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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第九章
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追求  壱

 改まって、私は勝警部に調べて欲しい事を幾つか依頼をする。


「ええ、その件は、先ほど鑑識にまわしたので、後で結果が得られると思いますが……」


 勝警部は真剣な顔に戻し頷く。


「それと……」


 私は続けて告げる。


「ん? それも必要なのですか? 余り関係がなさそうですが……」


「ええ、それも必要な事なので、済みませんが宜しくお願い致します」


「解りました」


 そんな感じに、私は勝警部に幾つか調査対象を告げた。


「そうしましたら、広間の方で私の気が付いた推理をお伝えたいと思います。皆さんに集まっていてもらって下さい」


 私は改まって勝警部を見る。


「おお、いよいよ、推理小説家の坂本龍馬子さんの推理の発表ですな」


 勝警部がまた龍馬子と口を滑らした。


「勝警部、龍馬子と云っては駄目だと何度も云いましたけど!」


 私はぎろりと睨み付ける。


「いや、ほら、龍馬子さんと呼びかけた訳ではなく、推理小説家の坂本龍馬子さんと形容しただけですよ、余り過敏にならないように…… はははは」


 過敏にもなるよ!


「じゃあ、私達は鑑識や部下に指示を出してから広間に向かおうと思います。広間でまたお会いしましょう」


 勝警部は仲濱万次郎刑事を連れ立ち足早に宿坊の方へ戻って行った。


 私と中岡編集は二人でゆっくり歩を進める。


「さてと、それで大丈夫なのか?」


 中岡編集が訊いてくる。


「組み立て方で、上手いこと持っていこうと思います……」


 私は答える。


「上手くいくと良いが……」


 去っていった警部達の姿が宿坊の中へと消えていく。


「さてさて、この隙に逃げようか? 真犯人の坂本龍馬子君……」


 中岡編集がニヤリと笑う。


「止めて下さいよ、叙述トリックじゃないんだから…… それと龍馬子とも云ってはいけないとも云いましたよね、ふざけてないで宿坊に行きますよ」


 私は中岡編集をキッと睨む。


「失敬失敬、ちょっと云ってみたくなってしまってね……」


 中岡編集が恥かしそうに頬を掻く。


 そうして、私と中岡編集はゆっくりと宿坊へと戻っていく。


 広間に戻ると、全員が揃っているように見受けられた。宿坊担当の仲居が二人と仲居頭の氷垣が入口付近に座っており、奥の方には住職、妻君、小坊主二人と白髪の安房比丘尼も座っていた。安房比丘尼は相変わらず静かに座っている。また窓際の方には網乾夫婦、安西、赤岩、扇谷女史が座っていた。もう全員揃っていた。


 また周囲を見回すと、刑事や警官が周囲を取り囲むように立っており、席が無く少し開けた場所には勝警部と万次郎刑事の姿が見えた。


 その場所で勝警部は私を見ながら手招きしていた。そこで説明しろという事のようだ。


 私と中岡編集は恐縮しつつ、その場へ近づく。


「僕はこの辺りに座っているぞ……」


「ええ」


 尚も手招きで呼んでいる勝警部の下へ私は進んだ。


「お待ちしてましたよ、坂本さん」


 そして、勝警部は私を横に立たせると改まり声を上げる。


「えー、こちらの坂本さんが、推理小説家をされているという事なので、今回の事件が複雑というのもあり、ご協力をしてもらう事になりましたが、どうやら事件の事で何か気が付いた事があるようなので、ここでその説明をしてもらう事になりました。皆さん宜しくお願い致します」


 警部が私を紹介した。


 私は小さく頭を下げる。


「えーと、僭越ながら、ちょっと気が付いた事があるので、その事を皆さんにお伺いして、その上で私の考えをお伝えさせて頂きたいと思います。宜しくお願いします」


 私は恐ず恐ずと頭を下げた。


「そうしましたらお願い致します」


「は、はい」


 警部の促しに私は再度頭を下げる。


「えーとですね、昨夜、この宿坊において人が殺されるという事件が発生しました。被害者は宿坊にお泊りの神余由美子さんです。首に牙で噛まれたような痕跡が残されていて、その傷により絶命していたという事でした」


 皆は一応頷いてくれる。


「神余さんが殺害されたのは深夜の出来事ですし、皆さんが寝ている時間帯だという事もあり、アリバイがあるという人間の方が少ない状況に至ってしまっています」


 丁度視線が合った住職は小さく頷いた。


「ですので、アリバイの無い住職さんという可能性もありますし、住職の奥様だという可能性もありますし、安房比丘尼様だという事もありますし、仲居頭の氷垣さんだといういう事も、宿坊客の安西さんだという事もありますし、私や中岡という可能性まであります。正直絞り込むのは厄介だと云えるでしょう」


「でも、私はやっておらん」


 住職はまた断言するように云った。


「そんな状況ながら、誰が犯行を行ったのかという事を検証してみたのですが……」


「あ、あの、外部犯だという事を考慮しなくても良いのですか?」


 気になったのか赤岩が手を上げて訊いてくる。


「あっ、勿論、外部犯という可能性もないとは言い切れません。なので外部犯という可能性もこの施設に居た人々だけでなく含まれます」


 私は少し訂正をする。


「いずれにしても絞り込むのは難しい状況ながら、犯人はある証拠を残していきました……」


「証拠?」


 網乾夫が眉根を寄せつつ訊いてくる。


「ええ、証拠です」


 私は答える。


「そ、それは、あの安全ピンですか?」


 扇谷女史が悲しそうな顔で聞いてきた。扇谷女史の横で安西は強張った顔で身を震わしている。


「あの安全ピンは確かに怪しいですよね…… でも違います。それとは別の物です……」


「別の物だと……」


 網乾夫が首を捻った。


「ええ、別の物です。私が目を付けた証拠というのは……」


 皆の顔に緊張が走る。


 私はおずおずと声を上げた。


「私が目を付けた証拠というのは…… 赤岩さんの敷布団の上に微かに残されれていた白い毛です」


「白い毛? 白い髪の毛、おおおおおっ、私には見えなかったが、見付けたのか? 毛を!」


 歓喜、まさに歓喜といった声で、網乾夫が声を上げる。


「そうか、そうか、そうか! 犯人は赤岩氏、扇谷氏、安西氏、神余氏、坂本、中岡両氏の部屋に入り込んでいた訳だ。犯行現場の神余氏の部屋には痕跡は残さなかったが、赤岩氏の部屋に痕跡を残してしまったと、白い髪の毛を!」


 興奮したまま網乾夫は続ける。


「そうだったか! 矢張り、安房比丘尼だったか! 忍び込んで血を吸っていたのは安房比丘尼だったのか、矢張り、血を吸う事であの長寿を得ていたのか! そして、加減を忘れ、神余氏の血を吸い、強く嚙みついてしまったと!」


 最早網乾夫が探偵然と説明をする。


「さすが、歴女探偵、坂本龍馬子! 御見それしました」


 網乾夫はぺこぺこ頭を下げてくる。


「い、いや、違いますよ」


 私は網乾夫を制する。


「えっ、違う?」


「ええ、違いますよ。白い毛が証拠ではありますが、犯人が安房比丘尼様だとは私は云っていません」


 私はきっぱりと訂正する。


「どういう事だ?」


「私は白い毛だと云ったのです。白い髪の毛とは云っていません」


「白い髪の毛ではない?」


 網乾夫は戸惑った顔で問い返す。


 私は改めて赤岩を見詰めた。


「あの、赤岩さん、貴方の布団や布団近くに落ちていた白い毛、あれが何なのかご説明を頂けますでしょうか?」


「えっ、いや、そんなもの落ちていた? 俺は気が付かなかったが…… だから、それが何かと聞かれても、説明は出来ないよ……」


 戸惑い気味に赤岩は答える。


「じゃ、じゃあ、やっぱり、網乾さんが云うように、安房比丘尼さんの毛なんじゃないのかな? 忍び込んだ時に落ちたとか……」


 当然私が思うように答えてはくれない。当然な事だ。


 私はふうと大きく息を吐く。

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