の場合は洞窟内で逸れ外に出られなくなる恐れもあるが、坑道はあくまで人の手で作った物である。法則もあり迷子にはまずならないだろうと思われる。
私と中岡編集、静子、運転手を務めた男性使用人はその場で待機している事になり、清子、松子、桐子家族、桜子家族、が枝分かれしている坑道に入り込んでいった。
おおよそ三十分程すると、何人かが私達のいる場所に戻ってくる。
手には穿鎚、石ノミや、桶、釣瓶、滑車などの当時の掘削道具が握られていた。しかし一様に冴えない顔をしている。
ほとんどが帰ってきている中、最後に、桜子の夫である良知が怖い顔をして戻ってきた。背が高く元々強面なのだが、より一層怖い顔をしている。
「全然ないぞ……、千両箱みたいなものは一切ないし、取り出すべき残り三分の二の財宝がありそうな気配すらない、只々坑道があるだけだぞ、どうなっているんだ?」
良知が中岡編集を見た。
「ほ、本当ですか? 気配すらなかったのですか?」
中岡編集が訊く。
「ああ」
「神棚みたいな場所は?」
「ん? 神棚だと? そんなものはなかったぞ」
良知は他の人間に視線を送る。
「私が入った坑道にもそんなものはなかったわ」
良知の妻である桜子も声をあげる。皆一様に首を振っていた。
「僕の記憶では、鉱山には、やわらぎと呼ばれる、自分たちの身の安全や山の神の心をやわらげる為に祈願する社があった筈です。僕はその辺りに埋蔵金があるのではないか、はたまた次なる情報が隠されているのではないかと考えていたのですが……」
「神棚のような、やわらぎ、だと? そんな物は一切無いぞ」
「無いですか…… うむむ…… 困りましたね……」
中岡編集は腕を組んで考え込む。その横で私は必死に計算をする。
まだ警察が駆けつけてくれている気配はない、とにかく自分の保身の為にも、もう少し時間を引き延ばさなければならない。
しかしながら、それだけでなく己の探究の結果としても埋蔵金が見つからないのは納得がいかない、ようやく天の岩戸、龍口を経て宝の目前まできている筈なのに……。
……どういう事なんだろう? ここまで来て埋蔵金が見つからないなんて……。
周囲の様子を見た限りでは、近年になってから人がこの場所に足を踏み入れたという事はなさそうだ。箪笥や工具が残されているという事は当時のままのはず……。
財宝はもう持ち出された後だというのだろうか? それとも最初から無かった……。いや諸澄九右門も持ち出せなかったという事は何かの条件や障害があってそれを超える事が出来なかったから手に入れられなかった筈だ。でもその条件や障害すらも気配がない……。
一体どういう事なのだろう……。
「なあ、静子さん。一応、天の岩戸、龍口を経てこの場まで来たんだ。この場所が埋蔵金のある場所、いや、あった場所なのかもしれないが、それは間違いないようだ。あとは我々の方でゆっくり探そうじゃないか……」
良知が薄い笑いを浮かべながら呟いた。
とうとうきた。とうとうきてしまった。私達は用済みという認識を持たれてしまったようだ。
「そうね、彼等の役割はここで終わりでいいかしらね……」
静子は静かに呟いた。
「……中岡さん、良くぞここまで調べて頂きましたね。ありがとうございます。お蔭様で埋蔵金の目と鼻の先まで辿りつく事が出来ました。あとは私達でじっくり探そうと思います……」
静子はゾッとするような冷たい視線で私達を見た。
中岡編集は用済みと判断された気配を感じたのか、青白い顔で声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください、えっ、何を云っているのですか? 僕等が必要ない? 僕等が不要? 僕が不要? えっ、まさか僕等を亡き者にしようというのですか?」
静子は無言で頷く。
「な、なんで僕等が殺されなきゃならないんです。一生懸命探しているじゃないですか、それに僕ははまだまだ探し続けたいと……」
必死に言い訳をする中岡編集の横で、私の心臓は割れ鐘を叩いているかのように激しく打ち付けていた。手の平にはジットリとした汗が滲んでくる。
私の背後から、カチャっという音が聞こえてきた。その方向に視線を送ると、松子が少し古そうな形をした銃の銃口を中岡編集に向けていた。その目には躊躇いなどは一切感じられない。松子の横にいる体の大きな使用人は、冷たい視線のまま私の頭に銃を向けている。
「残念ですが、埋蔵金の秘密を話されても困ります、お二人には生きていていただく訳にはいかないのです」
静子はそう云うと、祈るかのように手を合わせ目を瞑った。
「ちょっと待ってくださいよ、ここまで必死に探したじゃないですか、ここから先も僕が必要になる筈です。それに埋蔵金の秘密は誰にも話しませんよ……」
「信用できません」
感情の無い声で静子が云った。
「な、ならば家族になります。僕はあなた方の家族になります。だから殺すのは待って下さい」
中岡編集は切羽詰ったのか意味が良くわからない事を云い出した。
「……家族になる? それは、どういう事ですか?」
静子は訝しげに声を上げる。
「だから、僕は松子さんと結婚します。婿養子になりますから!」
おいおい、とんでもなく突拍子もない意見だな……。
「……では、坂本さんはどうなるのですか?」
冷たい視線で静子が訊いてくる。
「えっと、坂本は…… そちらの男性と結婚します」
「えっ?」
私は思わず声を上げる。
中岡編集の視線の先には銃を突きつけている体の大きな使用人の姿があった。年齢は五十歳位である。
「その方も体が大きいですし、坂本の方も体がデカい。大きい同士お似合いになると思いますよ」
へらへら笑いながら中岡編集は云った。
思い付きでここまで云うとはなんて奴だ……。でも、い、嫌だよ。そんなデカい年食ったおっさんと結婚なんて、勝手なこと云わないでくれ!
私は心の中で叫んだ。しかしながら殺されるよりはましである。私は微妙な笑みを浮かべ只々佇んでいた。
「残念ですが、その男性は清子の夫です。結婚する事は侭なりません」
「……じ、じゃあ坂本は諦めるしかないか……」
おい、諦めるな!
「いずれにしても中岡さんと松子さんの結婚も認める訳にはいきません。それは今思いついただけの言い訳に過ぎないと思われるからです」
「そ、そんな事ありません。僕は松子さんを好きです! 好きです松子さん! 大好きです松子さん! 結婚してください! お願いです! お、お願いです! 僕と、僕と結婚してください! 本当に大好きなんですよおおおっ!」
中岡編集は叫んだ。時間稼ぎの言い訳だとしても凄い。とても激しいアプローチだ。
しかし松子は恐ろしく迷惑そうな顔をしていた。
「……やはり、軽い思い付きのように思えてなりませんね。残念ですが此処で死んで頂こうと思います」
中岡編集の叫びが胡散臭く写ったらしい。静子が松子と使用人の男に目配せする。
「大好きだという松子に撃たれればあなたも本望でしょう」
松子と使用人は私達の頭に狙いを付けた。
……ああ、私はとうとう死ぬのか……。
私は死を覚悟してギュッと目を瞑る。
その時。
「……おい、こっちの方から声が聞こえるぞ、多分こっちだ……」
洞窟の入口の方から声が聞こえてきた。
そして懐中電灯の明かりらしきものが洞窟内を照らしながら近づいてくる。静子を含め家族達の表情に緊張したものが見えた。
聞こえる足音は、もう傍までその声の主が来ている事を教えてくれていた。
「こっちだ、こっちだ」
姿が見えた。それは三人の警官だった。
た、助かった……。
私は心の底から安堵の息を漏らした。そして中岡編集に目配せする。中岡編集は小さく顎を引いた。
「ああ、君たちが第一発見者か、我々は洞窟内に死体があったという通報を受けてやってきたんだが……」
松子と体の大きな使用人は警官に気付かれないようにスッと銃をしまった。




