高崎の夜 壱
図書館から駅方向へと向かう道も、暗鬱とした嫌な気持ちを抱えながら進んで行く。後ろを歩く人間、擦れ違う人間、車道を挟んだ先を歩く人間、全てが怪しい人物に思えてならない。
「ど、どうしますか、これから」
私は中岡編集に問い掛ける。
「一応、僕の方で少し前に電話をして、宿の予約は入れておいたんだ。なので、いずれにしても、今日は取り合えす高崎に泊まろうと思う」
「で、調査の方はどうしますか? 警告に従って、中止しますか?」
私は本題に関して質問する。その事に関しては質問せずにはいられない。
「う~ん、それも含めて今晩考えよう。夕食を食べながらや、宿で落ち着いてから決めようじゃないか」
時間はもう八時二十分程である。確かに今から東京に引き返すのも面倒くさい。
「とにかくお腹が減ったよ、おっ、丁度そこに軍鶏料理屋がある。入ってみよう」
「軍鶏料理ですか?」
「ああ、龍馬も好きだったと云われている軍鶏料理だ。近江屋で襲われる前にも軍鶏鍋を食べようとしていたと云われている」
それ不吉すぎるだろ! 私は眉根を寄せる。
「僕も軍鶏料理は好きだから、あそこに行ってみよう」
「ふ、不吉じゃないですか?」
「大丈夫だよ、もし監視している人間がいたとしても、ただ夕飯を食べているだけじゃないか、調査を中止して、打ち上げをしているように思うかもしれないし」
「そ、そうですかね」
楽観視しすぎているように思えるが……。
「とにかく入ろう」
そんな訳で私達は軍鶏料理の店へと入り込んだ。
店は料理屋というよりは居酒屋に近い雰囲気だった。カウンター席もあるが鍋が出来る個室部屋もある形状である。
監視の目も気になるし、丁度良く個室部屋もあるので、私達は個室部屋を希望し、希望通り個室へと案内される事となった。
席へと座り、私達はようやく一息付いた。取り合えず、ビールと軍鶏の焼き鳥、軍鶏天婦羅、軍鶏胸肉を和えたサラダなんかを頼んでいく。
しばらく待っていると料理が運ばれてきて、私達はビールを片手に焼き鳥などを摘みはじめる。なんか酒を飲まずにいられない気分だ。
「しかしながら、十津川郷士とはふざけた名乗りだ。僕等に喧嘩を売っているのか」
中岡編集は図書館での事を思い出したのか苛立たしげに声を上げる。
「確かにふざけた名乗りですけど、本気度みたいのが見え隠れしているような気がしますが……」
「本気度だと?」
「私達の事をどんな人間か理解した上で、警告を送ってきているという……」
「僕等が中岡と龍馬だと知って警告を送ってきているという事か?」
「私は龍馬じゃありません! 龍馬じゃありませんけど…… 龍馬ですかね……」
どっちやねん!
「それで、どうしますか? 命に係わるという警告を受けていますけど、結城に向いますか? それとも中止して東京へと戻りますか?」
私はその件を聞かずにはいられない。
「僕としては…… 結城に向いたい。ここまで調査したからには、最後まで調べてみたいと思う……」
そ、それに関しては同感だが。
「でも、命に係わるのは困ります。嫌です。私は死にたくありません!」
私は顔を強張らせ訴える。
「僕も殺されるのは嫌だ。だが、調査はしたい。そして、手帳を取られたし、このままむざむざ僕達の功績を奪われるのも嫌だ!」
そこに関しても同感だが、死の危険だけは避けたい。
中岡編集は眉根を寄せつつ焼き鳥を歯で串から引き抜いた。
「よし、そうだ。こうしよう。今晩は高崎に泊まるのだが、宿に入る前に駅前の遅くまで営業している服屋へと入り、男性物の服とニット帽などを買うんだ」
「はあ……」
一体、何をしようというのだろう。
「高崎から結城に向かうとなると、両毛線を使い、東へと移動するのが最短ルートになるのだが、僕等は高崎線で大宮辺りまで戻り、いかにも諦めて東京へ戻る振りをする。だが、本当に戻る訳ではなく、大宮で東北線に乗り換え、北上し結城へと向かうのだ。ふふふふ、名付けてV字作戦!」
「な、なるほど……」
しかしながら昭和的な作戦名だ。
「だが、それだけでは終わらない。車内のトイレで変装をする。君はニット帽を被り、男物の服に着替えるのだ。僕もニット帽を被り印象を変える。そして、名乗りは君は才谷梅太郎。僕は石川誠之助とするのだ。由緒ある変名だ。実際に龍馬と中岡が使った変名だ。変名と云えば、これしかないだろう!」
とうとう梅太郎か…… いつか来るとは思っていたが……。だが命には代えられないから仕方が無いかもしれない。
「わ、解りました。従いますよ」
梅太郎は嫌だが、一時的だ。命には代えられない。
そうして、明日の行動がある程度決定し、私達は最後に軍鶏鍋を食してから軍鶏料理店を後にした。




