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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
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更なる混沌とした状況  壱

 部屋に入ると、中岡編集が戸を閉めた後の溝に傘を二本差込開かないようにした。中岡編集が犯人という事はないだろうけど、もしそうだったら私はあっという間にやられてしまうに違いない……。


 中岡編集はそのまま畳の上まで進み、そこで腰を降ろした。私はその前に座ってみる。


「……大変な状況になったな…… そして、巻き込まれてしまった……」


 中岡編集はふうと息を吐く。


「そ、そうですね、完全なクローズドサークル状態に陥っていますね、クローズドサークル内での特定の人物の殺人ではなく、全員殺人のパターンに限りなく近いと思います……」


 私は答えた。答えた事により、より暗澹たる状況に追い込まれている事を再認識して嫌な汗が滲み出てくる。


「ああ、今まで僕等は色々な事件に遭遇してきたが、余り自分達が殺されるかもしれないというケースは少なかった。身延の穴山邸以来の危機的な状況だと云えるだろう。まあ、あの時は自分達が情報を握っていれば、拷問はされるかもしれないが、いきなり殺されるような事はなかったと思うがね……」


「わ、私の場合は性的拷問は無いとか失礼な事を云われていた時ですよね?」


 ふと思い出し、少しイラッとしながら口を挟む。


「そうだ。まあ、やはり性的拷問は無かっただろうが、いきなり殺されるような事はなかった筈だ……」


「ち、違います! 性的拷問が無かった可能性は低くはありませんよ、その可能性も大いにありました。でも上手く回避しただけです」


 なんだか気に入らない私は反論してしまう。


「ん? 何だね君は、妙に口を挟んでくるな…… 本当は性的拷問を受けたかったとでも云うのか?」


「ち、ち、ち、違うわい! そんなもん受けたくないわ! 中岡さんが私の事をまるで女性としての魅力が無いように云ってたからでしょ! 性的拷問を受けるような魅力は無いみたいな…… せ、性的拷問なんて受けたくありませんけど、私だって性的魅力があるんです。私だって綺麗だと云ってくれる人がいるんです。私が好きだという気持ちを光栄ですと答えてくれる人がいるんです。そうよ、そうだわ、性的拷問はお断りだけど、森さんみたいな人と愛のある性交をしたいんですよ、私は!」


 私は叫んだ。


「あ、あの男と性交したいとまで云うとは…… なんだか凄いね……」


 中岡編集は頬を掻いた。ちょっと云い過ぎたかも……。


「でも、あの森とかいう奴が犯人かもしれないぞ、僕はあの男こそが怪しく感じる。僕の本能があの男の胡散臭さを感じているんだ……」


 中岡編集が小鼻を膨らませる。どんな本能だよ!


「いえいえ、そ、そんな事はありません。あの人は胡散臭くなんてありません。自分がされて嫌な事は他の人にしてはいけないと云ってくれる凄く素晴らしい人です。そんなんだったら私に対して嫌な事ばかり云う中岡さんの方が、よっぽど胡散臭いです!」


「盲目だな……」


「そ、そんな事はありませんよ!」


 私は憮然とする。


「まあいい、取り合えず森さんの件は置いて於いて、君はどう考えているのだろうか?」


「えっ、どう考えてって?」


「ほら、事件の事や、誰が犯人として怪しいかだよ、因みにあの明智光子さんと細川幽子さんに関してはどう思う? 特に明智光子さんに関しては推理までしているのだが、その推理に関して君はどう思っているのだ?」


「えっ、まあ、普通の推理だと思います。特に間違った事も云っていませんし、推理小説家ならではと思う所も…… あっ、そうだ、中岡さんは明智光子という推理小説の作家さんを知っていますか? 私は知らなかったんですけど……」


「いや、僕も知らない。メジャーな所はチェックしているが、知らないな…… 所属しているのが、そんな大きな出版社じゃないのかもしれない、まあ君と似たような状況じゃないかと思うよ。向こうも君の事を知らないようだしね……」


「お互い様という事ですね。まあ、間違っている方へ誘導しているような事もありませんし、特に犯人っぽい振る舞いもしていないように思いますけど……」


「なら細川幽子さんの方はどうだ?」


「彼女に関しては、余り話してないから良く解りませんよ、ただ明智さんにしても細川さんにしてもですけど、あの細腕じゃあ織田信助さんの首を落とすのは無理なんじゃないかと思いますけど」


「そうか、確かにそれは難しいかもしれないな、男じゃないと流石に無理か…… 若しくは女でも北辰一刀流の免許皆伝の君程でないとな」


 中岡編集はにやりと笑う。


「いや、だから、私はそんなもん習ってませんよ、私の細腕も同じように無理ですよ!」


「またまた、ご謙遜を」


「何がご謙遜だ! 知らんわ、そんな流派本当に知らんわ!」


 私はまたまた叫ぶ。


「はいはい、解った解った、話を戻すが、じゃあ、あの丹羽さんはどうだ? 怪しい部分とかは?」


 誰が脱線させてると思っているんだよ!


「あ、あの人はちょっと怪しいかもしれませんね。人として怪しいというよりは、宿坊の管理をしている訳ですし、この島の地理的なものにも詳しいでしょうし、何がどこにあるのかというのにも精通しています。なので状況的には一番犯行が行ないやすいような気がします。寺男さんも怪しいと思っていましたが、亡くなってしまったので、犯行の行い易さに関しては丹羽さんが怪しいのではないかと……」


「犯行のしやすさか……」


 中岡編集は腕を組む。


「それならば、あの男連れの三人はどうだろう?」


「明智さんが云っていましたが、私もあの五人の友人関係の中に確執があり、それで織田さんが殺されたという考えが矢張り強いです。行方不明の前田さんは潜んでいるのか、それとも本当に行方不明なのか、はたまた逃げたのか、そしてお爺さんは何かを目撃して殺されてしまったのか? ただ、そういう考えならば今後は残った三人が殺されて収束するとも思えますが……」


「成程だな…… まあ、とにかく、危険な状態に巻き込まれてしまったからには、僕等も自己防衛をしないといけないと考えるのだがどうだろか?」


「まあ、した方が良いとは思いますけど……」


 私は頷く。


「幸いな事に僕等は二人だ。それも大親友の二人だ。お互いを信じあってこの危機を切り抜けようじゃないか!」


「あの~、大親友と云うにしては、寺男さんが殺害されただろう時間に、トイレに行ったのか? とか猜疑的に私に聞いてきましたよね?」


「あれは、他の人の事を聞きだすためのパフォーマンスだよ」


 中岡編集はしれっと答えた。


「本当ですか?」


「本当だとも、僕は龍馬を信じているからね」


 中岡編集は胸を張る。


「だ、だ、だから龍馬って云っちゃ駄目だって云ってるでしょ!」


 私は顔を顰める。


「いやいや、これは重要だぞ、僕は君が龍馬に似ているからこそ君を信じているのであって、君が後藤象二郎に似ていたら僕は君を信じられなかっただろう」


「えっ、そ、そうなんですか? 如何に長い付き合いでも、龍馬に似てないと信じてもらえないんですか?」


 意外な事実だ。そこまで重要なのか龍馬に似ている事が?


「うん」


 うん、って、おい!


「じ、じゃあ、本当は私が真犯人だったらどうします? 龍馬ですけど?」


「う~ん、僕が僕の責任をもって龍馬を止め、龍馬を成敗するしかないだろうな、おんしのやっちゅうことは間違っとるぜよ! と叫びながら……」


「…………」


 もう、なんだかどうでも良くなってきたぞ。


「で、具体的にはどう自己防衛をするのでしょうか?」


 私は強引に話を戻した。


「そ、そうだな、夜は近江屋の時と同じように二人でこの部屋に篭もろう。それと夕飯の時は最初に料理に手を付けるのは止めて、丹羽さんや、他の人が食べ始めてから手をつけよう」


 まだ龍馬から離れるつもりはないらしい。


「まあ、他の人が食べるの見届けるのは必須ですよね。でも近江屋で二人とも切り殺されましたけど、それで良いのですか?」


「二ノ轍は踏まぬつもりだ。十津川郷士が訪ねて来ても開けてはならぬし、君もほたえなと云っては駄目だぞ!」


「何ですか、ほたえなって?」


「馬鹿!」 


 怒鳴られた。


「な、何が馬鹿ですか!」


「土佐弁で、騒ぐな! って意味だぞ! それを云った為に龍馬は場所を特定されてしまったのだぞ」


「し、知りませんよそんな言葉!」


 私は憤る。


「知らない? そんな事でどうするんだ? 龍馬を語る上で重要な所だぞ」


「だ、だから知りませんよそんな事! もう龍馬から離れて下さいよ、関係ないでしょ今回の事件と龍馬は、なんなの龍馬を語るって! 関係ないですから話を戻してくださいよ話を!」


 私はキレ気味の形相で睨む。


「わ、解ったよ、ちょっと脱線しすぎたようだ。とにかく夜中に至ったら戸は開けてはならないし、万一、どちらかが外に出るような事があった場合には合言葉でお互いを確認しようじゃないか」


「合言葉ですか、まあ、決めておいた方が良いかもしれませんね…… で、山とか川とか付けるんですか?」


「何を云っているんだ、僕等に限ってそんな単純なものでは駄目に決まっているだろう」


「えっ、もっと複雑な合言葉ですか…… 覚えられますかね私に?」


「覚えられるとも、僕等のキーワードだからね」


 嫌な予感がする。


「僕等の場合は海と陸だ」


「海と陸ですか…… 山と川に似てますが、なにか関係がありましたっけ?」


「あるに決まってるだろ、海と陸だよ、海援隊の海と陸援隊の陸だろ!」


 中岡編集が私の顔を覗き込むようにしながら言及してくる。


「ああ、海援隊と陸援隊ですか…… って、まだ龍馬から離れてないじゃないですか!」


 また龍馬ネタに私は眉根を寄せた。


「いいじゃないか、その位、僕等の合言葉は海と陸だ。僕はそれ以外は受け付けないぞ!」


 中岡編集は腕を組んで顔を横に振る。そんな中岡編集に私は溜息を吐いた。


「まあ、良いですよ海と陸で、好きにして下さい。ですが今後は龍馬がらみは禁止です。不謹慎ですからね」


「あ、ああ、解ったよ…… 兎に角だ。食事の際には他の人が手を付け問題がないかを確認してから手を付けよう」


「解りました気を付けます」


 そうして私達は六時少し前になると部屋を出て広間へと向かった。

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