表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第八章
296/539

私の調査  伍

 そうして、扇谷女史の隣の安西の部屋へと移動した。部屋の作りは他の部屋と同じで、風呂もトイレもない六畳の和室で、押入れと備え付けの戸棚、テレビがあるのみである。部屋の様相は起床した後のままといった感じで、布団が敷かれてあり、机の上にはジュースの空き缶、菓子の残骸があった。部屋の端の方には脱ぎ捨てられた服もある。


 因みに私を含め宿坊に宿泊中の者達は起きた時のままの浴衣姿だった。網乾夫婦や私、扇谷女史は一応上に茶羽織を纏っている。着替える余裕はまるで無かったのもあるが、動転していてそんな事さえも忘れていた状態だ。


 私は他の部屋同様に押入れと戸棚を開けて中を確認してみる。しかし何も無かった。


「他の部屋と同じように布団の下とかも確認させて頂きますね」


 心的ショックを受けているような様相の安西は弱弱しく頷いた。


 私は枕をどけ、掛け布団を剥いでみた。特段変わった所はない。そのまま敷布団を横にどかしてみる。


「あれ」


 敷布団をどかした際、何か光る金属っぽいものが視界に入った。


「なんでしょう、あれ」


 私はその金属っぽい物を拾い上げる。


「こ、これは……」


 私が拾い上げた物は、安全ピンだった。だが小さい物ではない、布団とかに使うタイプの太く大きな物だった。


「お、おい、それ凶器じゃないのか?」


 網乾夫が声を上げた。


「ち、違う! 俺じゃない! 俺はこんなの持ってきてないし、こんな物知らない!」


 安西は蒼白になって声を荒げる。


「見落としてましたな…… 一応、宿泊者の皆さんの部屋は任意で確認させてもらい、着衣などに不審な物が隠されていないかも確認していたのですが…… 布団の下からこんな物が出てくるとは……」


 勝警部は頭を掻く。


「し、知らない、こんな物、俺は知らないぞ!」


 勝警部が安西を見詰めながら言及する。


「恐れ入りますが安西さん、この安全ピンは?」


「だから俺はこんなの知らないって云ってるだろ! 知らないんだから説明のしようも無い」


「…………」


 勝警部は眉根を寄せる。


「しかしながら凶器らしき物が貴方の布団の下から出てきたとなると……」


「だから、俺はこんな物知らないと云っているんだ! 元々布団に付いていたんじゃないのか?」


 安西は氷垣をキッと睨む。


「いえ、こちらでは安全ピンは使用しません。そして、見たことがない安全ピンだと思います」


 氷垣は感情のない声で答える。


「それでも俺は知らない。俺の所持品じゃないぞ!」


 安西は必死に言及する。


「どうしたものですかね……」


 勝警部が意見を求めるかのように私を見る。私は慎重に言葉を発する。


「……警部、凶器と思しき物が出てきたから怪しいと思うのは早計です。見た限りでは針の部分は閉ざされ仕舞われていますし、血が付いている形跡もない。そして針の部分に力が加わり曲がったとかも無さそうです。見た限りでは、これが直接の凶器という事は無さそうです。まあ、凶器として準備していた物の一つだという可能性なら考えられますが……」


「……確かに未使用といった感じではあるが……」


「ただ関係が全くないという訳ではなさそうなので、注意が必要だと思いますけど……」


 勝警部は、少し離れながら静かに付いて来ていた二人の刑事の一人を手招きで呼んだ。確か万次郎と呼ばれていた刑事だ。


「龍馬子さん。その安全ピンを彼に渡して貰えますか? 鑑識の方へ回してみますので」


 万次郎はハンカチを広げ、その上に乗せるように促してくる。


「私の指紋が付いちゃいましたけど」


「その点は認識しておりますよ」


 勝警部は軽く笑った。


 そして、勝警部はもう一人の刑事の方も手招きで呼び、その刑事に耳打ちをした。刑事は何度も頷くと、また元の位置へと戻って行った。しかし、その様子を観察すると、鋭い視線で安西を見詰めている。監視の目を強めるように指示されたのかもしれない。


「さて、隣は被害者の部屋ですが、ご覧になられますか?」


 勝警部が私を見る。


「ええ、当然見たいです。一番見なければいけない場所ですよ」


「では」


 そうして私達は隣の部屋へと歩を進める。部屋の前の廊下には警官が厳しい顔をして立ち竦んでいた。


「あ、あの」


 私は先ずその警官に声を掛けてみる。


「あの、済みませんが、お巡りさんは、ずっと此処で監視されていたのでしょうか?」


「はっ、本官は、こちらに到着してから、ずっと此処で警備を致しております」


 警官は勝警部に敬礼をしつつ、私の方ではなく勝警部を見ながら答えた。


「事件後なんですけど、この事件のあったこの部屋に誰か近づいてきたとかは、ありませんでしたでしょうか?」


「えっ、誰か近づいてきた?」


「ええ、警察の方以外で」


 警官はまた勝警部を見る。勝警部は頷いた。


「近づいてきた者は居りません。遠巻きに見た方は居ましたが……」


「隣の部屋とかに入った方も居なかったのですか?」


「ええ、居ませんでした。私はきっちり監視していましたが、その様な者はいませんでしたよ」


「そうですか……」


 私は少し考える。


「その遠巻きに見られたという方が、どんな方なのかを教えて頂いても宜しいでしょうか?」


「ええ、その方ですよ」


 警官が指し示した人物は網乾夫だった。


「網乾さん?」


「ああ、私は来たよ。気になったからね。何があったかは仲居さんから聞いていたのだが、直接どんな様子か見に来たんだけど、警官が怖い顔をして立っていたんで、近寄るのを止めたんだよ」


 網乾夫が頭を掻きながら云った。うろちょろしてやがる。


「それと、和装の髪の白い女性が廊下の端の方からこちらを見ていたと思いますが……」


 髪の白い女…… 安房比丘尼だ。


「おお、やっぱり、安房比丘尼の気配が見え隠れしているぞ!」


 網乾夫が興奮気味に云った。


 あんたの気配も見え隠れしているぞ。


「でも、その方は、すぐに何処かへ行ってしまいましたけどね……」


「じゃあ、お巡りさんが来てから、そこの隣の部屋とか奥の部屋に誰かが入り込んだという事は無かったのですね?」


「ええ、ありません」


 警官は断言口調で云った。


「お巡りさん。ありがとう御座いました」


 私は改まって頭を下げた。


「では、警部。そうしましたら、被害者の部屋を見せて頂いても宜しいでしょうか?」


 私は警部の方へ向き直り促した。


「解りました。解りましたが…… このまま大人数で入って頂くのは、ちょっと抵抗がありますな……」


 勝警部は安西や赤岩、中岡編集を見ながら眉根を寄せた。


「……俺は疑われているみたいだし、入らなくていいよ」


 安西はいじけ気味に呟く。


「俺も入らなくて良いです」


「私もいいです」


 赤岩と扇谷女史も呟く。安西に気を使っているようだ。


「貴方はどうされますか?」


 勝警部は中岡編集に声を掛ける。


「僕は中岡なんで、坂本と一緒に行きます」


「……でも、操練所では一緒ではありませんでしたよね?」


「えっ?」


 勝警部が中岡編集をじっと見る。中岡編集も負けじとじっと見た。なにやら熱い視線がぶつかり合う。


「ふふふ、いえいえ、解りました。どうぞ、付き添ってください」


 勝警部が笑って促す。


「ええ、入りますよ」


 中岡編集は困惑した様相で云う。


「貴方は如何ですか?」


 勝警部は網乾夫に質問する。


「お邪魔でないなら、見てみたいが」


 網乾夫はずずいと前へ出る。入る気満々だ。


「入られるのですね」


 勝警部は苦笑する。


「氷垣さんはどうされますか?」


 勝警部は改まって聞いた。


「私は廊下で待って居ります。部屋の事に関して解らない事がありましたらお声掛け下さい」


「その際は宜しくお願いします」


 警部は軽く頭を下げる。


「さて、では、坂本さん、中岡さん、網乾さん、中へどうぞ。ですが奥までは入り込まず、入口付近で中を見るようにしてください。それと周囲にお手を触れないようにお願いします」


「ええ」


 私は答え、中岡編集と網乾夫は頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ