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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第五章
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事件発生  弐

 仲居は慌てた様子で、管理を司っているであろう受付の方へ向かって走って行った。


「しかし、とんでもない事になりましたね」


 私は残され佇む安西に声を掛ける。


「ああ、本当に…… 何だってこんな事に……」


 安西は拳を握り締める。


「そうだ、他の二人にもこの事を伝えないといけませんね、私は中岡さんに……」


「そ、そうだな、こ、こんな事を伝えるのは…… 伝えるのは本当に嫌だが…… 云わない訳にもいかないよな…… 伝えに行ってくるよ……」


 安西は搾り出すように呟く。


「私も中岡さんに伝えてきます」


 安西はふらふらと覚束ない足取りで、二つ隣の部屋の戸の前に赴き、戸を引き開けた。私は廊下を少し戻り中岡編集の部屋戸を軽く叩き、声を掛けてから部屋へと入り込んだ。


「な、中岡さん、事件です。また、殺人事件が起こってしまいました……」


 中岡編集は布団にもぐりぐうぐう鼾を掻いて寝ている。起きる気配は感じられない。


「中岡さん、起きてください! 事件です。大変な事が起こってしまいました」


 私は布団の上から中岡編集を揺り動かす。


「う~ん、う~ん」


「中岡さん!」


 中岡編集は中々起きない。


「中岡さん! 起きて!」


 中岡編集は薄っすらと眼を開けた。


「あっ、中岡さん! ほら、起きて下さい!」


「……な、なんだ…… 深い深い眠りに陥っていた僕を、何故、無理やり起こすのだ?」


 中岡編集は薄目のまま不快そうに睨んでくる。


「大変なんです! 事件です。また事件が起きてしまいました。毎度ですけれど……」


「……事件…… どんな事件だ?」


 もう慣れてしまっているのか、大して驚いた様子もみせずに中岡編集が聞いてくる。


「き、昨日、お風呂で一緒になった神余女史が、部屋で殺されていたのが発見されました」


「あの可愛い神余女史がか?」


「ええ、そうです可愛い神余女史がです」


「勿体無いな…… まだ若いのに……」


「ええ、残念です」


 可愛いとか勿体無いという部分に僅かに引っ掛かるが、私は取り合えず相槌を打つ。


「……ん、ところで、君の首に付いている歯型のような牙の跡みたいなのは何だ?」


 中岡編集の半開きの目は私の右の首筋辺りを見ていた。


「えっ、牙の跡?」


 私は慌てて自分の首を手でなぞる。確かに何かの痕跡が指に感触として残る。


 えっ、き、昨日の夢…… 誰かが私の部屋に入り込んで、私の首筋を噛んだ夢…… あれは夢じゃなかったの?


「ほ、本当だ…… 何か傷みたいなのがありますね……」


 私は思い出して、ゾクりと身を震わせた。


「噛まれた跡のように見えるが……」


 私の首を再度確認しようとして頭を動かした所で、私も中岡編集の首にも似たような傷を発見する。


「あ、あれ、中岡さん、中岡さんの首筋にも噛まれたような傷がありますよ……」


「えっ、傷?」


 中岡編集はかばっと身を起こし、自分の首を触り確認をし始める。さっきまで眠そうにしていたくせに、自分の身に及んだ恐れがあると解ると、凄い変わり身の早さだ。


「えっ、あっ、うわああああああっ、本当だ! 大変だ! 肌に穴みたいなのが空いている! 僕は噛まれた! 僕は噛まれた! 僕も噛まれた!」


 そうだ私も噛まれてるよ。


「ど、どうしよう、僕は首を噛まれてしまったようだ」


「見えてますから、知っています。あの、中岡さん、ちょっと落ち着いて下さいよ!」


 慌てふためく様を見せられ、私は妙に冷静になってしまう。


「大丈夫かな…… 雑菌とかウイルスでも入っていたらどうしよう?」


「取り合えず大丈夫ですよ! 生きているんですから! それよりも同じ痕跡を受けて神余女史が死んでいるんです!」


「えっ、同じ痕跡で神余女史が死んでいるだって?」


 中岡編集の顔がみるみる蒼白になっていった。


「同じ痕跡で死んでいる? 僕もしばらくしたら死んでしまうのか?」


「えっ、しばらくしたら死ぬ?」


 そこまで想像してなかったぞ、確かに噛まれてすぐ死んだとは限らない。となると私も死んでしまう恐れも……。


 私は冷静さを通り越し、再度恐ろしさが蘇ってくる。


「ど、どうしましょう…… しばらくしたら、何かしらの症状が現れるのでしょうか?」


 私は声を震わせ質問する。


「さ、さあ、知らない…… どうしようか……」


 私と中岡編集は二人して蒼白になる。


「と、とにかく医者に診てもらおう。そして速やかに何か薬を飲もう! 一応、抗生物質を飲んでおいた方が良いかもしれない」


「そうですね、そうですよ」


 私はうんうん頷く。


「早く受付に行って救急車を呼んでもらわねば!」


 私と中岡編集はすぐに立ち上がり、小慌て状態で廊下へと歩み出る。

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