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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第五章 
20/539

検証  伍

 中岡編集は図書館で借りた山梨の山百選という本を手に取った。


「一応身延山や七面山の名の由来を調べようと借りてきていたのだが、天子山地の事を調べてみようと思う」


 そして、天子山地と書かれている部分を開きながら口を開いた。


「えーと、天子山地という名前は、どうやら天子ヶ岳がある山地であるから天子山地という名前が付けられているようだな。しかしながら、なぜ天子ヶ岳などという大層な名前が付けられたのだろうか……」


 中岡編集は数枚捲り、更に天子ヶ岳の部分を開く。


「……ほう、中々面白そうな逸話に基づき名付けられたみたいだな……」


「面白そうな逸話ですか」


「ああ、すぐ隣にある長者ヶ岳と伴い、伝説的な逸話が残っており、その伝説に因んで命名された旨が書かれてある。因みに、思親山に関しては矢張り日蓮がその方角にいる親を思って名付けたらしく、雨ヶ岳はいつも雲が掛かっていて雨が降り注いでいる事から名付けられたらしい。毛無山は樹木が少なく木無しから毛無しになったと書かれてある」


「そ、それはどんな逸話なんですか?」


「じゃあ、説明しよう。その天子ヶ岳の伝説というのは、炭焼き長者の伝説というもので、その伝説の語られ始めた時期は、奈良時代辺りのようだ」


「だとすると梅雪の埋蔵金伝説よりも百年程前ですね、ということは恐らく天子ヶ岳も長者ヶ岳も奈良時代辺りからその名前で呼ばれていた可能性が高い。つまり梅雪が生きていた時代に於いても……」


「その可能性が高い気がするな、そして、その伝説の話とはこうだ」


 中岡編集は本を凝視する。


「……昔、富士山西麓に松五郎という炭焼きが住んでいた。大層真面目な男で、日々炭を焼いて過ごしていたという。松五郎が炭を焼く煙は高く高く舞い上がり、不思議な事に遠い都でもその煙が見えたらしい。その煙に気が付いた天子は、あるとき呪禁師に聞いてみた。するとその呪禁師は、あれは皇女の婿になる男が立てている煙ですと云い出した。実は皇女は顔に黒い痣ができてしまい嫁の貰い手に困っていたところであった」


「主人公は炭焼きなのですか……」


「え~と、そこで皇女は富士の裾野まで松五郎に会いに行ってみた。しかし、松五郎は自分は貧しい炭焼きで、お金も無いし結婚して一緒に暮らすなどとても出来ないと断ってくる」


「まあ当然ですね。平民が天子の娘を嫁に貰うのは厳しいでしょう」


「しかし、皇女は引かず、嫁入りの支度金として松五郎に小判を渡し、このお金で生活に必要な物を揃えて下さいと告げた。しかし物の価値を知らない松五郎は、買い物の途中、池に浮かぶ水鳥を捕らえようと石代わり投げつけてしまったのだ」


「まあ勿体無い」


 石つぶてを投げるように小判を投げる姿を想像して、私は思わず云った。


「驚いた皇女は、あれはとても価値があるもので、あれがあれば水鳥など何十匹でも買うことが出来るのですよと教えた。すると松五郎は後悔した様子もなく、あんな物が価値があるのか、それなら水鳥のいた池の底に似たような色の砂と、炭焼き小屋の釜の中に沢山同じような石があるぞ。と云い出した」


「えっ、同じような石ですか?」


 意外な展開に私は目を見開いた。


「そこで皇女は松五郎と共に池に赴いてみると、池の底には金色に輝く砂金が沈んでいた。よく見ようと顔を池に近づけた際、皇女の顔が池の水に触れてしまった。すると驚いた事に顔の痣が消えて無くなった。また炭焼き小屋の竈の中をみてみると、沢山の金塊が転がっていた」


「すごい!」


「その後、皇女は松五郎と結婚し、その黄金を元手に立派なお屋敷を建て幸せに暮らした。そして、大金持ちになった松五郎は炭焼き長者と呼ばれるようになったという事だった」


「黄金が出てくるのですか、かなり関係がありそうな逸話ですね」


「えーと、もう少し続きがあるから読み上げよう。月日が流れ、皇女が病に伏してしまった。松五郎の看病虚しく皇女はどんどん弱っていった。そして、とうとう皇女は死に臨み、私が死んだら私の冠と共に都が見える山の頂に埋葬してください。と頼み息を引き取った。松五郎は遺言通り山頂に皇女の亡骸を埋葬し、一緒に冠を埋めた。皇女を埋葬した山はいつしか天子ヶ岳と呼ばれるようになり、そして隣の山は炭焼き長者と呼ばれた松五郎に因んで長者ヶ岳と呼ばれるようになったということだった」


「そんな逸話があるとは…… ですが、私、何か似たような話を聞いたような気がしますけど……」


 私は少し前に、今調べた松五郎の話にとてもよく似た話を聞いた気がした。


「そうだ。思い出してみろ、昨日似たような話を聞いている。七面山でだ」


「ああ、そうですね、七面山で聞きましたね」


「僕がもう一度その話を説明するから、照らし合わせてみてくれ」


「ええ、解りました」


 中岡編集は自分の手帳を広げた。


「いくぞ、遠い昔に京の都に立派な公卿の男と奥方がいた。何不自由の無い暮らしだったが子宝に恵まれなかった。そこで神様に祈願した。特に厳島神社に何度もお願いした所、美しい娘を授かったという。娘は大切に育てられていった。しかし年頃になった折、病気になり顔に醜い痘痕が出来てしまった。再び厳島神社に祈願したところ、甲斐の国の波木井郷の水上に七つの池の霊山があり、その水で清めれば平癒せんとお告げを受ける。そうして娘は旅立ち痘痕を治したという」


「随分似た話ですね。顔に痘痕が出来てしまって、それを治す為に富士山近くへ訪れるという部分がそっくりです」


「他にも長者ヶ岳に纏わる逸話があるのだが、それも読み上げて良いか?」


「ええ、是非聞きたいです」




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