衝撃的な事態 壱
森の土左衛門姿を見ずに済んだ事は幸いだが、また一人死者が発見されてしまった。これで被害者は四人に至った。当初は行方不明を装って、前田が暗躍を続け、確執があったと想定される仲間達を殺害していたものだというのが有力な考えだった。それは私の考えでもあり、同じ推理小説家である明智女史の考えでもあった。しかし、その容疑者候補筆頭である前田が土左衛門として目の前に浮かんでいるのである。
「お、おい、なんで浮かぶんだ? なんであんな状態になるんだ?」
水死体を初めて見た為なのか、友人が水死体として浮いているのが衝撃的だったのか、柴田は声を震わせ聞いてくる。
「人は水死すると、一度沈みます。しかし、しばらくすると体にガスが貯まって浮かび上がってくると云われています。その後にまた沈むのですが、丁度、ガスが貯まって浮かび上がっている所のようですね……」
私は顔を顰めつつ答えた。
「な、なんで仰向けなんだ? あんな姿を晒して前田が可哀相じゃないか…… まあそれで前田だと解ったけどよ…… なんで仰向けなんだよ!」
「水に落ちたときうつ伏せならうつ伏せ状態、仰向け状態で落ちれば仰向け状態の土左衛門になると云われています」
そう答えながら、赤い血のような海に浮かぶ前田の土左衛門姿に、本当の血の池の地獄絵図を見ているような気持ちになった。
「で、ど、どうする?」
中岡編集が聞いてきた。
「えっ、どうする?」
私は意味が解らず聞き返す。
「いや、前田さんの遺体を引き上げるかなんだが……」
「えっ、引き上げる?」
「だって、あのままじゃ可哀相だろ?」
そ、それは可哀相だが、引きあげるのか? どうやって? あんな血の海の真ん中にある水死体の所まで行きたくないぞ、というか行けないぞ。下手をすればミイラ取りがミイラになる恐れも……。
「引き上げるって、誰がどうやってやるんですか?」
「えっ、僕と柴田さんは泳げないから、君か丹羽さんに泳いで行ってもらって、引っ張って帰ってきてもらう感じで……」
わ、私にやらせるつもりかよ!
「嫌ですよ、というか遺体の浮かんでいる場所まで百メートル以上あるじゃないですか、私が溺れちゃいますよ、丹羽さんだって溺れちゃいますよ!」
「じゃあ、どうする?」
中岡編集が私を見る。中岡編集だけでなく柴田や丹羽も私を見る。
「……い、いや、あれは、無理です、無理ですから…… 可哀相だとは思いますけど、あのままで……」
「…………」
中岡編集と柴田が私を非難げに見る。
「だって無理なんだからしょうがないでしょ!」
私は叫ぶ。
「……し、仕方が無い。前田さんには悪いがそのままで……」
中岡編集が頭を垂れる。
「ま、前田…… すまんがそのままで…… 成仏してくれ……」
柴田は手を合わせた。
そうして後ろ髪を引かれる思いで、私達は血の池を後にする。前田の衝撃的な遺体を前にして忘れがちだが、私達の目的は森を探す事だった。しかし、その森の姿は庵の中にも周辺にも見当たらない……。
血の池を離れ、しばらく進むと、針の山ならぬ、叫喚地獄、剣林処が見えてきた。確か土柱と呼ばれる侵食地形だ。
「森さんは何処にも居ないな…… 前田さんみたいに残念な事になってなきゃ良いが……」
中岡編集が云った。
針の山ならぬ土柱を横目に私達は進んで行く。途中、庵の中も確認するも中には誰も居なかった。
「やっぱり居ませんね……」
疲れたのか丹羽は立ち止まり、袖で汗を拭いながら呟く。
「丹羽さん、森さんが居そうな場所の心当たりはありませんか?」
私は聞いてみる。
「居そうな場所ですか……」
丹羽は少し考え込む。
「う~ん、そうですね、心当たりは余り無いですが、若しかしたらあそこにいるかも……」
「あ、あそことは?」
「いえ、この剣林処の上側に位置する場所なのですが、剣林処を一望できて、且つ見晴らしの良い場所なので、狼煙をあげるには打って付けだと思える所で……」
「狼煙を上げるには良い場所ですか、可能性はありますね……」
私は頷く。
「ほら、あそこです、あそこが剣林処の全域を見渡せる部分です」
丹羽は指差す。剣林処の外輪を形成している岩肌の一部が少し飛び出しており、確かに見晴らしの良さそうな場所だった。しかし下となる私達の居る場所からは死角となって岩の上に誰かが居るとかは確認できなかった。
「あそこは、別名、針の山地獄覗きと云われております。あそこに居なかったとしても、剣林処のどこかに森さんが居れば見付けやすいと思いますよ」
「そのようですね、眺望が良さそうな場所ですし……」
そうして私達は剣林処を抜け、剣林処を上から一望出来る高台へと向かって行った。




