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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
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更なる混沌とした状況  漆

「な、何かあったんですよ、何かされたんですよ!」


「い、いや、まだ早計だ。肺が弱くて喀血した跡とかも考えられる」


「喀血? こ、このシチュレーションで喀血ですか? 違うでしょう、何かあったのですよ! でも、この出血量はそれ程ではありませんから、まだ無事な可能性があります。探しましょう。早く探して助けましょう」


 私は叫ぶ。


「でももう殺されちゃってるかもしれないぞ、それか全然勘違いで外を見に行っているだけだったとか……」


「とにかく、とにかく、森さんが何処にいるのかを探しに行きましょうよ、一緒に狼煙を上げに行くとか話してたのですし」


 私は促す。


「あんた、普段は余りしゃべらないのに、森さんの事になると熱く活動的になるな…… 女は惚れると大変だな……」


 柴田が余計な事を言った。いちいち何なんだよ、お前は恋のお節介屋かよ!


「ほ、惚れてなんか…… 心配なだけです。優しくしてもらったし……」


「惚れてない?」


 柴田が不思議そうな顔で私を覗き見る。


「昨日は好きだとか叫んでいたよね?」


「…………」


 私は顔を赤らめる。


「上手くいくと良いな……」


「余計なお世話です。その件には触れないで下さい。いいえ触れては駄目です。二度と云うべからずです。云ったら私豹変しますよ」


 私は上目使いで睨み付ける。


「わ、解ったよ、そっと見守るよ」


「宜しくお願いします」


「と、というか、何処へ行ったのかな?」


 柴田は誤魔化し気味に周囲を見回す。


「とにかく探しに行きましょう」


「あ、ああ」


 そうして、柴田、丹羽、私、中岡編集の四人で、隣の寺男のお爺さんが寝ていた部屋、丹羽の寝ていた部屋、浴室、厨房、その外側にある物置のある部分を順番に確認していくが、森の姿は見当たらない。


 続いて、子・丑・寅・卯・辰の部屋を確認していく。子の部屋は滝川の部屋になる。それもあって柴田が戸を叩き声を掛ける。


「おい、滝川、起きてるか? 実は森さんが行方不明になっちゃって、その消息を探しているんだが?」


 しばらくすると内側の襖が開く音が聞こえてきた。だが廊下に通じる板戸が開く気配はない。


「なに?」


 中から声が返ってきた。


「森さんが居なくなっちゃったんだか、お前の部屋の中に居たりしないか?」


「居ない……」


「そうか居ないか…… それで森さんを探しているんだけど、お前も手伝ってくれないかな?」


「出たくない……」


 滝川は言葉少なく答えた。


「そ、そうか、出たくないか、解った。了解だ」


 柴田は振り返り仕方がないといった表情で私達を見た。


「まあ、まだ大事が起こったとは限らないから、無理強いは出来ないですよね」


 丹羽も納得気味に頷く。


 続いて丑の部屋に赴く。丑の部屋は行方不明の前田の部屋だ。


「じゃあ、一応入ってみましょうか、まさか戻ってきてるなんて事はないと思いますけど……」


 仲間内というのもあり柴田が戸を引いた。戸はするりと開き、部屋の中には森の部屋と同じように布団があった。そして端の方には前田の持ち物なのか半分開きかけている鞄が置かれていた、中にはお菓子とか本とかが見える。特に刃物のような物は見受けられない。


「やはり誰もいないな、前田も森さんも居ない……」


 続いて、最初に亡くなった織田さんの部屋に至った。戸は閉じられているが、部屋の中には、首を切り落とされた織田の遺体と寺男の平手の遺体が置かれている。


「こ、この部屋は入るのに抵抗があるな……」


 柴田は眉根を寄せる。


「この部屋に居るとは思いませんけど…… 一応確認しておいた方が良いですかね?」


 中岡編集も躊躇いがちに言及する。


 柴田が引き手に手を掛け戸を引いた。瞬間血生ぐさいというか、只々生臭いといった匂いが漏れ出してくる。皆は堪らず顔を顰める。


「一応、ざっとだけ確認しましょう」


 躊躇いがちな柴田を気遣って、中岡編集は先んじて部屋へ入り込んだ。私は後を追いつつも、部屋の内側に設けられている襖戸の部分から部屋の中を見るまでに留めておく。部屋には森は当然居なかった。部屋には遺体の横にあった布団で、見えないように包まれた織田の遺体と、同じように気を遣い毛布で包まれた寺男のお爺さんの遺体、そして毒を飲んで絶命してしまった佐久間の遺体が置かれているだけだった。勿論佐久間の遺体も毛布で包まれている。


「で、出よう。ここには森さんは居ないよ……」


 もう耐え切れないといった顔で中岡編集が部屋の外へと逃げる。私もそれに続いた。部屋から漏れ出す匂いは更に強くなっており、私達は部屋を出ると、すぐに部屋の扉を閉めた。


「ふう~ 辛かったな…… じゃあ次の部屋に移ろう」


 中岡編集が促す。


「それで此処は俺が寝泊りしていた部屋だ。さっきまで居たけど、まあ見てくれ、森さんどころか誰も居ないと思うが……」


 柴田は自分から部屋の戸を開け放ち中へと入っていく。部屋には布団と旅行バックが置かれていた。前に一度凶器の確認の際に部屋に入ったが、その時と余り変わりはなかった。


「じゃあ次は佐久間の部屋だ」


 しかし佐久間の部屋も柴田の部屋と同じようで森は居ない。続けて中岡編集の部屋、私の部屋を確認して、細川女史の部屋に至った。


 細川女史の部屋は板戸も内部の襖戸もが少し開いていて、廊下から中が見えた。しかし明智女史の部屋に布団も荷物も持ち込んでいるらしく、何も無かった。すこし足を踏み入れるも、只々何も無い和室があるだけであった。


「森さん居ないですね……」


 私は呟く。


「次は明智さんの部屋だな…… 昨日何をしていたかもう一度確認してみよう……」


 柴田は厳しい表情を浮かべる。


 明智女史の部屋の前で、角か立たないように中岡編集が戸を叩き声を掛けた。


「あ、あの、明智さん、それと細川さん、そこに居ると思うが、そこに森さんが一緒に居るという事はないかな? 朝から森さんの姿が見えなくなってしまっていて……」


 しばらくすると複数名の足音が戸の向こう側に近づいてくる気配があった。


「森さんは此処には居ませんよ、というか昨日この部屋に篭もってから人の出入りはありません」


 明智女史の声で説明が返ってきた。


「そ、そうですか、森さんは来ていないと……」


「ええ、来ていません」


 明智女史はきっぱりと答えた。


「お、おい! 昨日、明智さん、あんた外に出てたじゃないか、出入りがないって嘘を云うなよ!」


 横から柴田が部屋の中に声を掛ける。


「あ、あの、何か思い違いをされているじゃないですか? 私は昨日の夜からずっと光子と一緒に居ましたよ、光子は外には一歩も出ていませんよ、私が証明します」


 細川女史の声が返ってきた。ちょっと怒っている風だ。


「そ、そんな馬鹿な、俺は見たんだぞ、窓の外を明智さんが歩いているのを! この宿坊の浴衣を着て、顔を隠すように茶羽織を被っているのを見たんだ。顔を隠しているようだったが、間違いなく明智さんだったぞ!」


「そんな事私してませんし、この部屋からも出てません!」


 明智女史は怒り気味に答えた。


「もう、とにかく此処には森さんは来ていませんし、私達は外にも出てませんし、しばらく出るつもりもありません。もう話をする事はありません。失礼します」


 そう言い放ったかと思ったら、明智女史と細川女史の足音が遠ざかり、部屋の内側に設けられている襖戸がぴしゃりと閉じられる音が聞こえてきた。


「…………」


 もう気配は感じられない。


「仕方がありませんね、その件は後で改めてお伺いした上で検証しましょう。取りあえず森さんを探しましょうか?」


 丹羽は宥めるように云った。


「でも、屋内には居ないようだぞ、どこに居るんだよ?」


 柴田は頬を掻く。


「外かもしれません。外を探しましょうよ、早く早く森さんを見付けないと!」


 私は焦り気味に言及する。


「ま、まあ、良いけどね。だが、もし俺が同じように行方不明になってもアンタは探してくれないのだろうけどな……」


「そ、そんな事はありませんよ、柴田さんが同じような状態なら、私は柴田さんを一生懸命探しますよ」


 私はしどろもどに答えた。その気が少ないのがバレバレだ。


「まあ良いけどね……」


 柴田は鼻で笑う。


 そうして、屋内を探し終わった私達は屋外へと出た。外は九時半頃の時間というのも相まって、良い日差しになってきていた。


「どこから探す?」


 中岡編集が周囲を見回しながら聞いてきた。


「寺や寺の後ろ側を確認しつつ、島の裏側の地獄巡りコースを確認してみましょう。血はただの喀血で、若しかしたら庵の板とかを利用して船を作ってくれてたりするかもしれませんし……」


「船か…… 確かに船が欲しい所だな」


 柴田は納得気味に頷く。


 私達は境内の奥に位置する通路を進み、地獄巡りコースを確認していく。島の一番高い所に至ってから、最初に巡った時と同様に右側を進んで行った。


「み、皆さん、何かあるといけませんから逸れないように一団になって進みましょう」


 そう思いたくはないが、柴田が犯人だったり、丹羽が犯人だったりする事は当然ありうることだ。別かれたりする事がないように連れ立って歩く事が重要だ。


「そうだな、誰かが狙っているかもしれないからな……」


 柴田はキョロキョロと周囲を覗った。


 坂を下り、釜茹地獄を模した潮溜まりに至った。周囲には特に何もない。そのまま横にある庵に足を踏み入れた。庵は船を作成するために木を剥がしたり分解されているような事はなかった。そして中に森の姿もない。


「居ませんね……」


 丹羽が呟く。


「先に進みましょう」


 しばらく進み、今度は巨石のある衆合地獄へと至った。岩の下を抜けて付随する庵の内部を確認するも森は居ない。そして庵も分解された気配はなかった。


「この庵を壊すのは忍びないが、庵の壁を四枚重ねて縄か何かで結べば筏みたいな物は作れそうだな」


 中岡編集はまじまじと庵を見詰める。


「紐はあるのか?」


 柴田が丹羽に聞いた。


「一応竹垣を結ぶ紐とかありますから何とか出来そうですけど、この庵を上手く分解するの大変そうですね、壁を壊さず流用しようとしたら、変にバラバラになってしまったとかで、筏を作るのに余計に時間が掛かってしまったら嫌ですね……」


「それどころか、皆で乗ったら、分解しちゃったみたいな事になったら堪らないぞ……」


 柴田は厳しめな顔をした。


「とにかく森さんを探しましょう。森さんなら庵の分解とか筏とか上手くやってくれそうですし」


 私は促す。


「まあそうだな」


 柴田は頷いた。


 そうして先を進み、今度は血の池地獄の部分へと至った。湾の色が赤く、本当に血の池に見える。こんな凄惨な状態でこの血の池をみると本当に欝な気分になってくる。


「お、おい、あ、あれ! あれは何だ?」


「ひっ!」


 中岡編集の指差す場所を見た丹羽が小さく悲鳴を上げた。


 見ると血の池たらしめている湾の中央に、何かが浮かんでいた。それは二つの丸が連なったような形をしていた。


「人だ! 人が、土左衛門状態で浮かんでいるぞ!」


 柴田が叫ぶ。その二つの丸は頭部と腹部のようだった。それを見た私の動揺は半端ではない。


 も、森さん、森さんが土左衛門に…… そ、そんな、あの素敵な顔立ちの森さんが土左衛門に……。


 体が震える。立ってられない。


「って、おい、あれは前田だ! 前田じゃないのか!」


 柴田が、目を引ん剥き湾の中央を見詰め、そして叫んだ。


「えっ、前田さん?」


 私は驚き、再度湾の中央を見る。確かに森の顔ではないように見える。


「ああ、前田だ。あの顔は前田だ。間違いない! 行方不明だと思っていたら、おい、お前、死んじまっていたのかよ! 俺はお前が犯人かもしれないとか、少し疑っちまっていたよ、すまんすまん前田! お前も殺されてたなんて……」


 柴田は涙を流しながら叫んでいた。


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