不老の温泉 壱
私達はそのまま一度自分達が宛がわれた部屋へと戻った。部屋に用意された浴衣に着替え、手拭を持ち温泉に向かうのだ。
「いや、でも楽しみですね、不老の効能があると云われる温泉。凄く肌が綺麗になりそう。私の肌はどのくらい綺麗になるのかな~」
宿の部分から離れ別棟にあるという温泉に歩きつつ私は声を上げる。
「いやいや、飽くまでも確証がある話じゃないぞ、それに君は大して変わらないと思うぞ、若返りの効果が期待できるのは僕の方だろう」
「ど、どうしてですか、私だって若返って肌がすべすべになって美しくなりますよ」
私はちょっと向きになる。
「君はまだ若いからそんなに効果はないだろう。それに若返る効果が仮にあっても美しくなる効能は謳われていないぞ、元が龍馬なんだから、ややすべすべ肌の龍馬になるだけだ。全然美しくはならない」
「も、も、元が龍馬って何ですか! 何度も龍馬じゃないって云ってるでしょう! それに肌がすべすべになれば多少なりとも美しくなりますよ、美しいっていうのは顔ばっかりじゃなくて全身でしょ、肌が綺麗だから惚れたみたいな話だってある位ですから」
「ふーん、肌が綺麗で惚れるねえ~」
中岡編集が見下したような云い方で呟く。
「ええ惚れますよ」
私は強く云った。
「まあ、いずれにしても君はそんなに変化は無いだろうね」
「ど、どうしてですか?」
「なら君の十八歳頃は今より綺麗だったかね? そして、男性から惚れられる事は多かったかね?」
「えっ、いや……」
嫌な事聞きやがる。
「……特にそんなに変わっていなかったと思います。惚れられる事もそんなには……」
私は躊躇いつつ正直に答えた。中岡編集が鼻で笑った。
「なら、そういう事だよ」
くうっ! ムカつくな! 何だよ、鼻で笑いやがって、そういう事だと!
私は憤る。
「まあ、一応だが、参考までに若返りの効果のあるという泉の話を伝えておこうじゃないか」
「えっ、若返りの泉ですか?」
苛立ちは収まらないものの、興味深い話に惹かれ耳を傾ける。
「まあ、こういった話は昔から数多くあったようだがね。アレキサンドロス大王の生涯を伝説的に彩った伝記の中にも若返りの泉みたいな話が出てきたりもするし、キリスト教の福音書の中にイエスが病気で苦しむ者をベテスダの池という所へ連れて行き癒したといった話もある。一応、そんな中で一番新しい逸話はアメリカ大陸のフロリダになるのだ。その話と云うのが、とあるスペインの冒険家がフロリダを旅行し、若返りの泉を探し求めたというものなのだ……」
「新大陸ですか、なんだか新しそうな話ですね」
「その探検家は先住民から泉の存在を聞き捜し求めたが、結局見付ける事は出来なかったとされている……」
「見付からなかったんですか」
「まあ、見付からないだろうな、ただ伝説ではその泉の水を飲むと三十歳のままでずっといられるとか……」
「えっ、三十歳なんですか?」
それじゃあ年上だぞ。
「ああ、三十歳だ。多分肉体の成熟と知恵の成熟がその頃がピークだという事なのだろう。若返るといっても子供にまで戻ってしまったら、肉体は未熟になりすぎてしまうし、知能も心許ない。だから三十歳辺りなのだと。ヴァンパイアだって血を吸って若返っても子供にはならないだろ? つまり三十歳以下の人間には若返りの泉の効果は無い可能性があるという訳だ。なので君には効果が薄いと云ったんだよ」
「なるほどです。一応理解しましたよ」
私は少し憮然としながらも頷いた。




