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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
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更なる考察  壱

 夕方六時頃になると、清子が夕食を運んできた。今日も松花堂弁当だった。


 空腹を満たす事は当然必要だが、それより何よりも私にはもっと強い欲求があった。私は溜まらず清子に声を掛ける。


「き、清子さん」


「はい、坂本様。何か?」


「あ、あの、私、昨日、散々山登りして、結構汗をかいてしまったんです。それで今日も朝から警察の方々が来ていて機会が全然なかったのですが……」


「それが何か?」


「それで私、汗を流したいのですけど……」


「ああ、風呂ですか……」


「ええ、とてもお風呂に入りたいのです」


「……」


 清子は少し考えてから口を開いた。


「……解りました。母屋の風呂はまだ準備が出来ていませんので、私共使用人の使っている帯郭櫓の風呂でしたらご利用頂いても構いませんが」


「どこだって構いません。とにかくお風呂に入りたいのです」


「中岡様もお風呂をご希望ですか?」


 清子はゆっくり視線を向ける。


「いや、僕は結構です。三日位入らなくても平気だし」


「入った方が良いですよ少し汗臭いですよ」


 私は促した。


「いや、僕は臭くない」


「自分では気付かないだけですよ」


「いいんだ僕は。君が入りたいならさっさと入ってきたまえ。時間は余り無いんだぞ。行くのは良いが急いで出てきてくれ、すぐ続きをやるぞ」


 中岡編集は興奮していて風呂の時間も惜しいらしい。そういえば昨日も食事しながら調べ物を続けていた。検証の中断をしたくないようだ。


「では、坂本様だけで宜しいですね。ご案内致しましよう」


「宜しくお願いします」


 私は促され清子と共に庵を出た。外は薄暗くなっていたがまだ真っ暗とまではいかなかった。清子達使用人の部屋は入口の門近くのようでそちらに誘われる。

 門の一部のような櫓の隅に、僅かに離れた小屋があった。


「此処が我々使用人の風呂です」


「こ、此処ですか…… あ、有難うございます」


 清子は小屋の木戸を引いた。中は薄暗く小さな電灯が灯っていた。


「では、こちらで服を脱いで、奥へ入り込んで下さい」


「は、はい」


 清子は私が中に入り込むと引き戸を閉じた。私は戸の内側に設けられていた掛け金を引っ掛け開かない様にする。籐の脱衣籠があるのでそこへ着ていた服を脱ぎ入れる。一応、バスタオルのような大きく厚手なタオルは籠の中にあったが、小さいタオルのような物は用意されていなかった。仕方が無いので、私はすっぽんぽんのまま更に奥の部屋にある浴場へと足を踏み入れた。そこには巨大な釜が置かれていた。俗に云う五右衛門風呂のようだ。


 すごい……。初めて入るかもしれない…… こんなお風呂……。


 私は思わず独り言を云う。


 横に手桶があるのでそれで頭や体に湯を掛け汗を洗い流し、釜の横に置かれている台に足を乗せ、釜の中に足を差し入れていく。風呂の上には木のすのこが浮かんでおり、それに載りながら湯の中に身を沈めていく。釜の底が熱くなっているので触れないようにすのこに載るのだ。


 ああ、いい気持ち。


 すのこごと沈み肩まで浸かった私はふうと息を吐いた。


 こういったシーンは旅番組などでは見せ場の一つだ。女ながら坂本龍馬に似ているかもしれないが、ちゃんと見せ場なのだ。


 私は眼を瞑り、静かに湯に身を預けた。


 その時、ふと、私は何処からかの視線を感じた。窓は無い。視線を感じる筈はないのに。誰かに見られているように感じるのだ。


「中岡さん?」


 私は壁の方に視線を送りながら声を掛けた。当然の事ながら返事はない。しかし良く見ると壁の板は板目が合っておらず、数ミリ程の隙間がありそうであった。そこに顔を近づけ隙間から覗けば中の人間に気が付かれず覗きみれる可能性もある。


 その時、左の方の壁の裏側から、カタっという音が聞こえてきた。


「中岡さん!」


 私は苛立ち声を掛ける。しかし返事は無い。私は少し不快になってきた。それもあり、恐ず恐ずと風呂釜から身を上げ、早足で脱衣所まで戻った。


 急いで服を着替えなおして、戸を押し開け、左右を見る。しかし誰も居ない。

 気のせいだったか……。





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