事件発生 伍
そうして、中岡編集と丹羽は渡し舟の船着場へと向かい、私とイケメン仏師は廊下を進み、二人の女性客である明智女史と細川女史に事態の報告へと向かう。寺男の老人とその他の男集団の四人は恐々とした表情のままその場に立ち尽くしていた。
「……す、凄く怖い事が起こってしまいましたね……」
私は横を歩くイケメン仏師の顔を見ながら言及する。
「とんでもない状態です…… まさかこの施設でこんな事が起こるなんて……」
森は真剣な表情で返してくる。
「わ、私、怖いです。怖くて怖くて堪らないわ……」
イケメン仏師の保護心を揺さぶらんと私は過剰に怖がってみせた。
「大丈夫ですよ、警察が来ればすぐ解決しますよ、それに今は昼間ですし、人が沢山動き回っていますから、おいそれとは変な事は出来ないでしょう……」
「だと良いのですが…… 私…… 怖いです……」
私はもう一度弱弱しく呟いてみる。
「少しの辛抱ですよ」
昨日のように肩をヒシっと抱いてくれるかと思いきや、特にアクションは無い。期待していたのだが、どうやら失敗らしい。
そうこうしているうちに、細川女史が寝ている未の間の前まで来てしまっていた。
「あの~、すみません、恐れ入ります。もう起きられて居りますでしょうか?」
仏師の森が少し高い声で部屋の中に呼びかける。
「あの、すみません、大変な事が起こってしまいまして……」
そこまで云い掛けた所で、部屋の入口の引き戸が静々と引かれ、中から洋風な顔立ちの細川女史が姿を現した。
「ど、どうしたのですか、大変な事って……?」
「すみませんお休みの所……」
森は頭を下げる。
「実は大変な事件が起こってしまいまして……」
「事件?」
意味が解らないといった様子で、細川女史は仏師、そして、私を見た。
目が合った私は躊躇いがちに伝える。
「……じ、実は、人が死んでいたのです…… それも殺されたみたいで……」
「えっ!」
細川女史は戸惑いながら、今度は仏師の森を見る。
「本当なのです。それもあってその事の報告と、万が一の事が起こってしまうといけませんので、お集まり頂いた方が良いかと思い呼びに……」
森が答えた。
「万が一の事?」
「……えーとですね…… まだ犯人が誰だか解っていない状態で…… まだ危険がある恐れもありまして……」
森は云いずらそうに説明する。
「……!」
細川女史は顔を蒼白にする。
「い、今、丹羽さんが警察を呼びに行ってくれています。取り敢えず警察が駆けつけて来るまでは皆で一緒に居た方が良いのではないかという事になりまして……」
「……そ、そうだ。光子は?」
細川女史は思い出したような顔で聞いてきた。
「お連れ様ですね?」
森が聞き返す。
「ええ」
「これからお部屋に呼びに向かう所です。出来ればご一緒にお願いできると……」
「え、ええ、わ、解りました……」
細川女史は手櫛で髪を整えながらそのまま廊下へと出てきた。私と同じく浴衣に茶羽織を羽織っている姿だった。
それから私と仏師の森は細川女史を連れ立って、隣の明智女史の部屋へと赴いた。
戸の前で細川女史が戸をノックする。
「ね、ねえ、光子、起きてる? ちょっと出てき欲しいのだけど……」
細川女史が部屋の前で中に向かって声を掛けた。
「……ね、ねえ、光子、ちょっと出てきてよ」
しばらくすると、戸が引き開けられ、私と同じうりざね顔の明智女史が姿を現した。
「何? どうしたの? あら、坂本龍子さんとイケメンさんも一緒じゃない」
お、おい、龍子って何だよ、微妙に違ってるぞ……。それとイケメンさんって……。
「み、光子…… 聞いて、なんだか人が死んでいたらしいの…… どうも殺されたみたいで……」
細川女史は私と仏師森の方を確認するように見つつ説明する。
「こっ! 殺された?」
明智女史は驚いた様子で、私と仏師の森を見る。
「ええ、先程、こちらの方にもお伝えしたのですが、玄関に近い方の部屋にお泊りの男性のお客様が死んでいたのです…… それも殺されたらしく……」
「ど、どうしてそんな事が?」
「……解りません。そして、まだ犯人が誰だか解っていない状態でありまして…… 危険がある恐れも……」
森が言及する。
「誰が殺したのか解らないから危険だと?」
「ええ…… まあ、兎に角、今、他の人が警察を呼びに行ってくれています。そんな状態もあり、取り敢えず皆で一緒に居た方が良いのではないかと……」
「確かに、そ、それは、そうね……」
明智女史は納得の様子で頷く。
「取り敢えず、その亡くなられた部屋の前に皆さんお集まりです。警察もそこに来るでしょう。なので出来ればそちらの方へ」
「わ、解かったわ……」
明智女史は頷きそのまま廊下へと出てきた。そんな明智女史も浴衣姿だった。
それから私と仏師森、明智女史、細川女史は食堂方向に向かって廊下を進んで行く。
「しかし、怖いわね…… 殺人だなんて……」
明智女史と細川女史は仏師森の背に隠れるように付いて行く。そして、事もあろうに明智女史は仏師の作務衣の背中の裾を摘んでいた。
こ、こ、こら、その人に触るんじゃないよ! 私は心の中で文句を云う。
「殺人という事は殺人犯がいるのよね…… 私、襲われたらどうしよう……」
明智女史がそう呟きながら森を横から覗き見上げる。
「そんな時はイケメンのお兄さんに守ってもらおうかな?」
な、なに? 私は耳を疑う。
「えっ、私ですか?」
森は戸惑い気味に返事をした。
「駄目ですか?」
私と同じうりざね顔の明智女史が訴えるような顔で見上げる。
かあっ! 駄目だ、駄目に決まってるだろ! お前みたなモブを守る訳ないだろ! その人は私の事を守るんだよ! 誘惑すんな! 誘惑すんなよ! その人はうりざね顔に弱いんだぞ! 誘惑するなよ!
私は心の中で激しく憤る。
「一応、私なりに出来る限りの事はしますけど…… 警察がくれば大丈夫ですから……」
「宜しくお願いしますね!」
明智女史は笑顔を向ける。
「ええ、出来る限り頑張ります」
そんな馬鹿な…… その人を守るのに頑張っちゃったら私の事を守れないでしょ! 私の事が好きなのに……。