検証とするべき手立て 陸
力を振り絞り、私達は宿坊へと戻って行く。海岸から続く坂を登りきり寺院を見た時、私の心にはそれが彼岸の裁判所のように見えてならなかった。十王、十人の冥府の裁判官達が、何故どうしてか解らないが、私達を裁こうとしているように……。
宿坊はもうしんと静まり返っていた。もう宿坊内に居るのは明智女子と細川女史だけになる。その二人も一つ部屋に閉じ篭り身を潜めているのである。静かなのは当然とも云えた。
「このまま、森さんの部屋に行って見ましょう。森さんがどのような経路であの針の山地獄覗きに追い立てられたのか? はたまた運ばれたのかを検証してみたいと思います」
「鈍器で殴った上で引きずって行ったのだろうか?」
中岡編集が首を捻る。
そのまま森の部屋に至ると、部屋の布団の上には先程見た通り血痕が残されていた。
「確かにこの出血量から見るに、刃物で刺されたというよりかは、硬い鈍器で殴られ出血してしまった。といった風ですね」
私は言及する。
「それと、この部屋に至るまでで、私は血痕が床にないかとか、森さんの所有物らしきものが落ちていないか確認していましたが、特にそれらしき物は見受けられなかったと思います」
「じゃあ、窓からか? 窓はどうなっている?」
中岡編集は部屋の奥まで進み、障子を開けた。
「ガラス窓は一応閉じられているが、鍵は掛かっていないな……」
「窓の外側を見てみましょう」
私は促し、皆で森の部屋の外側にまで連れ立ってみる。窓の外となる部分に視線を向けると、かなり解りづらいが誰かの足跡と何かを引き擦った痕跡が僅かに見られた。
「ここから出された、若しくは出たようですね……」
引き擦った痕跡は、地面の硬い部分ではほぼ見えなくなるも、僅かながらの痕跡は断続的に先の方へと続いていた。
「矢張り引き擦られて行ったのか……」
中岡編集は地面を睨む。
「この痕跡は薄すぎて追えなくなる恐れもありますが、恐らく針の山地獄覗きに向かっているのでしょう。そう推測しながら、痕跡を追ってみましょう」
「了解だ」
そうして森の部屋の外側から、本堂裏の坂を登り、島の一番高い所まで至り、そこから針の山地獄の上方に位置する針の山地獄覗きに向かって進んで行く。引き擦った痕跡は、その道中のところどころで見受けられ、そうされたのではないかと予想せずにはいられなかった。
漸く針の山地獄覗きへと到着する。矢張り見晴らしがよく海が綺麗に見えた。両脇には何とか萱野崎の端の部分が確認できる。船着き場と此処で火を焚けば、狼煙が上がっている事には気が付いて貰えるかもしれない。その先までは予想はしてくれなかもしれないが……。
「やはり此処まで引き擦って来られて、此処から突き落とされたのだろう」
崖の際に立って、下を見ながら中岡編集が云った。
私は怖いので這い蹲るように進み、崖の際から下を見た。
森の遺体は相変わらずそこにあった。いつもの作務衣を身に纏い横向きの姿勢で力なく横たわっていた。目はしっかりと閉じられており、矢張り綺麗な顔をしていた。しかし顔は土気色になってしまっていた。頭に巻かれていた日本手拭には黒くなった血痕が見て取れる。
「ああ、森さん……」
私は思わず声を漏らした。
「そうしたら、僕達は此処で焚き火を作るぞ、誰かに気が付いて貰えるように煙を立ち上らせる」
「ええ、お願いします」
私は森の遺体から目を離さずに答えた。
柴田と中岡編集は持ってきた枝を積み重ね、それだけでは少ないと思ったのか、近くにある枯れ木を拾い集めて、更にそこに載せた。
丹羽はその中心に紙を丸めて突っ込み、そこにライターで火を付けた。火はじわじわ大きくなり煙を立ち上らせていく。
森の傍で焚く火……。私には森の鎮魂の為に燃える線香のように思えた。
「そのままだったな、もう宿坊に戻ろう。もう疲れたよ…… 取りあえず帰って少し休憩しよう」
森の遺体を見続ける私の肩を中岡編集が叩いた。
「ええ、解りました。帰りましょう……」
私は崖の際から後ずさる。
そうして、検証は終わり、私達は宿坊まで帰っていった。




