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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
269/539

安房八行院  伍


「あ、あの、不老不死になれないと仰られていますが、あ、貴方がそうなのではないのですか?」


 五十代程の夫婦の夫の方が真剣な眼差しで質問した。


「いえ、私は不老不死などではありません。刺されれば死にますし、呼吸を止められたら矢張り死ぬと思います。ただ他の人より少しだけ長生きなだけだと思います……」


 安房比丘尼は微笑んで答えた。


「で、でも、不老ではあられますよね? 噂では貴方はずっと生きておられるとか」


「いえいえ私は不老でもありませぬ、少しずつは年取ってきておりますよ」


「でも、その速度がとても遅いと聞きます。どうすればそうなれるのでしょうか?」


 その男からは何やら必死さが滲み出ている。


「さあ、生憎、私にもどうしてなのかは解っておりませぬ」


「桃源郷では仙桃というものを食べると聞きましたし、ネクタルも桃の一種だとか云われる事もあるようですが、桃ですか? このお寺に桃の木が生えていて、そこに生っている桃を毎日食べられて?」


「残念ながらこのお寺には桃の木は生えておりません。一応ですが桃はたまに食べる事も御座いますが、毎日食べたりは致しておりません。桃には健康を司る要素が沢山あると聞きますから、少し長生きの効能はあるのかもしれませんけれど……」


 安房比丘尼は少し困り顔で答える。


「な、ならば呼吸法ですか? 先程お話にあった仙人になる為の修行に導引術というのがあると聞きました。胎息という胎児のような呼吸法で無呼吸に近い状態にして長寿を授かるとか、そのような呼吸法を常にされているとか?」


「いえ、特段そんな呼吸はしておりませんが……」


「ど、どうすれば、どうすれば、貴方の様に不死になれるのでしょうか? 是非是非にお教え願いたい!」


 男は鬼気迫る顔で質問した。


「…………」


 安房比丘尼は本当に困ったといった表情で口を閉ざす。


「なんでも良いのです。お教え下さい」


 男は頭を下げる。横で妻らしき人物も頭を下げた。


「……噂になっていると思いますが、そして、それが効果がある事なのかは解りませんが、毎日此処の温泉に浸かっている事しか他の方々と違った事はしていないと思いますけれど……」


「温泉…… それは聞き及んでいるが、本当にそれだけなのでしょうか? それ以外に何ががあるように思えてならないのですが……」


 男は拳を握り締める。


「……しかし、私がお答えできる事はその位しか……」


 安房比丘尼は顔を僅かに横に振る。そして、身を上げる。


「……それでは申し訳御座いませんが、以上で終わりとさせて頂きたく存じます」


 そう云い残し、安房比丘尼は静々ともと来た戸の方へと引き下がっていった。皆は見送りつつ頭を下げる。


 安房比丘尼が居なくなった所で、観光客風の男女のグループや近所に住んでいそうなお年寄り達も腰を上げ始める。


「さてさて、わしらも行くべか」


「あ、あの、僕は此処へ初めて来たのですが、安房比丘尼様は本当に歳を取られてないのでしょうか?」


 中岡編集が一番近くに居たお年寄りに声を掛ける。


「んだ。わたしが子供ん時から、比丘尼さまはあのお姿だったべ」


「んだ。んだ」


 質問したお年寄りの答えに同調するかのように別のお年寄りも相槌を打つ。答えた年寄りも同意したお年寄りも七十歳位に見える。


「私が子供の頃に此処へ来た時も比丘尼様は今と変わらなかったですよ」


 男女のグループの中の女性が横から声を上げてきた。その女性は二十代のような感じだが、その女性が子供の頃でも十五年位前である。年を取らないというのは本当の事なのであろうか? 俄かには信じがたいが……。


「凄いですね、不老不死ではないと仰られていましたが、本当に不老であられるようで」


 中岡編集は感心したような顔で答える。


「ど、どうすればその不老の術を得られるのだ。私はそれを知りたいのだ……」


 五十代程の夫婦の夫の方が呻くように言及する。


「比丘尼様も解らないと云っていたじゃないですか、健康に気をつけて温泉に入って癒されてみられたらどうですか?」


 男女グループの二十代前後の爽やかな雰囲気を持った男性が声を掛ける。


「それは云われなくてもするつもりです。でも、そんな事だけでは不老になれる筈がありません。何か秘密があるんですよ、絶対何か秘密が……」


 五十代の男は畳みを見詰めながら呟く。


「まあ、いずれにしても比丘尼様は長生きだ。わし等もあやかりてえ所だ……」


「んだ、んだ」


 そう呟きながらお年寄り達はお堂から出て行った。男女の若者グループも私達や夫婦に軽く頭を下げ、お堂から出て行った。


「じゃあ、僕等もそろそろ行こうか? その温泉に浸かりたい気がするし」


「そうですね、今回だけの入浴でも肌くらいは若返りそうですね」


 そうして、私達も五十代程の夫婦を残して部屋を後にした。男は畳みを見つめ続けている。


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