更なる考察 漆
私は山梨県のハイキングコースという別の本を手に取ってみた。一応身延山ハイキングや七面山ハイキングなどという言葉が書いてあったので借りてきた物だ。
そのハイキングコースの紹介における身延地区の部分を調べていると、興味深いハイキングコースが紹介されていた。
「あれ、なんでしょう、これ、天子七滝巡りって書いてありますよ」
「天子七滝だって! そんな名前この地図や登山ガイドには載っていないぞ」
中岡編集はそのハイキングコースのページを覗き見てくる。
その天子七滝というのは天子ヶ岳の西麓から南麓にあるらしく、天子ヶ岳から流れ出る稲子川という川の上流に位置していた。身延側からは直接行けないようで、南部町の方から川沿いに北上するコースらしい。
「……天子ヶ岳には池や洞窟の類は見当たらない。とすれば龍に見立てられるのは川だけになる。その上で考えると、この天子七滝という滝が存在する稲子川というのは怪しい気配が感じられるな」
「でも、滝と竜の関係はどうなのでしょうか?」
「うむう、先程説明したが川は竜に見立てられる事が多い。しかし滝となると調べた事が無いので良く解らない。ただ漢字は関係がありそうだ。さんずいに竜だ。竜と関係がありそうだな」
そう云いながら中岡編集は辞書を開く。滝の漢字と竜の漢字の関係を調べてみるのだろう。
しばらくして中岡編集が顔を上げた。
「……聞いてくれ、たきという言葉は、水が激しく流れる様を表した、たぎつ、激つという言葉から発祥したらしい。そして水が龍の様に長く太い筋をなして流れる事から、滝の漢字が宛がわれたという事だ。だとすると一応、滝も竜に看做される可能性は高いということだ」
「でも、天子ヶ岳から流れ出ずる川だから、はたまた滝だからという説だけでは、その川が龍口の龍に当たるというのには弱い気がしますよ、もっと伝承の裏付けになるような部分が欲しい所ですね。例えば七滝が伝説に関係があるとかというような話があるとか」
「確かにそれは云えるな……」
「私、調べてみますね」
私は本を開く。
しかし、しばし手分けして天子七滝のハイキングガイドや、身延付近の伝承などを調べても、天子七滝に関しての伝説のようなものは何も書き記されていなかった。
「…七滝か……。何かありそうなものだが……」
中岡編集は七滝という言葉にかなり引っ掛かっているようだ。
「ちょっと、七滝というものを調べてみよう。七滝伝説のような物が載っていないかを探ってみようと思う」
「私も別の本で調べてみます」
しかし、七滝伝説のようなものは辞書からは出てこなかった。
「ないな…… 河津七滝、岩手七滝などが書いてあるだけだ」
「河津七滝ですか…… 伊豆半島にある滝ですね」
中岡編集は徐に山梨県のハイキングコースという本と一緒に借りていた静岡県のハイキングコースのガイド本を手に取った。駿河と伊豆は昔は別の律令国であったが今は同じ静岡県なので、静岡県のガイド本に河津七滝も載っている筈である。
中岡編集はルートの紹介や、滝の見所のような部分はとばして、伝説のような部分が書いてあるページを探しているようだった。
「あ、あったぞ、河津七滝に於いての伝説のようなものが記されている」
「そんなものがあるのですか、それでどんな伝説なのですか?」
「ちょっと読み上げるから聞いていてくれ」
「ええ」
中岡編集はページを凝視したまま口を開いた。
「昔、この地にある男が住んでいた。ある時、男の妻が天城の八丁池で七つの首の大蛇を目撃したという。これを聞いた男は退治せしめんと、八丁池近くに強い酒の入った樽を置いておいた。七つの首の大蛇が現れそれを飲み干した。その酔い潰れて寝てしまった所を、男は剣で七つの首を切り落とし竜を退治した。竜の体は川となり、切り落とした首の部分が滝となり、河津七滝となったという」
「えっ、八俣大蛇の話にそっくりじゃないですか」
「ああ、そして、川は竜であり、滝は竜の首になると書いてある」
「滝が竜の首というのは良いですね」
「ああ、だが飽くまでこの話は河津七滝の話であって天子七滝の話ではない。しかし、伝承の話を聞いたにあたっては、天子七滝の七滝は竜であり稲子川も竜なのではないかと思わずにはいられない」
「確かに、そう思えてならないですね」
「なあ、天子七滝のハイキングコースに関してもっと詳しく載っている本はないか?」
「天子七滝のハイキングコースですね」




