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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章      ● 其ノ一 武田埋蔵金殺人事件 
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身延へ  参

 続いて私達は甲府駅から十四時三八分発の身延線、特急ふじかわに乗り込んだ。そして自由席となっている二号車の一番眺めが良さそうな席に陣取ってみる。


 その身延線というのは、富士川の流れに沿うように併走しつつ、甲府から静岡県の富士駅まで通じている鉄道である。名古屋周辺から甲府に向かう際には最短ルートになる為、比較的利用客も多い。富士川と富士山の両方が車窓から眺められる事から鉄道マニアに人気があるらしい。我々の目的地である身延駅までは、甲府、南甲府辰野、東花輪、市川大門、鰍沢口、甲斐岩間、下部温泉と停車し所要時間は大凡四十分程掛るようである。


 列車が走り出し、少し落ち着いたのか、中岡編集が手帳を広げた。


「さてと、目的地に大分近づいてきたから、今回の取材先の話をしようと思う」


 私は黙ったまま頷いた。


「え~と、今回の調査対象は、戦国時代のとある武将が隠したとされる埋蔵金を探すのを手伝うというものになる。新聞の募集広告に載っていたので応募してみたのだ。どうやら依頼先の方では何か手掛かりとなる物を持っているようなのだが、上手く見つけ出せずにいるらしい。そんな訳で外部の意見を取り入れてみようというようで募集を掛けているようなのだ。なので僕等は埋蔵金発掘の手伝いをしつつ、その事を小説の題材として活用すべく取材をするというのが目的になるのだ」


 中岡編集が説明する。


「ち、因みになのですが、仮に私たちが上手く埋蔵金を発見できても、全然貰えないのですよね?」


 少し聞きかじっていた内容を再確認してみた。


「いや、もし発見できたなら、埋蔵金の百分の一を分け与えてくれると先方は言っている。そして、万が一埋蔵金を発掘できたなら、対価として僕達個人が貰っても良いのではないかと僕は考えているんだ……」


 そう答えながら、中岡編集はニヤリと笑った。


「で、でも、取材費は出版社から出ている訳ですから、そうはいかないような気が……」


 私は眉根を寄せた。そんな勝手な真似は駄目だろう。


「いや、出版社としては、君が取材して、その取材内容を参照した小説を書きさえすればそれで良い筈だ。埋蔵金探しの労力は我々が担う訳だから、もし見付けられたならその労働の対価だよ。それに埋蔵金なんていう価値の解らない物の百分の一なんて有って無いような物だし問題は無いはずだ」


 中岡編集は自信満々に云う。


「そんなもんですかね?」


「ふふ、そんなものだよ」


 何だか中岡編集の希望的な意見に思えてならないが、これ以上突っ込むのも面倒くさいので私は一応頷いてみた。


 そんな会話をしている間に、列車は甲斐岩間、下部温泉駅を通り過ぎ、目的の身延駅へと到着した。その身延駅は日蓮宗の総本山である久遠寺の最寄り駅になる為なのか、土産物屋や蕎麦屋などがあり乗り降り客も多かった。


 私達は身延駅を出ると、富士川を渡り、国道52号線通称身延みちと呼ばれる道を北へと進んで行く。そして途中左に折れ、目的地である下山という地を目指して向かった。


 しばらく進むと、舗装された道は途絶えてしまい、その先は所謂林道といった風へと姿を変えた。車がようやく通れるか通れないかといった様相であり、道の両脇には木々が鬱蒼と茂っている。


「うむう…… この道を進むのか……」


 中岡編集は先方から送られてきた物なのか、地図のような物を手にしながら唸る。


「と、とはいえ、このくらいでないと埋蔵金探しとは云えないかもしれない。トレジャーハンティングというからにはこうでないとな…… こんな様相も記録しておくようにな。後で使うかもしれないし……」


 中岡編集は自分を鼓舞するかのように前向きな事を云った。


「え、ええ…… トレジャーハンティングですもんね……」


 私は相槌を打つ。


 そんな林道に私達は踏み込んでいく。


 道は進むにつれて細くなり、何やら山道、獣道といった様相になっていった。途中、木と木の間隔がひろく道かと誤解しそうな部分が幾つか枝分かれしており、うっかりそちらに入り込んで行ってしまいそうにもなる。


 そもそも中岡編集が手に持つ地図というのが、手書きの地図で、大雑把に小川、山などが目印として書き込んであるが、山などは鬱蒼とした木々に隠れて全然見えないし、小川などもその気配すら感じることが出来ない。


 しばらくそんな山道を進んでいくと、微かに水が流れる音が聞こえてきた。そして音は徐々に大きくなり、道の横に小川が併走するようになってくる。


「ふう、ようやくこの地点に至った訳か……」


 中岡編集は地図の一部を指差しながら呟いた。


「間違ってはなかったという事ですね……」


 その場所から更に小川伝いに進んでいくと、道が二股に分かれている部分に至った。


「さて、どっちに行ったものか……」


 中岡編集はまた眉根を寄せる。


 二股に分かれた道の上の方に目的となる建物の絵が描かれていた。


「もし、中岡様と坂本様で御座いますでしょうか?」


 突然、背後から声が掛かった。


「ひ、ひやあ!」


 中岡編集は突然の事に驚き飛び上がる。一メートル位飛び上がっていたから、相当吃驚したに違いない。


 その声を掛けてきた者は女中のような印象だった。顔は青白く表情も乏しい。


「い、一体何処から」


 私は思わずそう云ってしまった。周囲には人の気配など全く無かった筈である。本当に何処から現れたのだろう……。


「そ、そうです。私が坂本で、こっちが中岡です」


 私は戸惑いつつも、何とか二の句を告げる。


「随分、遅うございましたね?」


「いや、道が複雑で迷わないように慎重に来ましたので……」


 私は答えた。


「態々、僕達を迎えに来てくれたのですか?」


 中岡編集はハンカチで額の汗を拭いながら問い掛ける。


「主人が待ちわびております。ご案内致しますので、私の後に付いてきて下さいませ……」


 そう呟くと、青白い顔をした女中は背を向けスタスタ歩き始める。


「あっ、ちょっと待って下さい!」


 私達は慌てて追いかける。なんだか取り付く島がない感じである。


 小川に掛かる小さな橋を渡りどんどん進んで行くと、黒い門があり、その奥には黒い三層重ねの天守閣のような建物が見えてきた。下には五メートル程の高さのある石垣が設けられており中々本格的である。


 しかしながら、その城は立派な威容を誇示する訳ではなく、何か人目を忍んでいるような雰囲気があった。


「こ、これは凄いな、本格的な天守閣がこんな山中にあるとは……」


 中岡編集が言及する。


「ええ、立派な館です」


 私は横で相槌を打った。


「しかしながら……」


 先行する女中に聞こえないように小声で中岡編集が耳打ちしてくる。


「何だか迷い家みたいだな……」


「迷い家?」


「ああ、迷い家というのは、民俗学者である柳田國男が地元の民から聞き編纂した遠野物語の中に出てくる、訪れると幸福を齎してくれるという不思議な家の事だよ……」


「ほう」


 そのまま改まって中岡編集は説明をし始める。


「うん、その家は立派な門があり、それを潜ると庭があり、庭には鶏が放され牛や馬なども飼われている。そして、家には人の気配があり、囲炉裏には鉄瓶が掛けられ湯気が上がっていて、和膳の上には黒や朱塗りの椀等が並んでいる…… だけど不思議な事に人の姿は一切見えないんだ」


「奇妙ですね」


「この家に訪れた者は記念に何かしら家の物を一つ持ち帰って良いことになっており、それを持ち帰ると幸せになれると案内がされていて……」


「何だか良い話のようでありながら、玉手箱的な怖さも見え隠れしますが……」


「うん、当然、君と同じように考える者もいて、とある者は気味が悪くなって何も持たずに帰ってしまったという。すると帰り道、横を流れる小川に見覚えがある朱塗りの椀が流れてきた。その者はこれも何かの縁だろうとその椀を持ち帰り、米櫃の米を掬うのに使ってみた所、米が一向に減る事がなくなり、その米のお陰で長者になったと云うのだ。そして、この家はもう一度行こうと思っても辿り着けない不思議な家だとされている」


「成程、確かに奇妙で不思議な家ですね」


「失礼だとは思ったけど、見える建物、黒い門、周囲を流れる小川辺りが、その迷い家を思い浮かべてしまってね」


 中岡編集は小さく笑う。


 そんな私達の事を意に介した様子もなく、女中は門を潜り、城の脇に設けられた入口から屋内へと入り込む。私達も急ぎ足で追い、それに従った。建物の入口で靴を脱ぎ、女中を追いつつ廊下を進んで行く。




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