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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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食事処へ  弐

 自分達の部屋のある三階部分の廊下を船首方向へと進んでいくと、大広間といった感じの趣のある食事処の入口が見えてくる。私と中岡編集はそのまま食事処の内部へと足を踏み入れた。食事処には、和風な机と椅子で作られた席と、奥に舞台のような高台のような上に設けられている座敷型の席があった。


「恐れ入ります。お部屋の鍵と、お名前を頂けますでしょうか?」


 どうして良いのか解らず入口で突っ立っていた私達に、食事処付きの女中が聞いてきた。


「ああ、はい、これが鍵です。それと中岡です」


 中岡編集は部屋名が書き込まれている木製のキーホルダーの付いた鍵を見せる。


「ああ、椿の間の中岡様で御座いますね、それではこちらへご案内致します」


 女中はにっこりと笑うと、私達を促し席へと案内してくれる。


 私達の席は和風な机型の席だった。対面式の二人掛けの席なのだが、ゆったりと作られていて、無理をすれば四人でも食事が摂れそうな広さだった。椅子も座面が低く、肘掛も付いていて座り心地が良かった。


「それではすぐにお食事をお持ちいたします。何か飲み物のご注文は御座いますか?」


「それでは、僕はビールをお願いします」


「じゃあ、私はほうじ茶を……」


「畏まりました。すぐにお持ち致しますね」


 そう言って女中はすぐに私の傍から離れていった。


「良いのですか? ビールなんて飲んじゃって? 一応取材旅行ですよね?」


 私は聞く。


「良いんだよ、取材旅行だが慰安旅行も兼ねているからね」


「なら良いですけど……」


 私は改まり周囲の様子を見回してみた。まるで高級料亭のような佇まいで、床の空いた場所には箱庭、壁付近には着物などが飾られていた。ピアノの生演奏さながら、部屋の中央では琴の生演奏が行われており、耳からも和の雰囲気が高められてくる。


 私達のように椅子に座る席は十二程用意されていて、そこには二組程の乗客が腰を下ろして食事を楽しんでいた。一段高くなっている舞台の上の方では十名程の団体客が食事を行っていた。


 ふと、その団体客の座り方に、私は妙な物を感じた。舞台の上は畳敷きになっており、そこに縦二列になって座っている。その眼前には一人分の食事が乗っかる程の大きさのお膳があり、そこに食事や飲み物が載っている。一見すると何か田舎の結婚式のような雰囲気だ。そう感じさせるにはそう感じさせる理由があり、その二列を睥睨するように一番奥まった所から体を此方側に向けて座っている人の姿があった。それが二人なら結婚式と思われるが、そこに座っているのは一人だった。縦二列に並んで座っている雰囲気は結婚式さながらだが、奥に此方を見て座っている男の姿を考えると、そう……、まるで殿様とその家臣たちといった様相だった。奥に座っている人物は髪の白くなった老人で、部屋で用意されていた浴衣と茶羽織などではなく、立派な着物を身に纏っていた。その風格なども含めて、時代劇でみるような殿様とその家臣といった印象を受けたのだ。ただ、なにやら既視感があるぞ。


「お待たせいたしました」


 先程の女中がお盆にビールとグラスを乗せて運んできた。そして、それを机の上に置き、中岡さんのグラスにビールを注ぐ。


「あ、あの、あの座敷の上で食事をされている方々は、特等か何かのお客様なんですか?」


 あまりに雰囲気があり、出ている料理の器の質が良さそうなのもあって、私は思わず聞いてみた。


「いえ、当客船の船主である。大田原孝蔵とその家族です。姓は違いますが、先祖は九鬼嘉隆だったという事で、九鬼氏に名残のある答志島と鳥羽を結ぶ船便を作り、その名残である鉄甲船型の客船を作った者でして……」


「ああ……船主さんでしたか…… どおりで……」


 私は納得気味な声を上げた。


「船主さんはよく乗られるのですか?」


 私はそのまま質問を続ける。


「ええ、まあ、当然お客様が御優先なのですが、特等にご予約が入らなかった場合などの時に折角なのでと、乗ることもしばしばですね。船に乗るのがお好きなようなので……」


「うらやましいですね」


 私は呟いた。


「あっ、料理の準備が出来たようです。すぐにお持ちいたしますね」


 女中は私の席の傍から離れ、厨房の方へ向って行った。そして、すぐに、三段重ねの重箱を運んでくる。


「大変お待たせ致しました。懐石和膳でございます」


 重なっている重箱を開け、それを私達の前に並べていく。中には鯛や平目のお造り、煮物、天婦羅、焼き物などが所狭しと収められていた。女中は再び料理を取りに行き、固形燃料を使った囲炉裏で焼くさざえの壺焼き、茶碗蒸、お吸い物、ご飯などを周囲に配していく。かなり豪華で品沢山の和膳だった。


「おお、凄く美味しそうだぞ」


 中岡編集が嬉しそうに声を上げる。


「では、ごゆるりとお食事をお楽しみ下さいませ」


 そう告げ、女中は私達の傍から離れて行った。


 私は箸を取り、料理に手を付け始める。鯛と平目は紅葉卸しを溶いた醤油に漬け口へと運ぶ。鯛も平目も身が締まっていてとても美味しい。次に海老の天婦羅を抓むと、揚げたてのようで湯気が立っていた。これもぷりぷりしていてとても美味しかった。


「ふう~ いやいや、料理も旨く、ビールが旨い。極楽極楽だ」


 赤ら顔で中岡編集がうんうん頷きビール片手に料理を摘んでいる。かなり出来上がってきているようだ。


「おっ、そうだ、良い事を思い出したぞ、ちょっとした遊びをしようじゃないか?」


 中岡編集が何かを思い付いたような顔で云ってくる。


「ちょっとした遊び? 何ですか?」


「いや言葉遊びみたいなものなのだがね……」


 そう云いながら、私に変てこな顔を作って見せてくる。目は寄り目で前歯を剥き出して凄く薄気味が悪い。


「何ですか? その妙な顔は?」


「ふふっ、何か可笑しかったろう?」


「可笑しというより気持ち悪いですよ!」

 

 私は眉根を寄せる。


「ふふふ、そのまま、なんかおかしかったろう? と十回云ってみたまえ」


「えっ、何なのですか」


「いいから云ってみろ」


「なんかおかしかったろう? なんかおかしかったろう? なんかおかしかったろう…………」


 私は十回繰り返す。繰り返しながら段々意図が解ってきた。言葉遊びと云ったな、読めた! 答えは恐らくあれだ。そんな糞みたいな誘導に引っ掛かるかよ!


「ふふっ、さて僕が尊敬する人物の名前を云ってみたまえ」


 中岡編集はニヤリと笑いながら訊いてきた。


「それは武市半平太ですよ」


 私はしれっと答えた。


「……………」


 中岡編集は苦虫を噛み潰したような顔で私を見詰めた。


 本当は、なんかおかしんたろう。とでも答えさせる予定じゃないのか? 図星だろ!


「ち、違う……」


 抵抗しやがる。


「じゃあ、答えは何ですか? 中岡慎太郎とでも答えさせるつもりでしたか? そう答えさせておいて、引っ掛かったと云うつもりだったんじゃないですか? 本当は武市半平太が正解だったんじゃないですか?」


 私はほくそ笑む。


「…………」


 目が涙目だ。だが必死に何かを考えている。一応、龍馬や退助や隆盛への変更は可能だが、それではオチがない。私が中岡慎太郎と答えてこその答えだ。もう負けを認めるしかないぞ!


「答えを教えて下さいよ、誰ですか? 中岡さんが尊敬する人物って?」


「……そ、それは、……な、な、な、中岡志太郎だ」


「だ、誰だ、それ?」


 私は思わず聞き返す。


「……ぼ、僕のお爺ちゃんだ……」


「お、お爺ちゃんって、そんなん知りませんよ!」


 私は叫んだ。


「……尊敬するお爺ちゃんだし、志太郎だからね……」


 中岡編集は云い訳がましく云った。


 なんだよその無理やりなオチ付けは……。本当に存在するのかその爺さんは? 


 私は大いに呆れ返る。


 そんな詰らない戯言をしつつ食事を嗜んでいると、お座敷部分にいた船主一行は食事が終ったのか、席を立ちぞろぞろと食事処から退出していった。


 私と中岡編集はそんな事など意識せず、茶碗蒸、さざえの壺焼きを平らげ悦にいっていた。かれこれ約一時間半程かけてゆっくり食事を楽しんでから、私達はゆっくり立ち上がり部屋へと戻っていった。

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