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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
205/539

更なる混沌とした状況  伍

 そんな二人を見送った後、中岡編集はぼそりと声を上げた。


「さてと、僕等はどうしましょうかね?」


 そんな問いに丹羽が答える。


「でも、もう、何もしようもありませんよね……」


「……確かに猜疑的な心理状態から考えると、部屋に篭もるしかないような気もしますが……」


 森も同意の答えを口にする。


「ぼ、僕はもう部屋に戻りますね。傘で板戸が開かないように工夫して、取りあえず朝まで篭もろうと思います。こんな状況というのもありますけど、夜の暗闇は一層不安になります。何かが起こりそうで怖い……」


 滝川は怯えた様相で呟いた。


「そ、そんな訳で、じゃあ、この辺で失礼します……」


 そんな怯えた様子のまま滝川は広間を出て行った。


 滝川の背を見送りつつ、丹羽は頬を掻きつつ声を上げる。


「そうしたら私も部屋に戻ります。部屋で大人しくしているつもりです。一応ですが明日の八時頃にはこの広間に来ていると思います。習慣です。来ないと落ち着かないので来ます。そんな感じで……」


「私も八時頃にはここに来ますよ。私としてはずっと閉じこもっているのは少し反対です。いや夜は閉じこもっていた方が良いと思いますけど、明るくなってきたら、狼煙を上げるなり、何かをした方が良い様な気がします。そうだ、中岡さんと坂本さんも八時に此処へ来てくださいよ、何か手立てを考えましょうよ」


 森は私たちを見詰めながら声を掛けてくる。


「えっ、ええ、私は構いませんよ。中岡さんはどうですか?」


 私は答え。そして中岡編集に問い掛ける。


「あ、ああ、そうだな、構わんよ、明朝、ここへ来て何か手立てを考えよう」


 中岡編集は頷く。


「まあ、とにかく夜は危険な匂いがする。確かに篭もって明るくなるのを待った方がいい気が僕もする。時間が何か事態を好転させてくれるかもしれないし…… 取りあえず今晩は部屋に戻るとしよう……」


 中岡編集は私を見ながら声を上げる。


「そうですね、部屋に戻りましょう」


 私は答える。


「なら、そろそろ各々の部屋に戻りましょう……」


 そう云いながら森は立ち上がる。私と中岡編集、丹羽も立ち上がった。そうして広間を出た。


「では、私と丹羽さんはこっちなので……」


 広間を出たところで、私達は右に、森と丹羽は左へと進んで行く。いずれにしてもとんでもない状況に巻き込まれてしまったものだ。


 廊下を歩き進み、中岡編集の部屋の前辺りまで至った所で、中岡編集は止まり少し考え込む。


「どうする? もう各々の部屋に篭もるか? それとも一緒にいるか?」


 私も少し考える。


「まだ九時前ですよね? まだ眠れませんよ」


「なら僕の部屋に来るか? 少し話をしたい所もあるし」


「ええ、そうします。眠りたくても、正直眠れなさそうな気もしますし、誰かと話をしていたい気もしますし」


「僕も同感だ」


 そんな訳で私は中岡編集と中岡編集の部屋へと上がりこんだ。


 部屋には起床時のまま布団が置かれている。


「その布団の上に座りたまえ、眠くなったそのまま寝て良いから……」


 随分と優しい声を掛けてくる。


「ありがとうございます」


 私は布団の端の方に腰を降ろした。中岡編集は壁際に置いてあった座布団に腰を下ろす。


「いやいや、だが、とんでもない状況だな……」


「ええ、毒まで使われたとなると、相当危険です。いつ指に付着するか解りませんから、不用意に指を舐めたりしないようにしないと……」


「ああ、気を付けるよ」


 中岡編集は頷く。


「ところで、これから本当にどうしたら良いのだろうか? 本当に救助や警察が来るのを待ち続けるのか? ちんたらしていたら被害者が増えてしまいそうだし、僕等が被害者になってしまう可能性も高いぞ」


「ええ、ただ待ち続けるのは限界があります。明日の昼ぐらいまでなら待っても良いですけど、水も食事も口に出来ない状況で、更にもう一晩この島で過ごすのはキツイです。救助を呼び寄せる手立てや、脱出方法を模索しない訳にはいかないでしょう」


「そ、そうだな、確かに水を飲めないのはキツイな……」


 中岡編集は頬を掻く。


「で、どうする? どう脱出する? 何かアイデアは?」


「まず、狼煙は良いと思います。何かあったのかと感づいてくれるかもしれませんから…… 脱出方法に関しては、ちょっと思いついたのですが、板戸に乗り、箒みたいなので漕いで対岸を目指すとかはどうですかね?」


「大丈夫か? それなりに潮の流れがあったぞ、漂流しちゃったりしないか?」


「あくまでも一例ですよ、でも、泳いで渡るよりは現実的じゃないですか?」


「ま、まあな、僕は泳げないが、そんな僕でも可能ではある方法だしな……」


 そんなこんな数時間程、中岡編集と案を出しては検証してを繰り返していた所で、突然、取り乱したような声が廊下のほうから聞こえてきた。


「おい、お前だったんだな! 出て来い、何していたんだ、おい、お前、外で何していたんだよ!」


 余りに喚く声が大きいので、私と中岡編集は何事かと廊下に踏み出した。


 すると、柴田が明智女史の泊まっている筈の部屋の戸をどんどん叩きながら中に荒げた声を浴びせている。


 私と中岡編集は恐る恐る近づく。


「な、何事ですか?」


 中岡編集が声を掛ける。


「俺は見たんだよ、さっき障子を開けて部屋の窓の外を眺めていたら、あの推理小説家だとか云っていた明智の奴が、海のほうから戻って来たんだよ、何か隠蔽工作をしたとか、凶器を引っ張り出してきたとか、そんな様相だったぞ! あいつだ、あいつが犯人だったんだ!」


 柴田は興奮気味に叫んだ。


「おい、開けろ! ここを開けろ!」


 柴田はどんどん扉を叩く。しばらくするとその喧騒に滝川も駆けつけて来た。


「し、柴田、ど、どうしたんだ?」


 滝川は躊躇いがちに聞いた。


「あの明智という女が外で怪しい動きをしていたんだ。だから何をしていたのか問い正さないといけないと思って声を掛けているんだよ」


 そんな状況の中、戸の内側から声が聞こえてきた。


「何ですか一体?」


 明智女史の声だ。


「あ、あんたさっき外で怪しい動きをしていただろう! 何をしていたのか説明してもらいたい」


「外で怪しい動き? 私は部屋から一歩も出てませんけど?」


「う、嘘を云うな! 俺は見たぞ、さっき外を歩いているのを見たんだぞ!」


 柴田は興奮気味に叫ぶ。


「開けろ、ここを開けて説明しろ!」


「…………」


 余りの怒声にこれでは出てくるのを躊躇ってしまうように思われた。


「そこに居るのは柴田さんだけですか?」


 中から声が聞こえてきた。


「いや、俺だけじゃなく中岡さんや坂本さんもいるぞ」


 そう云いながら柴田は中岡編集に声を掛けるように促してくる。


「あ、明智さん、僕は中岡だが、僕等は君が外を歩いているのを見てはいないけど、柴田さんが見たから説明して欲しいと望んでいるようなんだ。出てきて話を少し聞かせてもらえると有り難いのだが……」


 中岡編集はお願いするように声を掛けた。


 しばらくすると、戸板の向こう側からかたかた何かを取り外すような音が聞こえてきた。そして引き戸がゆっくり引き開けられる。


「なんでしょうか?」


 戸が開き中から、明智女史と細川女史の二人が姿を見せる。


「おっ、あ、あんた達、一緒だったのか?」


 柴田は少し驚いた様子を見せる。


「ええ、この部屋で、ずっと一緒に居ましたけど……」


 明智女史が憮然とした顔で声を上げる。


「う、嘘を付け、さっき外を歩いていたじゃないか、海の方から宿坊に戻ってきたじゃないか!」


「外なんて歩いていません。ずっと幽子と一緒に居ましたから」


 細川女史はうんうん頷く。


「う、嘘だ! 庇い合っているんだろ? 俺は見たぞさっき外を歩いていたのを見たぞ! 共犯か! さては共犯だな!」


 興奮冷めやらぬといった様相で柴田が叫んだ。


「本当に外なんて歩いていません。柴田さんが夢でもみたんじゃないですか?」


「ゆ、夢だと! そんなもの見ていない、歩いていたよ、歩いていたじゃないか!」


「とにかく外へは出ていませんし、柴田さんちょっと怖いです。もう話す事はありませんから、失礼します」


 そう云いながら明智女史は戸を閉じてしまった。


「ち、ちょっと待てよ!」


 柴田が叫ぶも戸の裏側ではがたごと音が聞こえ、傘によるつっかえ棒で開かなくされているようだった。


「嘘だ、俺は見たんだ……」


 柴田は歯を喰いしばる。


「まあいい、明日にしよう。明日何をしていたのかちゃんと説明してもらうからな」


 柴田は戸に向かって声を掛ける。


「…………」


 もう戸の向こうからは声は返ってこなかった。

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