現場検証と妙な男 伍
そんな会話を鬼平と九労が続けているのを横で聞いていた私であるが、私としても何か引っかかる部分を感じてならない。九労が云っている気になる事と同じなのか、また別の事なのか……。
「おい、龍馬子君、あの探偵とやらが色々説明しているが、君はどう思うんだ?」
中岡編集が聞いてきた。
「確かに、何か変ですよね、柱に縛り付けられている事とか…… 普通じゃない」
私は答える。だが私にはまだ解らない。
「僕には、あの探偵だと名乗る、若者ぶった格好をした中年のおっさん二人組が素人臭く感じてならない。流行りに乗って探偵業をし始めたばかりの元サラリーマンとかな。何が九労義経と服部弁慶だ。本当に大丈夫なのかよ」
中岡編集は納得がいかないという顔を見せる。それどころか対抗心さえも感じさせる。
「君もやりたまえよ」
「えっ?」
「これは、僕らの役回りだろ。対抗するべきだ!」
「えっ、でも折角探偵が出しゃばって事件解決に乗り出しているのに、更に私達が出しゃばるのですか?」
私は戸惑いつつ返す。無理にやらなくて良いぞ。
「そうだ、出しゃばるんだ! 僕が皆に紹介する。そして探偵風情なんかより、推理小説家の方が上だと知らしめるのだ!」
「い、いや、ちょっと待って下さい。心の準備が……」
私が戸惑っているのをよそに、中岡編集が鬼平と服部が説明している所にしゃしゃり出ていく。
「ちょっと失礼しますよ」
「おや、中岡さん何でしょうか?」
鬼平が驚いた様子で問い返す。
「え~と、実を申しますと、僕らも事件とか推理とかに詳しくてですね……」
「事件とか推理に詳しい?」
「それはどういう?」
鬼平が聞き返してくる。
「ええ、実は僕の連れの坂本は坂本龍馬子という推理小説家でして、僕はその坂本の担当編集をしております」
中岡編集は不敵に笑う。
「えっ、推理小説家? 坂本龍馬子?」
鬼平は少し喜色を見せ、九労は僅かながら表情を曇らせる。当然、面白くないのだろう。
「えっ、という事は、貴方達は推理小説にお詳しいという事ですか?」
「ええ、坂本は書いていますし、私はアドバイスを与えていたりしていますからね」
中岡編集はさり気なく自分を持ち上げて云った。
「おおっ、そ、それは頼もしい。そうしましたら、丁度良い、九労さん達とご一緒に今回の事件を考えて下さいよ」
鬼平は軽く訴えてくる。九労達に頼んだ事に伴う顔を立てる等は考えていないのだろう。
「ええ、折角なので、連れの坂本も推理小説家としての視点でご協力させて頂きます」
中岡編集は答えた。
「ほら、君も君なりに気になる点を聞き給えよ」
無理やりの如く促してくる。
「えっ、質問ですよね? え~と、それでは、唐突ではありますが、大凡の死亡推定時間もみえてきましたので、現場不在の証明の再確認をさせて頂いても良いですかね?」
仕方が無く私は整理する為に質問を口にする。
「そ、それでは、大奥様とお付きの方は食事後部屋に戻ってからずっと部屋に篭もられていたと云われてましたよね? すぐ下のお部屋ですし、もう一度お話をお伺いした方がよいのではないかと……」
「えっ、成程、その件は後で聞きに参りましょうか……」
鬼平が提案してくる。
「そ、それと、長女さん方は十時頃からお風呂に行かれたという話を聞きましたが、旦那さんとは浴場内では別々だったと聞きます。因みにお子さんは、男湯、女湯どちらに入られたのでしょうか?」
私は美由紀と忠正を見ながら聞いてみた。
「わ、私と一緒に入りましたわ」
美由紀が答えた。
「すると、旦那さんはお風呂でお一人だったって事になりますね、一応ですが素早く出てから入りなおす事も可能ですね、因みになのですが、お風呂で誰かと一緒だったみたいな事はありませんか?」
「えっ、俺はちゃんと風呂に入って出たよ、体を洗ったり、内湯に浸かったり、露天風呂の方へ行ったり。一緒になった人は居たよ、ほら、さっき集められた水澤家のお父さんと息子さんが露天風呂で一緒だったよ」
忠正は必死そうに説明をした。その会話を銭形が真剣な顔でメモしている。
「私もちゃんと入ったわよ、子供を洗ってお風呂に漬けて大変なんですからね」
美由紀はちょっと怒ったように云った。
「いえいえ、ちょっと確認したかっただけです。あっ、じゃあ、次女の江さんと旦那さんの頼長さん、そして子供たちはどう過ごされて居たのでしょうね? 十時十分辺りから十時四十分ぐらいその場を離れたりとかは無かったのですかね?」
「さあ、そこは江の家族が此処に居りませんので解りませんよ……」
美由紀が答えた。
「それと福さんと美由紀さんの下のお子さんである総一郎君はその該当時間はずっとご一緒で? トイレなどは?」
「行っていません。ずっと一緒に居ました。それと私が居た部屋の隣が江姉さまの部屋ですが、十時頃部屋に戻ってきてからずっと子供たちの話し声が壁越しに聞こえていました。そして、部屋から誰かが出入りした気配もなかったと思います」
福はきっちり答えた。
「なるほどなるほど。時間を絞っても一緒に居たのは変わらないと……」
私は頷く。そして今度は探偵二人に視線を送りながら問い掛ける。正直やり難い。
「……そして、九労さんと服部さんは、六時半頃は館内施設で遊んでいて……、そして、八時頃にこの食事処にやってきて、酒を飲みながら十時頃までお酒や食事を楽しんでいた…… その後は部屋でダラダラと過ごしていたと……」
「ええ、そうっす。その通りっすよ」
急に主導権を奪われ面白くなさそうな探偵九労は切れ気味に答えた。そして、九労は逆に指摘してくる。
「で、その該当時刻には、坂本さんは寝ていて、中岡さんは風呂から戻ってきて布団の上で佇んでいたと…… そして、中岡さん曰く、坂本さんが薄目を開けて自分を見ていたから、アリバイがあるという訳の解らない事を云っていましたよね? 何だかあやふやな意見ですが、貴方達二人で本当に大丈夫なんっすか? ちゃんと事件を解決に導けるんすか?」
確かに推理を行う人間が云う内容ではない。
「そ、そうですね、十時以降の私に関しては中岡にアリバイを証明してもらうしかないと思いますし、十時以降の中岡に関してはほぼアリバイがないと云えるかもしれません……」
私は素直に答えた。
「なっ! 何を云っているんだ、君は僕をじっと見ていた。僕を見詰めていたんだぞ!」
中岡編集が叫ぶ。
「す、すみませんが記憶にありませんよ……」
私は顔を横に振った。こればかりは仕方が無い。
「そんな馬鹿な! じゃあ逆行催眠で……」
だから変なことせんでくれ!
「……ただ、アリバイの件は一先ず置いて於いて……」
私は改まって声を発する。
「九労さんが見付けられた赤い線のような痕跡…… そこが私も気になっております……」
「赤い線のような血痕が気になっていると?」
鬼平が聞き返してくる。
「ええ、不自然な線のような血痕……」
私は和室の畳の上を指差す。。
私は数歩進み、血の滴りの横に僅かに残る血の線のような部分を指差した。
「微かに残っているこの線のような血の跡が不自然に思えてなりません。そして、九労さんが仰っていたように、何故、柱に縛り付けた上で刺し殺したのかという謎も気になって仕方が無い……」
「…………」
金さんは眉根を寄せる。
「矢張り、九労さん達が云われていたように、何かが仕掛けられていたのしれません。そして、私としては、それが死亡推定時間を誤認させるものだったのかもと考えます……」
私は訴える。
「死亡推定時間を誤認させるものですと?」
鬼平が驚いたような顔で聞き返してきた。
「今は死亡されてから時間が間もないので、死亡推定時間をある程度細かく判断できていると思います。ですが明日の十時頃に清水に到着をして、その後、警察が駆けつけ、その後、鑑識による死亡推定時間割り出しが行われる頃には、亡くなられてから十二時間以上経ってしまってるかもしれません。そうなってくると死亡推定時間の間隔は広まってしまう恐れがあります。犯人はその辺りを狙っていたのかもしれません……」
私は真剣な顔で訴えた。九労と服部は無言のままじっと私を見ている。
「ほうほう、なるほどな、その手を使ったかもしれないのか…… となると僕のアリバイも証明される事になるのか……」
私の説明を横聞きしていた中岡編集が喜色を浮かべ声を発する。
「その手? 何かあるのですか?」
私の横にいた福が興味深げに訊いてきた。
「ええ、まあ、推理小説とかに良く出てくる手法で、死亡推定時間を誤認させるものなのですが……」
私は答える。
「し、死亡推定時間を誤認させる手法ですか…… なんだか坂本様は色々ご存知なのですね、流石に推理関係の本を出されているだけあってお詳しいのですね……」
福が私を見上げた。
「何だかとても頼もしい感じが……」
え、えっ、頼もしい?
「女性でらっしゃいますけど、坂本龍馬にちょっと似ていて、凛々しく、とても格好よくていらっしゃいますわ……」
か、か、格好が良いって! 初めて云われたぞ。しかしながら龍馬に似ているって云うのは止めてくれ! そこは全然嬉しくないぞ!
突然、中岡編集が声を上げた。
「ちょっと待った! このトリックに関しては、以前僕が調べ研究し、こんなトリックがあるんだぞ使ってみろと、僕が坂本の奴に教え諭したものなんです。坂本の説明では漏れがあるかもしれません。だって僕が諭した又聞きなんですから、なので此処からは僕が説明をしたいと思います!」
中岡編集が急にずずいと前に出てくる。
「え、えっ、中岡さんが説明するのですか? 大丈夫ですか?」
私は戸惑い問い掛ける。
「大丈夫だ。僕にはもう全てが解った。僕の方で理路整然と細かく説明をさせてもらう」
目がぎらぎらしていた。
「本当に大丈夫なのですか?」
私は心配になり再度確認する。
「大丈夫だ。僕を誰だと思っているんだ、君は端の方へ下がっていなさい」
「えっ、下がるのですか?」
「いいから下がっていなさい」
厳しい視線で中岡編集が私を見た




