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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
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更なる混沌とした状況  参

「そ、そんな…… 毒? 毒が入っていた?」


 明智女史は佐久間の椀を見詰めている。


「そんな馬鹿な! わ、私は毒なんて入れてませんよ! だって私だって食べていますし、皆さんも食べてますけど平気じゃないですか!」


 丹羽は必死な顔で弁明する。


「料理じゃないとすると、お椀、若しくは匙?」


 そう呟きつつ、明智女史が佐久間の持っていた椀を持ち、恐る恐るといった様子で匂いを嗅ぐ。


 そんな状況を見ながら柴田が震える声で叫んだ。


「い、今流行りの青酸カリとか云うやつかよ、冗談じゃないぜ!」


「い、いえ、アーモンド臭はありませんし、ここまでの即効性は無いでしょう。若しかしたらトリカブトとかの毒じゃないかと……」


 明智女史が緊張した声で答える。


「と、トリカブトだって!」


「ええ、服毒してから十秒足らずで絶命するとなるとその可能性が……」


 明智女史は毒に関してもある程度精通しているようだ。


「丹羽さんが仰られたように、粥は皆さんが食べてますが他に症状が出た人がいないとなると、佐久間さんの椀だけに毒物を入れたか、佐久間さんの椀に毒物が塗られていたか、佐久間さんの匙に毒物が塗られていたか……」


 明智女史はそう言及しながら、丹羽の顔を見た。


「わ、私はそんな事してませんよ! そんな事をする意味が無い。私は何もやっていない何もやってはいないぞ!」


 丹羽は憤慨しつつ叫ぶ。


「それに、私は椀をお盆の上に載せはしたが、運んだのは森さんだぞ、あ、いや、明智さんと細川さんのお椀を運んだのは私だか、佐久間さんや中岡さん達のテーブルに運んでくれたのは森さんだった。森さんこそ、佐久間さんの椀に毒物を仕込む事が出来たんじゃないのか」


 丹羽が森を睨む。


「えっ、わ、私ですか? た、確かに私が佐久間さん達の椀を運びましたが、盆を持つ手で両手が塞がっていますよ、どうやって毒を入れるというのですか?」


 確かに目の前で椀を配ってくれていたが、怪しげな行動をしたようには思えなかったが……。


「ほ、ほら指に塗っておいて、それを椀に擦り付けるとかあるでしょう? そ、そうだ、そのご自身の指を舐めてみてくださいよ」


 丹羽は森に猜疑の視線を向けつつ促す。


「え、えっ、指を舐めるのですか? でも椀に毒物が塗られていたのなら私の指に間接的に付着してるかもしれないじゃないですか……」


 森は明智女史を見る。


「トリカブトって、ちょっと舐めるぐらなら大丈夫な毒ですか?」


「いえ、ちょっとでも相当危険ですよ」


「……」


 森は真剣な眼差しで自分の親指をじっと見詰める。


「や、止めて下さい」


 私は思わず叫んだ。


「そ、そんな方法じゃなくて、ちゃんと検証する方法がある筈です。万が一の事があったらどうするんですか? 潔白なのに死んじゃう場合もあるんですよ、とにかく止めて下さい」


「す、すみません……」


 森は少しホッとした表情をする。


「舐める必要まではないが、今回の佐久間さんの件に関して云うと、怪しいのは丹羽さんか、森さんじゃないかと思うぞ……」


 中岡編集が云い辛そうに言及する。


「い、いえ、解りませんよ、佐久間さんの部屋の襖戸の引手に毒を塗っておいて、毒を指に付着させていたかもしれません。そして食事の際に匙や椀に付いてしまい、それを口に含んでしまった可能性だってあります」


「まあ無くはないが……」


「それとか遅効性の毒を大分前に飲まされていたとか…… それか今日の早い時間に既にもう匙に毒が塗られていて、佐久間さんが運悪くその匙で食事をしてしまったとか……」


「匙に毒が予め塗られていて、運悪くそれで佐久間さんが食べてしまっただと…… それだと僕等が食べていた可能性もあったって事か?」


「そ、その場合はそうですね」


 説明していて私自身も怖くなってきた。


「それと遅効性の毒とか云っているが、嘔吐とか麻痺とか症状が現れるんじゃないのか? 佐久間さんが此処に来た時には別にそんな様子は無かったような気がするが……」


「だから、それは飽くまで例えですよ!」


 私は憤る。


「……いずれにしても、仮に椀や匙、若しくは引き手に毒物が塗られていようが、この島から出られない状態ではその毒を特定する事は出来ませんね…… となると状況的に推測するしか方法がない事に……」


 明智女史がぼそりと呟く。


「と、とにかく、食事は中止して、手を洗いましょう。これ以上何かあるといけませんから、手を洗いましょうよ」


 私は自分の手を見つつ促す。


「ま、まあ、すぐに洗うべきだな……」


 中岡編集は頷いた。


 一応、佐久間の遺体は皆の手で広間の端の方に移され、遺体の上には毛布が掛けられた。そして、小部屋の方に入りこみ、全員で手を洗う事となった。皆は過剰なまでに手を擦り、塗れた手を拭くのも躊躇われるのか、振って水分を落としていた。私も当然そうしていた。


「どうしましょう? 状況をもう一度整理しますか?」


 明智女史が声を上げる。


「ま、まあ、確かに落ち着いて話をしたい所だな……」


 中岡編集が答えた。


 そうして手を洗い終えた一堂は、広間に戻り、先程座っていた場所から少し離れた部分に腰を降ろした。今や部屋に居るのは明智女史、細川女史、御師丹羽、柴田、滝川、森、私、中岡編集の八人になってしまていた。仲間の佐久間が死んでしまった事でショックを受けたのか、柴田と滝川は随分静かになっていた。


「な、なあ、あんた達は何か心当たりはないのかな?」


 中岡編集が柴田と滝川に向かって質問する。


「えっ、心当たり?」


 柴田が戸惑い気味に口を開く。


「寺男さんも殺されてしまってはいるけど、前田さん、織田さん、佐久間さんは君達の仲間じゃないか、君達の仲間が殺されている率が高いと思うのだけど、心当たりがないかなと思ってさ……」


「い、いや、心当たりなんてないよ」


 中岡編集の問い掛けに柴田は緊張気味に答えた。


「じゃあ、仲間内での確執めいた事とか?」


「そ、そりゃあ、多少、気に入らない部分とか、そんなのはあったりするよ、でも皆で旅行に来てるんだぞ、嫌な奴と一緒に旅行なんて行かないだろ、ましてや殺したいほどの奴なんていないよ」


「ぼ、僕も殺したいなんて思ったことは一度もありませんよ……」


 横で滝川も口を挟む。


「そうか…… 確執はそれ程無かったと……」


「ああ、そんな事より、佐久間がどうやって毒を飲まされたかを検証してくれないか? やっぱり最初から椀に入っていたのか? それとも匙に付いていたのか? 随分前から匙に仕込まれていたのか?」


 柴田は先程座っていたお膳付近に視線を送り、そして明智女史に視線を向け質問する。


「坂本さんも仰っていましたが、椀に最初から入っていた場合なら丹羽さんが入れた可能性が高くなります。そして椀を運んでいる際に入れたのなら森さんが…… そして戸の引き手に毒を塗っていた場合や、カプセルか何かに封じた毒薬を飲ませた場合なら、全員に可能性がありますが、その場合はお仲間さんである柴田さんや滝川さんの行なった可能性がより高いと…… そして最初から匙に塗られていた場合は全員に可能性があります」


「俺達が引き手に毒って…… それに、か、カプセルなんて余計怪しいじゃないか、そんなもの渡されて飲む奴なんていないぞ!」


「この状況ですと飲むケースは少ないと思いますが、可能性はゼロじゃありません」


 明智女史は答える。


「なので、潔白に近いのは私と細川、そして坂本さんと中岡さんになると……」


「あんたらが潔白って、そ、そんな事解らないじゃないか! お前等二人とそっちの二人がそれぞれ共犯だって事も考えられるだろう? そうだよ共犯なら色々仕込み易いじゃないか!」


「私達はそんな事やっていませんし、やっても得るものもありませんし」


 明智女史が憮然と返す。


「お、お、俺だってやっていないし、得るものだって無いよ! 失った物の方が多い位だ! も、もういい、もう俺は部屋に篭もる。救助が来るまで何も食べず、何も飲まず。只管篭もっている。こ、殺されて堪るかよ!」


 段々、皆がそれぞれ猜疑的になり、殺伐とした空気になってきてしまった。閉鎖された場所で、何人も殺されているのだ猜疑的になるのも無理はないが……。


「もう部屋に帰る。滝川! すまんが俺はお前の事も信用できなくなってきている。お前はお前で好きにしてくれ、とにかく俺は部屋に帰る。じゃあな」


 柴田はそう云い残し、苛立ち気味に広間から出て行ってしまった。

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