更なる考察 肆
「さて、続いて天岩戸に関して考察すると、特段高天原にあるとは書かれていない。だが葦原中つ国にあるとも書かれていないので、そのどちらかにあると思われる。それもあり、天岩戸に関しても此処が天の岩戸であると訴える土地が幾つか存在する。まあ高天原よりは現実的な話ではある」
「伝説上の天岩戸の場所ですか……」
「その名乗りを上げている場所は京都府福知山の岩戸神社や、滋賀県高島市の白髭神社、奈良県橿原市の天岩戸神社、三重県伊勢市高倉山古墳、同じく伊勢市二見興玉神社、岡山県真庭市の茅部神社、宮崎県高千穂町の天岩戸神社などがある。いずれも近くに岩戸らしい場所があり、そこが天岩戸だと云っているのだ。因みに富士山近くには天照大身神が身を隠したという天岩戸があったという話は出てこない……」
「ところで古事記、日本書記に於いての天岩戸の天というのは一体何を指すのでしょうか?」
ふと思い付いて私は質問してみた。
「ん? 天という文字が何を指しているのかだと」
「ええ、天照大御神を指しているのでしょうか?」
「そうだな、天岩戸の伝承に関しては、天照大御神が隠れた岩戸であるから天岩戸と呼ばれているように思えてならない。正確には古事記などには岩戸や岩屋として出てくるだけだからな」
中岡編集は顎をなぞる。
「ただ天の字全てが天照大御神を指すかといえば一概にそうは云えない。天手力男神や天鈿女命、天児屋命は天照大御神と同時期に登場しており、特に天照大御神に因んで名付けられた訳ではない。彼らの場合は敬称である天が頭に付いているという事のようだ。天津神であると云っているようでもある」
「天津神ですか」
「改めて思うが、天岩戸の天は敬称の可能性が高いと思う。香久山に関しても後から尊称である天を付けたようだし」
「天香久山……」
「その天香具山は奈良県橿原市にある百五十二メートルの小山だ。香具山、香久山とも呼ばれ、南山麓には天岩戸がある場所として上げた天岩戸神社がある。岩戸の傍に香久山を置き、そこに八咫鏡と八尺瓊勾玉を飾った訳だから、香久山の傍に天照大御神が隠れた岩戸があるというのは理に叶っていると思われる。しかし天照大御神が関係して天の香久山になった訳ではないようだ……」
そう説明しながら中岡編集は広辞苑を広げ、天の文字の部分を探していた。
「一応、古事記、日本書紀は置いて於いて、天という字を広辞苑で調べてみたところ、東洋思想において人の上にある存在、人を超えた存在を表す文字だと書かれてある。日本における天皇、天子も人の上にある存在であるから天の字を頭に戴いている訳だ」
「確かに天皇も天ですね」
「ああ、その上で天子ヶ岳の伝承の場合に当て嵌めて考えてみると、天子の娘であるからやはり人を超えた存在と看做しているという事になるのだろう。内親王にあたる存在であるから、農民などからすれば天にも近しい存在と看做されたと……」
「なるほど……」
「だが、天岩戸が天子山地にある岩戸であると仮定して調べ続けてみたものの、富士山近くには天岩戸伝説などは一切無く、また七つ池など何処にも見付からな。はたまた洞窟のようなものも出てこない……」
「困りましたね」
私は頬を掻く。




