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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章       ●其ノ十 天正基督教会の秘密
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安土へ  壱

約2年ぶりに復活しました。皆様また宜しくお願い致します。

 ガタゴトガタゴトと音を立て私達を乗せた列車は進んでいく。米原、彦根を過ぎ、丁度河瀬駅と稲枝駅の間辺りだ。右手では青い水面を反射させている琵琶湖がちらちら見え隠れ、左手では緑が色濃い鈴鹿山脈が佇んでいる。僅かに開いた車窓からは、田畑のどこか懐かしいような匂いがはいりこんできた。


 嘗て戦国期には琵琶湖の東岸側に内湖と呼ばれる浅い湖が沿うように点在していたという。今、列車が走っている彦根から安土に掛けても幾つもの内湖が……。そんな内湖の中で、最大の大きさをもっていたのが大中湖であり、安土城のすぐ東側に広がっていたらしい。現在では干拓され農地と化しているが、安土の地に於いては琵琶湖の水運を担う入江のような存在だったようだ。私は一面に広がる田畑を眺めながら嘗ての湖が広がっていた光景を想像しつつ、うっとりとしていた。


「あとちょっとですね……」


 私はふうと息を付き、前に座る駅弁を食べる男に何とはなしに声を掛けた。


「うん、もうちょっとだよ。筍を煮たのを食べたら食べ終わるからね……」


「は、はあ? ち 違いますよ! 私は、あとちょっとで、安土に着きますねって云ったんです! あなたの完食するタイミングなんて全然聞いていませんよ!」


 全く想定していなかった返しに、私は思わず声を荒立ててしまう。


「えっ、そうなの」


「そうですよ、あたしゃ駅弁の減り具合なんかには全然興味はねえわ! 何なんだよ筍の煮たのって…… 」


 そんな突っ込みに、駅弁で頬を膨らましていた男は恨めしそうに私を見詰める。


「君さあ、本当に、言葉使いが悪くなったよね、僕に対する遠慮が全然感じられない。そして尊敬の気配も…… 僕は君より年上なんだよ、もっと敬ってしかるべきだよね?」


「だ、だって、そ、それは、中岡さんがいつも私を苛立たせるような事を云うからでしょ!」


 私の反論に、その男こと中岡編集が大きくふうと息を吐いた。


「でも、今は、駅弁の事しか云っていないし、君が苛立つくだんのキーワードも云っていないぞ。僕が君の意図した質問を取り違えてしまったというのはあるけれど、君に苛立ち気味の言葉を吐かれるような事までは云っていない。それなのに苛立ち、声を荒げてしまうなんて、君はいつしか短気で怒りっぽくなってしまったのだよ、些細な事ですぐ怒るようにね。ほらほら、よ~く考えてごらん、今のやり取りに関しては、僕には全然非はないでしょ、キレられるようなことは何も云っていない。でしょ? でしょ? そんな訳で、今回に関しては君は僕に謝るべきじゃないかと思うけどなあ……」


 中岡編集は私の目をじっと見詰め冷静な顔で云ってくる。


 ――た、確かに私は怒りっぽくなってしまっていたかもしれない。改めて云われると確かに言葉を荒げる程ではなかったかもしれない……。


「……あ、あの、ち、ちょっと、云い過ぎたかもしれませんね、はははは……」


 私は頭を掻きつつ、少しだけ反省気味に云ってみた。


「あれれ、それだけなのかな?」


 中岡編集は少し首を傾げ、その先も要求してくる。


「ど、どうも、す、済みませんでした。云いすぎましたよ」


 仕方がなく私は静々と頭を下げた。


「うんうん、そうだね、年上だし、上司のような存在なのだから、僕に対してはちゃんと敬意をもって接してもらわなければ困るよ、まあ、これからも気を付けてね」


 満足げに中岡編集は頷いた。


 自分に否がある時は何だかんだと誤魔化すくせに、私に否がある時はここぞとばかりに非難してきやがる。なんて嫌味な奴だ。


 私は少し納得がいかず眉根を寄せる。


「あっ、そうだ、ところで、ちょっと話は変わるが、君は盤鐘之位を知っているかね?」


 唐突に中岡編集が質問してきた。


「えっ、何ですか、それは?」


 そんな言葉は聞いたこともない。


「なら、石火之位は?」


「石火? いや、そんなの知りませんよ」


 中岡編集は残念そうな顔をする。


「という事は露之位に関しては…… 当然知りもしないかな……」


「ええ、全然、知りませんね」


 私は当然の如く答える。


「ふう、駄目だな君は…… 何も知らないのだな……」


 呆れた様相で中岡編集は顔を横に振る。


「なんなんですか? それを知らないと何か拙いのですか? 何なのですか、それは?」


 私は呆れた反応にイラっとしながら聞き返した。


「盤鐘之位は、打てば響くような反応、そして鐘の音の余韻のように集中力を切らさず反応出来る状態を指す」


「えっ、えっ、何?」


 意味が全く解らない。


「石火之位は石を打ち合わせた際に出る火花の如くに素早い反応を指す」


「は、はあ……」


「そして、露之位は、葉に露が溜まり、それが零れるが如く、自然ながら隙を見出しそれを就く反応を指す」


「だ、だから、それらは一体何なのですか? 茶道か何かですか?」


 私は切れ気味に問い掛ける。


「はあ…… 何を云っておるのかな君は、今のは北辰一刀流の奥義じゃないか! その三つの心得を持った上で、切り落とし突きを行うという………… いいかな、奥義とは技じゃないんだぞ、技を放つ瞬間の心の持ち様が重要なのだよ」


「ほ、北辰一刀流ですって! そんなの私が知るはずがないじゃないですか!」


「ば、馬鹿者! 北辰一刀流免許皆伝の君は知っていなきゃ駄目だろ!」


 熱く怒鳴ってくる。


「だ、か、ら、龍馬じゃねえんだから、そんなの知る筈がねえだろ! この馬鹿垂れが!」


 逆ギレだ。


「き、君、だ、だから僕は上司だと……」


 中岡編集は声を震わせる。


「知らねえよ、馬鹿野郎が、 何が君が苛立つくだんのキーワードは云ってないだ! その後にガンガン云ってんじゃねえか! 何が僕には非がないだ! 非ばっかりじゃねえか! 」


 喧嘩売ってるのか、こいつは! いい加減にしろよ。


「………………………」


 例の如く中岡編集は恨めしそうな顔で私を見る。そもそもお前のせいだろが!


 え~と、そんな訳で、私と編集中岡はまたまた旅に来ていた。いつもの取材旅行の旅だ。そして織田信長縁の地である安土に向かっているのだ。


 実は私は小説家なのである。そして、前に居る中岡慎一は出版社の編集であり、私の担当編集なのである。


 私が小説家デビューの切欠となった推理小説の公募に小説を送り、その小説が受賞する運びとなって、出版社の編集と会うことになった。そこで出会った編集が中岡慎一だったのだ。  


 その初対面の場で中岡編集は私に失礼な事を云ってきた。それは、君は坂本龍馬に似ているね。という言葉だった。そして、あろう事か私のペンネームを坂本龍馬子という失礼極まりない名前に強引に決めてしまったのだ。脳みそが沸騰するほど頭にきた。


 まあ、そんな紆余曲折を経ているものの、私と中岡編集は次に書く予定の小説題材を取材する為に、安土駅を目指しているという訳だ。



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