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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
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現場検証と妙な男 壱

 続いて遠山船長は家族を含め他に集まった面々に改まって視線を向けた。


「そうしましたら、再度、大田原氏の部屋へと赴きたいと思います。一応ですがご家族の方々は出来るだけご一緒に、それと六時半から十一時迄の行動が不明確の九労さん服部さん。坂本さん。それと中岡さんに関しては逆行催眠とか云っている意味がよく解らないので、中岡さんも残って頂きたいと思います。水澤さんご家族は大凡行動確認が出来ておりますので、お部屋にお戻り頂いてもと思います。もし気になる方がいらっしゃるなら、ご一緒に大田原氏のお部屋までご足労頂けると幸いで御座います。また明日清水に到着後に再度、警察からの事情聴取なども行なわれると思いますが、とりあえず今晩の所は以上で結構です。ただ犯人が確定した訳ではありませんから、十分用心して頂ければ幸いでございます。私共も警備に力を入れる所存で御ざいます。本当に、夜分のご協力有難うございました」


 時間はもう真夜中の十二時半だ。普通なら皆寝ている時間だろう。不満げな水澤家族を留める訳にもいかないと判断したのか、船長はそう説明した。


 その説明を聞いた水澤家の面々は、眠り足りないといった顔でぞろぞろと富士の間から出て行った。


「夫が亡くなった状況ですので、私も御一緒したい所なのですが、生憎体調が優れません。そして突然の事すぎて動揺もあり、ショックで心臓の様子も普通ではありません。申し訳ありませんが私は部屋で待機させて頂きたく存じます」


 奥方は疲れた様相で力なく訴える。


「奥様、御心痛お察し致します。ええ、問題御座いません、畏まりました。お部屋で待機していてください」


 遠山船長は宥めるように言及する。


「それじゃあ失礼致します」


 そんな訳で大田原氏の妻は付き人の初という女性に誘われそろそろと部屋へと戻って行った。


「私達はお父様の事件が気になりますので、検分に参加したいと思いますわ」


 長女の美由紀が声を上げた。そして横で夫の忠正が厳しい表情で頷く。


「子供達は妹夫婦に預けます。今、妹と相談しました」


 美由紀が次女の方を見ると、次女は頷き返す。


「解りました。美由紀様と忠正様は一緒に行って頂けるのですね。そして、お子様達と次女のご夫婦様はお部屋で待機で御座いますね」


 遠山船長は頷く。


「あの、私も一緒に行きたいと思います」


 答志島で一緒になった三女の福が手を挙げた。


「お父様が何故殺される目にあったのか、私も私の目で見極めたいと思います」


「そうですよね、解りました。ではお願い致します」


 船長は三女の福を見ながらまた頷いた。


「では、九労様、服部様、中岡様、坂本様、福様、美由紀様、忠正様がお部屋に向かわれるという事で宜しいでしょうか?」


 皆は小さく顎を引く。


「じゃあ、済まないが、銭形君、鬼平君、皆さんを大田原氏の部屋まで引率してくれ、私にはちょっと思う所があるのと、それに伴い、しなけらばならない事があるのでな、それが済んだら直ぐに駆けつけるから」


 船長は傍にいた同心風の二人の部下に声を掛ける。というか鬼平、銭形だと? 何なんだよ、それ本名か? 


「はい、船長。畏まりました」


 鬼平と銭形はきりりとした声を上げた。


「では、皆さん。私が引率致しますので、後をついて来て下さい」


 鬼平が声を発する。


 そうして鬼平の後ろに従い、探偵二人、私、中岡、福、美由紀、忠正が続いていく。銭形はしんがりだった。


 船内の中央階段を上り、一度甲板に出てから、天守閣の入口のような部分から特等客室の内部へと足を踏み入れた。


 櫓の内部には入って直ぐに上へと続く階段があった。幅は狭いが踏み板の奥行きは長く傾斜は緩やかな階段だった。そして、その階層には奥へと続く廊下があり、廊下の途中に戸が二箇所設けられている。


「私の部屋がすぐそこで、次女の江姉さま達が奥の部屋を使っています」


 三女の福がぼそりと呟いた。


 そのまま皆は階段を登り上層階へと向かう。二階部分も一階部分と殆ど同じ作りになっていて、廊下の途中に戸が二枚設けられている。


「奥にはお母様と初が居りまして、手前の部屋は私達家族が居ましたわ」


 美由紀も説明する。そして最上階へと上がった。上に行くにしたがって部屋の面積は小さくなっていき、最上階は短めの廊下に途中一箇所の戸が設けられているだけだった。部屋の入口付近には岡っ引きのような船員が、厳しい視線を視線を向けながら仁王立ち状態でぴくりともせず立っていた。


「では、部屋に入りますよ、ですが周囲の物にお手を触れないようにお願いします。警察に見せるまで部屋の状態は変える訳には参りませんから」


 鬼平はぎろりと私達に視線を送ってくる。中々怖い。あの鬼平と関係があるのかは解らないが、さすが鬼平だ。


 そうして私達はそろりそろりと部屋へと足を踏み入れた。部屋は数奇屋造りの良い和室だった。更に部屋の縁の外側にバルコニーというかベランダというか、廻ってはいないが、城郭に設けられている廻縁のような部分が設けられている。


 そのまま部屋の中を探っていくと、恐ろしい光景が視界に入ってきた。


「こ、これは……」


 あの殿様が立っている。いや立っているという訳ではなく立たされていた。数寄屋造りの和室なので床の間があるのだが、その床柱に浴衣の紐を使って立った状態のまま縛り付けられていた。床柱の後には隙間がない場合もあるが、この部屋の床柱の後方には隙間があった。膝の辺り、腰の辺り、胸の辺りの三箇所で縛られており、その腹部からは刺されたのか血が流れ、それが足元で血だまりになっていた。


「ど、どうしてこんな酷い真似を……」


 一度目にしていたのか、福は無念を滲ませた顔を横に振りながら小さく呟いた。


 そんな凄惨な遺体を目の当たりにしていると、部屋の入口の方から誰かが入ってきた。


「ちょっくらごめんよ!」


 その人物は青い作務衣のようなものを着て、頭には青い手拭を頬っ被っていた。なんだよコイツはと思って顔をまじまじと見ると、なんとそれはさっきの船長さんだった。


「おう、金の字、来てくれたのか」


 き、金の字!


「おう、金公、待ってたぜ……」


 鬼平と銭形が声を掛ける。金公っ! 金公って、何なんだよこの小芝居は!


「あ、あの~ 先程の船長さんすよね? 一体どうされたんすか?」


 九労は戸惑い気味に質問する。


「えっ、いや、あっしは、つまらねえ遊び人の金さんと申しやす。船長だなんてそんな大層なもんじゃございませんぜ」


 遠山船長は頬っ被りで顔を隠すがバレバレだぞ。


 急に鬼平と銭形が動き出し、探偵達、中岡編集、福、美由紀、忠正の傍に近づきゴニョゴニョ耳打ちをし始める。皆は訝しげながら取り合えず理解したかのような顔で頷いていた。


 銭形が私の傍に来て耳打ちをしてきた。


「済みません。怒らないで下さい。この船で不思議な事件や物が無くなったみたいな事件などが起こった際に、船長があのスタイルに変身するのが当船の定番となっておりまして、一応、犯人を油断させる狙いもあるとかないとか…… 決して不真面目にやっている訳ではありませんので、本当に申し訳ございませんが、少しだけお付き合い頂けると幸いで御座います」


 銭形はぺこぺこ頭を下げてきた。


「……まあ、そういった狙いなら理解しますが…… それをやる意味あるんすか?」


 九労が質問する。


「いや、意外と洞察力に優れていまして、鋭い突っ込みをすることもしばしばで……」


 銭形は頭を掻いた。


 しかしながら此処にいる全員に正体がバレバレで、犯人を油断させる狙いも糞も無い気がするが……。


「何かてえへんな事件が起こってしまったようでござんすね、僭越ながらあっしにも話を聞かせてくだせえ、邪魔にならねえように端っこで聞いてますんで」


 なんだか妙な気分だぞ。

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