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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
199/539

緊迫した空気  漆

「お、落ち着いてください。私の事で争わないで下さい。鋸とか鑿とか凶器になりそうな物を持っていたのに申告していなかった私が悪いんです。落ち着いてください」


 仁王立ちで睨みすえる私の前に仏師の森が立ち、慌てた様子で仲裁してくる。


「そうですよ、落ち着いた方が良いですよ。仏師さんが鋸を持っていたのに申告しなかったのは良くなかったですけど、織田さんの首は鋸で切られたんじゃありませんでしたから、仏師さんが鋸を持っていたとしても、関係はなかった事になりますから……」


 熱くなっている私とは対照的に、明智女史が冷静な声を上げる。


 とはいえ熱くなった私の心はそんな簡単に静まらない。恥かしさと怒りの相乗効果は並大抵ではないのだ。


「おい、お前、滝川だ。滝川! ちょっと前に出ろ」


 私は指示する。


「えっ、何ですか」


 滝川は少し緊張気味に前に出た。滝川は百六十五センチ程の身長だった。そんな滝川に近づき、私は上から睥睨する。


「なんで赤い龍馬って云ったんだ」


「えっ、いや、そう見えたので……」


 滝川が緊張した顔で答えた。私の威圧にちょっと慄いている。


「赤い龍馬って何だよ!」


「あ、赤くなった龍のような馬です」


 滝川が言い訳がましく云った。


「赤くなった龍のような馬だと? それ何だよ!」


 流石に拙いと思ったのか、滝川が激しく頭を掻き躊躇いがちに弁解の言葉を口にした。


「赤兎馬みたいなものです」


「せ、赤兎馬だと! 龍馬って云ったじゃねえか、それなら赤龍馬だろ?」


「い、居るんですよ、一日五千里を走るという、赤兎馬より凄い馬が…… 熱くなった貴方からその赤龍馬のオーラが見えたのです。お、お、許しを……」


 何なんだよ、その赤龍馬って、本当に居るのかよ。聞いた事もないぞ。


「ええい、次はお前だ! 柴田、ちょっと前に出ろ」


「え、えっ、私ですか」


 柴田は自分は関係がないといった顔で前に出る。


「なぜ笑った?」


「滝川が変なこと云ったからです。私は悪くないですよ」


 柴田は顔を横に振る。


「じゃあ、なんで惚れたとか云ったんだ?」


「えっ、だって明らかに惚れてるって反応だったじゃない……」


 柴田は戸惑い気味に声を上げる。


「そ、そ、そ、そ、そういう事を云っちゃ駄目でしょ!」


 私は訴える。


「女子はね、自分の気持ちを大事にしてるのよ、惚れていても惚れているというのを気付かれたくないのよ、さりげなく距離を縮めて、少し好きだよってアピールをしつつ、向こうがこっちに惚れさせるようにもっていきたいのよ、解るこの気持ち? それなのに何よ、公衆の面前で暴露して、それを開けっ広げに云っちゃったら元も子もないでしょ! 台無しよ!」


「と云う事は惚れているんですよね?」


「しっ! 云っちゃ駄目! 惚れていても惚れているって気付かせちゃ駄目って云っているでしょ!」


「でも、バレバレだし、もう筒抜けですよ、仏師さんにも皆にも……」


 柴田が周りを見る。それにつられて私も周囲を見た。皆が私を見ている。そして無言のまま頷いた。最早どうにもならない境地に至っているらしい。


「もーっ! 解ったわよ、私は森さんが好きよ、私は森さんが好きよ、私は森さんが好きなのよおおおおっ!」


 皆、どうしたもんか? といった表情で私を見詰めている。


「……が、頑張れよ」


 中岡編集が声を掛けてくる。


「若いって良いですね」


 丹羽が頷く。


「一応、応援しますよ」


 明智女史が呟く。


「私は応援できないかな」


 細川女史が呟く。ライバルらしい。


「怖い……」


 滝川が呟く。何が怖いんだよ!


「…………」


 佐久間は無言で震えている。


「こ、光栄ですよ」


 森は優しそうな顔で頷いた。


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