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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
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更なる混沌とした状況  弐

 広間に着くと、そこには森が疲れたような顔で座っていた。奥の厨房の方には丹羽の姿がちらちら見える。


「ああ、中岡さんと坂本さん、いらっしゃられたのですね、では、席に余裕もありますから、お好きな所にお座り下さい」


 そう促されたものの、余り端の方の席に座るのもどうかと思う部分がある。私としては森さんの傍が良い。


「中岡さん、ここに座りましょう」


 私は森のすぐ傍の座布団に腰を降ろした。


「ああ、ここだな」


 中岡編集も頷き腰を降ろした。


「お腹の方は少し減りましたか?」


「そうでもないですが、夜中とかにお腹が空きそうなので、食べておこうかと……」


 森の質問に中岡編集が答えた。


「わたしもそこまで食欲はないですけど、矢張り食べておかないと体力がなくなりそうで怖いですから食べようと……」


 そう云いながら森は頭を掻く。


 そんなこんなをしていると、入口の方から柴田、佐久間、滝川の三人が入ってきた。


 佐久間の方は相変わらず蒼い顔をしたままだった。


「何処に座ろうか?」


 滝川の問い掛けに、柴田は周囲を見回す。


「じゃあ、そこら辺にするか」


 そうして柴田、佐久間、滝川の三人は私達からそれ程離れていない場所に腰を降ろした。


 広間に掛けられている古そうな時計に視線を送ると、六時を少しだけ過ぎている。


 奥の小部屋から丹羽が姿を現した。


「もう六時ですね、お粥をご用意致しましょうか?」


「え、ええ、そうですね宜しくお願いします」


 丹羽の問い掛けに柴田が答えた。


「丹羽さん、じゃあ私も手伝いますよ」


 森が立ち上がり小部屋の方へと近寄った。丹羽はお盆に黒い漆塗りの椀を幾つか載せてそれを森に手渡す。森はそのお盆を運び、柴田達の前、私達の前、自分の座っていた席、そしてその隣の席に椀を置いた。隣の席の椀は丹羽の物のようだ。


「では、お熱いうちにどうぞ召し上がり下さい」


 小部屋の前で丹羽が声を上げる。


「いや、俺は猫舌だから、もう少し冷めてからにしようと思って……」


 柴田は手を付けずに声を上げる。


「僕も猫舌です」


 滝川も横で言及する。


「…………」


 佐久間は無言のまま椀を見詰めている。


「中岡さんと坂本さんは如何ですか?」


 横で森が聞いてきた。


「えっ、いや、僕も猫舌なもんで……」


 中岡編集も手を付けない。最初に口を付けないという作戦を実行中のようだ。だが柴田達も同じ考えのようで手を付ける様子が見受けられない。微妙な駆け引きが感じられる。


 私は仕方がなしに椀の蓋を外した。良い匂いが漂ってくる。ただ最初に口を付けるのはちょっと抵抗がある。作戦もあるし……。


 森は一応宿坊側の人間としての意識があるようで、客を差し置き先に口にするのは拙いと思っている気配があった。


 そんな微妙な空気の中、広間の入口の方から明智女史と細川女史が入ってきた。


「あ、ああ、来られたのですね。準備は出来てるみたいですよ」


 柴田はまるで宿坊側の人間のように二人を迎える。二人も私達や柴田達からそれ程離れていない場所に腰を降ろした。


 すぐに丹羽がお盆に椀を二つ乗せ運び、二人の前に椀を並べる。これで全ての椀が行き渡った状態だ。


 丹羽はそのまま森の横の椀の前の席に近づき腰を降ろした。事件後の夕食だ。しかし妙な睨み合いが続いている。誰も手を出さない。


「じ、じゃあ、私、お先に失礼しまして」


 その空気を察したのか、森が蓋を取り、木の匙で粥をすくって口に含んだ。


 も、森さん! 私は思わず声を上げそうになる。


 森は普通の顔をして、二匙目、三匙目を口へと含んでいく。大丈夫らしい。


「じゃあ私も先に食べさせて頂きますね」


 丹羽が我々に断ってから、椀の蓋を外し粥を掬い食べ始める。それを見届けた明智女史、細川女史も粥を食べ始めた。問題は無いようだ。


「もう冷めたかな、ふう~、ふう~」


 中岡編集はしつこく小芝居を続けている。ちょっとバレバレな感じだ。


「冷めていると良いな……」


 柴田は匙に本当に僅かに粥を掬って口に入れた。柴田も柴田で小芝居を続けている。


「あっ、もう大丈夫だぞ」


 中岡編集は態々声に出してから、粥を大きく掬って口に含んだ。大げさな演技だ。


 そんな横で滝川も粥を食べ始め、無言だった佐久間も椀の蓋を取り匙で掬って口に運んだ。私も粥を掬って口へと運ぶ。


「う、うがあああああああああああああっ! がは、がはっ!」


 突然、佐久間が咽の辺りを押さえながら悶絶しはじめた。


「ど、どうした佐久間! 佐久間!」


「がはっ! がはっ! うお、おおおおおっ!」


「だ、大丈夫かよ! 佐久間! 佐久間っ!」


 隣に座っていた柴田は、そんな佐久間を体を抑える。本能なのか悶絶を抑えようとしているようだ。


「がはっ、がはっ、がはっ…………」


 佐久間はビクンビクンと激しく痙攣を続け、そのまま佐久間は青い顔をしたまま止まった。目はカッと見開かれれまま天井を見ている。


「う、うわああああああああっ! し、死んだ! 死んだぞ! 佐久間が死んだ!」


 抑えていた柴田が叫んだ。その手に感じるものがあるようだ。


 そして力の抜け切った佐久間を支えきれなくなったのか、柴田の手から擦り抜け、佐久間の体はバタンと後方へと倒れた。


「きゃあああああああああああ!」


 細川女史が叫んだ。明智女史は唖然とした表情で佐久間の様子を見詰めている。さすがにショックを受けたらしい。


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