衝撃的な事態 参
どうにもならない中、私は中岡編集に引き連れられ、針の山地獄覗きに至る小道を引き返し、通常の散策ルートの帰路に入り寺へと戻っていった。
……何故犯人はどんどん人を殺すのだろう。
私を庇い、私を綺麗だと云ってくれ、そして私に優しくしてくれた森さんに一体何の罪や恨みがあると云うのだろうか?
そんな事を考えていた私の心には沸々と憤りが湧き上がってくる。
地獄巡りのコースの始点であり終点である本堂裏に至り、私達はそのまま本堂脇から中へと入った。本堂の側面に設けられているこの出入り口から入り、屋根付きの廊下を進んで行くのが近道だからだ。
その本堂内には十王…… 冥界の裁判官である王の像が居並んでいた。
ただその十王も見立てなのか、秦広王とかいう像は姿を消し、泰山府君王という名前の像は胸にナイフが付き立てられ、都市王像だと聞いていた像は首を落とされていた。その後、森の死が追加されているので、像に何かの変化がありそうな気がするが、私は怖くて見れない。
「お、おい、大変だ! ぞ、像にまた細工がされているぞ!」
中岡編集が叫んだ。私はびくっとする。
「み、見ろ、五官王の像が倒れている」
「た、倒れている?」
私は恐る恐る立ち並ぶ像を見る。すると左から四番目の像が後方の倒れていた。
「こ、こ、これが、森さんが崖から落ちて倒れ伏して事を意味すると云うのですか?」
何かやりきりない思いが沸いてくる。
「わ、解らないが、そうみるべきなのかもしれない……」
「な、何なのよ! 何の意味があるのよ! 森さんが一体何をしたっていうのよ!」
私は堪らず本堂の裁判官達に向かって叫んだ。像に向かって叫んだ訳ではない。こんな惨劇が起こっているのに何の救済もしない冥界の裁判官達に叫けばずにはいられなかった。
「お、おい、大変だ! 大変だぞ、こ、こっちの端の像…… 頭に、な、鉈が打ち付けてあるぞ!」
少し先行していた柴田が、端にある像に指を差しながら慄くように叫んだ。
「あ、頭に、な、鉈ですか?」
驚き私と中岡編集、丹羽は柴田の近くに歩み寄る。
像の一番端に位置する、五道転輪王と書かれた像の額には鉈が食い込んでいた。なんという無礼な所業であろうか! そう感じた私であるが、その先に新たな被害者の姿が浮かび上がってくる。
「こ、これって、誰かが鉈で頭を割られるという意味ですか?」
私は恐る恐る質問する。
「ぼ、僕は鉈なんかで頭を割られたくないぞ!」
中岡編集が強張った顔で呟く。
「お、俺だって嫌だぞ」
柴田も顔を横に振る。
「でも次の被害者は鉈を頭に打ちつけられる可能性があると……」
丹羽は強張ったまま眉根を寄せる。
「と、兎に角、本堂の件も含めて、滝川と明智さんと細川さんを集めて、もう一度一同で今後の事を話し合った方が良いと思う。人数も限られてきたし、誰が犯人なのかを再審議する必要もあるだろうし、誰が犯人かを特定しやすくなっているかもしれないし……」
中岡編集が言及する。
「そ、そうですね…… その方が良さそうですね。では宿坊に向かいましょう」
丹羽は顎を引く、私と柴田も同意の頷きをした。
本堂脇から、屋根のある廊下を進み、宿坊の入口に至る。
そのまま宿坊内中入り込み、手前に位置する滝川の部屋へと赴いた。
部屋の前に到着すると、柴田が一歩前に出て、緊張した様子のまま廊下から戸の中に向かって声を掛け始めた。
「お、おい、滝川、起きてるか? 俺だ柴田だ。ちょっと話があるんだけど出てきてくれないか? 一緒に中岡さんと、丹羽さんと坂本さんが居る。皆が居るから下手な事はない筈だ。ちょっと出てきてくれよ」
柴田が部屋に声を掛けるも、中からは返事は無い。
「本当です。僕達も一緒に居ますよ」
中岡編集も声を掛ける。しかし戸の向こうは無言というか無音だった。
「おい、滝川、聞いているのか?」
やはり部屋の中からは襖戸を開ける音も足音もしない。
「……聞いてくれ滝川、前田が居た。前田が見付かったんだ。前田は見付かったんだけど…… あいつは死んでいた。海に溺死体として浮いていたんだ!」
柴田は話し続けるが、滝川は尚も出てこない。
「滝川、聞いているのか? なあ、滝川?」
柴田は何故開けないのだ? といった表情のまま柴田は戸の引き手に手を掛ける。
「お、おい、開いてるぞ……」
柴田は振り返って私達を見た。その手元の引き手の位置は先程より十センチ程動いていた。
「出掛けていた?」
私は訊く。
「解らない…… 一応確認してみようか?」
柴田の声に、私、中岡編集、丹羽は小さく頷いた。
「た、滝川…… 入るぞ…… 寝てるのか……」
何か嫌な予感がせずにはいられない。
玄関部に入ると、板戸の戸溝の脇に傘が四本程除けられていた。やはり戸を開けたようだ。そのまま正面に視線を移すと襖戸は閉じられている。
「おい、滝川…… お邪魔するぞ……」
柴田が引手に手を掛け、襖戸をゆっくりと引いた。
「お、おわああああああああああああああっ! た、た、た、滝川っ!」
予想したくない光景がそこにはあった。




