船城へ 弐
「さて、じゃあ、今回の取材旅行の詳細を説明しておこうと思う」
「宜しくお願いします」
私は軽く頭を下げる。
「先程出てきた九鬼家の末裔であるという人物が、なんでも祖先である嘉隆の眠る地を盛り上げたいという事で、鳥羽港と答志島を結ぶ定期船を作ったらしいのだ。しかし鳥羽港と答志島の往復のみでは採算が合わないという事で、後に鳥羽港と駿河の清水港を結ぶ定期就航船へと変えたと…… 現在では鳥羽港と清水港の行き来の際に当初の目的地である答志島に寄るのだという……」
「答志島に渡るだけじゃあ確かに弱い気がしますね…… だからと云って鳥羽と駿河を結ぶ船便もそこまで需要があるとは思えませんよ、鉄道網や高速道路なんかもあるじゃないですか?」
「実はだな、鳥羽から東京まで電車で移動すると、時間もかなり掛り、運賃も随分高いのだよ。それはグルっと伊勢湾を回り名古屋まで出て、そこから新幹線や東海道本線を使う必要があるからだ。だが、船で渥美半島側に渡り、遠州灘を進み、御前崎沖を抜け清水港へ至ると、直線距離で半分程の距離で清水まで到着することが出来る。東京までに関しても清水まで出てしまえは高速道路や新幹線が走っているので行き来は楽だ。そんな理由で、貨物運搬に関しても、移動の手段としても、この定期就航船を利用する人も少なくないのだ」
「なるほど……」
そう呟く私を見て中岡編集はニヤリと笑った。
「……ただ、それ以外にも、この船に乗りたいと思わせる仕掛けが施されているんだがね」
「乗りたいと思わせる仕掛けですか? 何ですかそれは?」
「ふふふ、知りたいかね?」
「知りたいに決まってるでしょ!」
勿体ぶった云い方に私は少し怒り気味に云う。
「ふふふ、その仕掛けというのは、九鬼水軍の使用していた鉄甲船を再現して造られた船だという事なのだよ」
「ほう、鉄甲船ですか?」
その鉄甲船とは毛利水軍と九鬼水軍が戦った際、毛利方の火矢に悩まされた九鬼嘉隆が信長に嘆願して鉄板を集め、安宅船に鉄板を張り付けて作ったとされる船だ。
「その鉄甲船を再現した船だという事で、その物珍しさも手伝って結構な人気の定期就航便となっているのだよ。僕も以前から是非乗ってみたいと思っていてね……」
「わ、私も勿論乗ってみたいです」
「そうだろう、そうだろう」
中岡編集は嬉しそうに私を見ながら頷いた。
そんな私と中岡編集の乗る列車は、松下駅を経てようやく下車駅である鳥羽駅へと到着した。いよいよ鉄甲船乗船である。
「こっちだ。船は水族館の近くの港に停泊しているみたいだぞ」
そのまま私達は鳥羽駅からは海岸沿いの道を進み鳥羽港まで赴いていく。
鳶が上空で輪を描いて滑空しているのを眺めながら、水族館の横を抜け港に至ると、そこにはまるで城郭のような怪しげな船が停泊していた。
「こ、これですか、す、凄いですね……」
「あ、ああ、良いぞ、これに乗るんだよ」
その船は、フェリー風な客船や、貨物船などが並ぶ中、明らかに時代錯誤であり、一種異様な雰囲気を醸し出していた。
全長八十メートル程、幅十五メートル程もあり、通常の船であれば甲板や船縁などの部分が見て取れるはずなのだが、その船は甲板横の船縁がそのまま上方まで聳え立ち高い壁を作っていた。その壁には丸い穴が縦横に一定の間隔を明け空けられており。そこにはガラスが嵌め込まれていた。どうやら矢狭間、鉄砲狭間を再現して作られているようだ。
海面から浮きでた舷側をみると、船体を黒く塗り、その外側に鉄板や木を張り付け、巧妙に古臭さを演出していた。雰囲気はかなり出ている。何より、その高い壁の上から、黒い鉄板敷き風の屋根が見え、更に天守閣のような高櫓がその船縁から飛び出ていた。正に天守と云わんばかりの存在感だ。その部分の上には周縁が設けられ、さらに天守と思しき屋根の上には鯱の姿までみえる。
私かその鉄甲船をみた感想は、難攻不落の海上の城、いや船の城といったものだった。余りの凄さに私の口からは只々感嘆の溜息しか出てこない。
「いやいや、これは楽しみだぞ。九鬼嘉隆が嘗て建造した鬼宿という船は全長約三十メートル、幅十一メートル程もあったという。これはそれらを凌駕した大きさだ。凄い凄すぎるぞ!」
「ええ、楽しみですね」
私は半ば興奮状態だ。
高まる気持ちを胸に、近づいていくと、舷側の一部が戸のように開いているのが見えてきた。その部分と係船岸には板のようなものが渡され、船内に入り込んでいく人の姿も見えた。
私と中岡編集は嬉々としてその渡し板の方へ歩を進める。
船と港を繋ぐ部分の手前には、木で出来た小さな蕎麦屋の屋台のような物が置かれてあった。その屋台は乗船の受付のようで、番頭のような格好をした男が屋根の下に座っていた。
「あ、あの、午後二時出航の船に乗る予定の中岡と坂本と申しますが」
中岡編集は懐から乗船券を差し出し、その番頭に声を掛けた。
「海賊大名の鉄甲船、鬼宿へ、ようこそお出で下さいました。中岡様と坂本様でございますね」
番頭は受付用の冊子に視線を走らせ、私達の名前と乗船券に記された番号を探し始める。
「ああ、ございました。本日は一等客室の方をご予約頂きまして真に有り難うございます。一等客室の椿の間を準備してお待ちしておりました。それでは舷梯をお渡り頂き船内へどうぞ」
「な、中岡さん! 一等なんですか? ちょっと奮発しすぎじゃあ?」
それを聞いた私は驚いて声を上げる。
「何を云っている。態々来たんだぞ、船底に位置する二等客室になんて乗りたくはないだろ?」
「た、確かにですね…… 驚きましたが、正直一等が良いです。一等最高です」
「そうだろう、そうだろうよ」
中岡編集の方も嬉しそうだ。
番頭は笑顔で手を橋の方へ指し示す。
「中に仲居がおりますので、案内に従って頂ければと思います」
「は、はい」
私達は促されるまま、舷梯を渡り始めた。その舷梯には手摺りのようなものがないので、落ちそうで少々怖いが、横幅は広く一間程あり、横板も這わせてあり、滑らないように工夫されていた。意外と安定感があり、戦で大人数が一気に乗り込んでも平気そうな安定感があった。その辺りも意識して作られているいるのかもしれない。




