更なる考察 伍
「……天の岩戸という物に行き詰ってきたので、今度は龍や竜や龍口、龍ノ口に関する部分を少々考察してみよう」
「解りました」
「まず伝承には龍及び竜、龍口、竜口などの言葉が出てくる。竜と龍の漢字の違いがちょこちょこ出てくる。君も名前に龍の字が入っているが、その違いがどういう物なのか知っているかね」
中岡編集は指を立てて偉そうに云った。
「……知りませんよ、名前に龍の字なんて入っていませんから……」
私は憮然として答える。
「何云っている。入っているじゃないか、龍馬子の龍…… あっ!」
そこで龍の字が入っている名前がペンネームで、自分が勝手に付けたものだと気付いたようだった。
「あ、ああ、ペンネームの方だったね。まあいい、そのペンネームに入っている龍の字と竜の字がどう違うのか知っているかね?」
「知る訳ないでしょう。名乗りたくもないのに勝手に名付けられたペンネームの漢字の由来なんて」
「……」
中岡編集は頬を掻く。
「まあいい、その違いを少々説明するとだな、そもそも漢字の成立としては竜の字の方が古い。甲骨文字とかでも使われていたらしい。それを荘厳にする為に複雑にしたのが龍の字であり、更に後にそれを簡略化した省略体として新字体として紹介されたのが竜であるという経緯がある」
さらっと流しやがったか……。
「……そ、そうなんですか、私は空を飛ぶ物が竜で、水に棲む物が龍。西洋の物が竜で、東洋の物が龍であるという説を耳にした事がありますが」
私は気を取り直して言及する。
「それは誤りだ。龍と竜は基本的には同じ意味の漢字だよ」
「じゃあ辰はどうなのですか?」
「辰は…… 古くは中国の後漢時代に王充が書いたとされる論衝という書の言毒篇に、辰為龍、巳為蛇、辰、巳之位在東南 という言葉が記されており、それが発祥とされている。基本的には方位を指す言葉として主に使われているが、龍との明確な区別はない。なので辰も龍と同義語という事になるのだ」
「という事は、敢えて云い分けている可能性があるので指す場所そのものは違うかもしれませんが、龍口、辰口、竜口と出てくれば意味合いだけなら同じという事ですか?」
「その通りだ。だが、天岩戸が天子山地にある岩戸であるという仮説に従って考察すると、山中に龍口と呼ばれる場所がありそうなものだが、いくら山岳ガイドを眺めてみても、天子ヶ岳、長者ヶ岳には龍口、竜口、辰口などのような地名などは書かれていない。ならば龍の口に想定される場所が龍口になるのではないかと想像する。そして、そこを探すべきではないかと思われる」
「龍口に相当する場所ですか……」
ふと、その時私は、鎌倉の片瀬にある龍口という地名が頭を過ぎる。
「そういえば鎌倉の龍ノ口刑場の話で、五頭龍という龍が棲んでいて、荒ぶる龍神がその後改心して山に姿を変えたという話がありましたよね、龍の頭の位置が龍口と呼ばれ、その頭の位置に龍の頭部のような岩があり、今でも江ノ島の弁財天を思い眺めているとか…… となると天子ヶ岳や長者ヶ岳にも龍の頭のような岩があり、そこが龍口となったりするんですかね」
「その可能性はある。だが地図上には龍の頭や口はおろか龍の体すら地名には出て来ないんだ」
「龍ですか…… そもそも龍って伝説上の生き物ですよね、そんな龍という名前が付けられるとなると……」
私は腕を組んで考え込む。
「そもそも龍は中国の神話の生物になる。神獣、霊獣の類であり、中国では水の中や土の中に棲むとされ、口には長い髭、喉元には逆鱗があり、宝珠を持っているとされている。その姿が日本に伝わり、日本でも龍というとそのような姿で描かれる事が多い。ただそんな中国の龍も、そもそもは印度から中国に伝わったというのが端であり、ナーガなどが中国に伝わる際に龍と訳されたと云われている。ただ日本の龍も姿形こそは中国から伝わった儘の物であるが、性質は其の儘の物ではなく、徐々に日本の蛇神信仰などと結び付いて形を変えていっていたのだ……」




