動機 肆
中岡編集は傘を構えた。硬い持ち手の部分を前に向け、先端を両手で握り締めている。
「そんな傘で抵抗しようとは……」
森は哀れんだような視線で中岡編集を見る。
中岡編集は中段といった構えだった。
「覚悟!」
森は長刀を脇に抱えるようにしながら一気に突っ込んでくる。
「きゃああああああああああっ!」
私は思わず叫んだ。
中岡編集は中段の構えながらやや体を横に向け、突っ込んでくる刀に対し傘をくるりと回転させつつ、蛇が棒に絡みつくかのように傘を刀に下から上に巻き込ませ、剣先の軌道を下へと落とした。
「な、なんと!」
森は驚き声を上げる。
「きえええええええええっ!」
中岡編集は叫んだかと思うと、傘の持ち手の硬い部分を森の頭に打ちつけた。衝撃で森の目線がぐらりと泳ぐ。
「きえええええええっ!」
また叩いた。森はふらつき剣を落とした。
「きええええっ!」
また叩いた。
「きええええっ!」
また叩いた。ちょっと執拗すぎるぞ……。
完全に倒れた森の頭部を中岡編集はまだ叩き続けていた。
「な、中岡さん! もう、大丈夫ですよ、大丈夫ですって! それより刀を取り上げましょう」
「お、おおおっ、そうか、興奮して我を忘れてしまっていたぞ」
中岡編集は森の落とした日本刀を拾い上げる。
「ってか、中岡さん凄いじゃないですか! 剣道なんてやっていましたっけ?」
私は喚起の声を上げる。
「いや、子供の頃少しやっていたんだが、最近になって改めて道場に通い出したのだ……」
「道場に通い始めたのですか、知らなかった…… いやいや、ともかく凄い助かりましたよ」
「ふっ、中岡慎太郎は、小野派一刀流の免許皆伝である武市先生の下で剣術の修行に励んだという。現代の中岡慎太郎たる僕も小野派一刀流を学ばねばならんと思って通い始めた。小野派一刀流の道場にだぞ、まあ、まだ初伝中の初伝だが……」
中岡編集の妙な歴史被れが功を奏したらしい。しかし初伝中の初伝で何とかなるとは……。でも本当に良かった……。
私はホッと胸を撫で下ろす。
「よし、また暴れられても困るから、丹羽さん、括り紐があると云っていましたよね? それで森さんの手足を縛りましょう」
中岡編集が丹羽に声を掛ける。
「え、ええ、すぐに持って参ります」
丹羽は緊張感が緩んだ表情で、すぐに紐を取りに行った。
壁際に立っていた細川女史と明智女史は危機を脱し僅かに喜色が戻ってきていた。中岡編集に激しく頭を叩かれ倒れ付している森は気絶しているようだ。
嗚呼、兎に角終わったのだ。地獄巡りの場所で受けた本当の地獄の様な体験は終わりを告げたのだ……。
私は大きく息を吐いた。




