入信体験 壱
一連の洗礼の儀式が終わり、オルガンティーノが改まった様子で声を上げた。
「ソレデハ、一応、コレカラノ本日ノ流レヲ説明イタシマスト、コノ後ハ聖書及ビ、オラシヨノ研究会、続イテ奇跡ノ行イ、懺悔ノ時間、夕食、夜ノ聖祭、ソノ後ハ就寝でゴザイマス」
中々盛り沢山だ。
そんな中で個人的にかなり気になる時間があった。奇跡ノ行イという時間だ。
「あ、あの、奇跡の行い、っていう時間は一体何をするのでしょうか?」
私は思わず質問する。
「奇跡ノ行イト云ウノハ、嘗テ、神ノ御子デアル、イエズス様ガ行ッタ奇跡ヲ、現代ノ神ノ御子デアルノブナガ様ガ信者ノ前デ、オ見セスルト云ウモノデス」
「奇跡の行いを見せてくれるのですか?」
「エエ、左様デゴザイマス」
おおっ、これは、ちょっと興味深くなってきたぞ。
堅苦しいお祈りばかりをし続けるのかと思っていたが、奇跡の行いというものに関しては正直どんな風なのか見てみたい。
「デハ、信者達ニ合流シテモライマス。ゴ案内ヲ致シマスノデ、ワタシニ着イテキテクダサイ」
そう云うと、オルガンティーノは私達を促し、檀の上に居並ぶ聖人達に背を向け、入ってきた出入り口の方へと進んで行った。
そのまま大聖堂正面を出ると、オルガンティーノは聖比叡斗呂広場と呼ばれている中庭の反対側、安土城のように聳える大聖堂の裏手の方へと向かって進んで行く。その先には寄宿舎というか、長屋というか、そんな風な建物が建っていた。そこが私達の寝泊りする場所なのであろうか? 更にその端には少し大きめな入母屋があり、その長屋の方と連結しているように見える。
「此処ガ今晩、皆様ガ寝泊リスル場所ニナリマス。ソシテ、ソノ横ノ大キナ建物ハ講堂デス。コノアトノ聖書及ビ、オラシヨノ研究会ハ、ソノ講堂デ行ワレル予定デス」
そう説明をしつつオルガンティーノは私達を長屋へと引き連れていった。
「マズ、オ部屋ノ案内ヲ致シマス。ソシテ、修道服ヘト着替エテイタダキマス」
「むう、着替えぬと駄目なのであろうか?」
角付きの兜と鎧、そして陣羽織を羽織っている三成子警部が問い掛けた。
「エエ、黒イ修道服ニ着替エテ頂キマス。フフッ、流石ニ鎧姿デハ困リマスノデネ」
オルガンティーノは少し笑いながら声を上げる。
長屋へと入り込み、中に続く長い廊下を進んで行くと、部屋が幾つも並んでおり、その部屋の戸にはナンバーが振られていた。
一番奥まで進んだ横の戸の前で立ち止まると、オルガンティーノは戸を引き開けた。
「コチラガ体験者ノ皆様ニ寝泊りシテ頂ク部屋デ御座イマス。ドウゾオ入リクダサイマセ」
促されて入った部屋は六畳程の小部屋だった。中には二段ベッドが二つ並べて置かれてある。四人部屋のようだ。
「此処ニ荷物ヲ置キ、ベッドノ上ニアル修道服ニ着替エテクダサイ。ソレガ済ンダラ、講堂ノ方ヘイラシテクダサイマセ、アト、携帯電話ノ類ノ物ハ、コチラデ預カラセテ頂キマス。体験、仮入信に関して悪影響ヲ及ボス事モアリマスノデ……」
「は、はい」
私達は仕方がないので、オルガンティーノが差し出した籠に携帯を収めた。
「デハ、私ハコレニテ」
そう告げると、オルガンティーノは部屋を出て行ってしまった。
改まって部屋内のベッドの上を確認すると、綺麗に折り畳まれた修道服と呼ばれていた物が置かれていた。作務衣風でもある。
「私はこの格好のままでも構わぬのだがな」
三成子警部は着替えたくないといった顔で呟く。
「いやいや、体験の下っ端信者がその格好じゃ生意気すぎますよ」
「そうかのう?」
「そうですよ」
そんな訳で、簡素な黒い修道服に着替え、胸に十字架のネックレスを引っ掛けて、私達は講堂へと赴いた。
講堂内に入り込むと既に二十人程の修道士らしき人々が席に座っていた。作務衣のような和装なのに胸に十字架が引っ掛かっていると、ちゃんとした修道服に見えるから不思議だ。
そんな大学の講義のように座る修道士達の最後方に、恐ず恐ずと私達は腰を下ろしてみた。修道士達は私たち新参者にそれほど興味がないらしく、振り返って私達の姿を確認する者もいない。
しばらくすると、先程教会内で出会ったフロイスと呼ばれていた外人が、前列に置かれてあった教壇前へと進み、そして立った。
「エー、デハ、昨日ノ続キノ、オラショの解読ヲ始メタイト思イマス」
フロイスは改まって声を上げた。
「何度モ説明シテイマスガ、オラショハ”Oratio”ト書イテ、祈祷ヲ意味スルポルトガル語デアリマス。ソンナ、オラショノ、ローソクベンジヲ読ミ解イテイキマス」
ローソクベンジだと? 何だそれは?
「コノローソクトモウスルハ、エレンジャモノノシタテタルローソクナリ、コノローソクヲモッテ、イマデウスデイマシマタマウフ、アオカビールノシツノミズ。コレノオミズハサンジョワンサマノ、ゴシンライナサレタルミコトノオミズナリ、オモワステス、イジンドーミノ、イズッポデハライキヨメタテマツル」
何か意味が解らない祝詞のようなものが聞こえてきた。
「ローソクベンジハ、異教徒ノ手ニヨッテ作ラレタローソクヲ、祓イ清メル為ノ言葉デアリマス。エレンジャ、ト云ウノガ異教徒ヲ表スポルトガル語デス。ヨッテ、最初ノ文ハ、此ローソクと申するは、異教徒者の仕立てたるローソクなり。トナリマス」
フロイスは確認するように修道士達を見回した。
「エー、ツギニ、サンジュワン、トイウノハ、聖人ノ事デ、三聖人ト読ンデクダサイ。トナリマスト、此れの御水は三聖人様ご信頼なされた見事な御水。読メル事ニナリマス。マタ、イズッポ、トイウノハ、聖水ヲ付ケル祓イ棒ノ事デ、最後ノ文ハ、イズッポで祓い清め奉る。トナリマス」
何やら行事や儀式の一つのようだ。
「サテ、続イテ、アベマリアオラショノ検証ヲ致シタイト思イマス」
フロイスは手前の洋書を捲る。
「ガラサミチミチタマウ、マリアニオンレイヲナシタテマツル。アルジハ、オミトトモニマシマス。ジョニンノナカニオイテワキテ、オクハホウイミジキナリ。マタ、オタイナイノオミニテマシマスゼズスハ、タットクマシマス。デウスノオボサンタマリア。イマモワレラガサイゴニモ、ワレラアクニンノタメニタノミタマエ。アメン」
要所要所の語句や固有名詞は何となく解るが、意味がさっぱり解らないぞ。
「解りやすく置き換えると、ガラサ、満ち満ち給うマリア。御身に御礼をなし奉る。御主は御身と共にまします。女人の中に於いて、分けて、御果報いみじきなり。また御体内の御実にてましますゼズスは尊くまします。デウスの御母サンタマリア、今も我等の最後にも我等悪人の為に頼みたまえ。アーメン。トナリマス……」
そんな小難しい講義を一時間程聴き続けた所で、時間がきて終了する事になった。




