事件発生 壱
翌朝、恐ろしげな叫び声を耳にして私は目を覚ました。時計を見ると時間は朝の七時少し前だった。
「何なんだよ一体……」
私は布団から這い出して、浴衣姿のまま廊下から顔を出てみる。横を見ると同じように顔を出した中岡編集の姿があった。寝起きで酷い顔だった。
「ど、どうしたのですか一体?」
私は目を擦りながら聞いた。
「いや、よく解らない…… 玄関に近い場所の方から叫び声が聞こえてきたようだが……」
私達より奥の部屋に寝ていたのか、廊下の奥側から、明智女史と細川女史が心配そうな顔を覗かせ、此方に視線を送ってきていた。
「な、何ですか? さっきの叫び声は? 喧嘩か何かですか?」
手前の部屋に寝ていた細川女史が戸惑い気味に私に聞いてくる。
「さ、さあ、広間とか受付があった方から聞こえてきたような気がしますけど……」
私は答える。
「あ、あれ、あそこ、誰かが廊下に座り込んでいますよ……」
細川女史が廊下の先を指差しつつ声を上げた。
よく見ると、中肉中背の男が立っており、その傍に腰を落とし座り込んでいる者の姿も見えた。
「……むう、ちょっと行ってみようか……」
中岡編集がボサボサの頭を搔きながら廊下に出てきた。
「もしかしたら、困ってるかもしれませんね、一応行ってみましょうか……」
私も廊下に身を出した。
「わ、私は、ちょっと怖いので、此処に居ます……」
細川女史が躊躇いがちに呟く。
「私も止めときます。後で何があったか教えて下さいね」
奥の明智女史は、そう告げると早々に部屋に頭を引っ込めてしまった。
「とにかく、聞いてこよう……」
中岡編集が歩みだした。私はそれに続く。
近づいていくと、腰を落として座り込んでいたのは、昨夜、私の事を偉人だとかぬかした佐久間とか呼ばれていた小太りの男だった。その小太りの男はガタガタと小刻みに震えながら、部屋の中を指差している。
傍には、昨夜、あふっ、とか笑いを漏らしつつも、敢えて謝罪してきた顔の長い男が立っており、その男も直立不動のまま部屋の中を見ていた。その顔は昨日とは違い緊張しきっており、恐ろしい何かを目にしたかのように強張っていた。
「一体どうされました?」
中岡編集はその立ち竦む男に声を掛けた。
「た、大変な事が起きました……」
「大変?」
「あ、あれです……」
中岡編集が促された方に視線を向けた。
「うわわわわわわわわあっ! な、な、なんだこれは!」
顔を向けた中岡編集が仰け反りつつ声を上げた。
そんな中岡編集とその男の隙間から、私は恐る恐る中を覗き見てみる。
部屋は私達の部屋と同様に、戸の奥側にもう一枚襖戸があり、その奥が畳敷きの和室になっていた。襖戸は開け放たれており、奥には布団が敷いてあった。そして、その布団の上には腹部に包丁のような物が突き立てられている人の姿があった。
ひ、人が死んでいる! 私は息を飲んだ。
ただ、それだけではない、その遺体は恐ろしい事に更に普通ではなかった。な、なんと首から上が無くなっていたのだ。
「ひっ!」
私は思わず小さな悲鳴を上げる。
「ど、ど、ど、どうしてこんな目に……」
中岡編集が問い掛ける。
「わ、解りません…… うっ、うぐっ、がっ、かはっ……」
立っていた男は不快さに耐え切れなくなったようで、顔を背け、膝を付き嘔吐しはじめる。
私も胃の中の物がせり上がってくる感覚に襲われ、何とも言えない不快感が込上げてきた。