宿坊へ 伍
そのままつかつかと私達と五人連れの席の近くまでやってくる。
「お止め下さいませ、こちらのお客様がお困りになられてらっしゃるじゃないですか……」
「…………」
周囲を見回しながら言及するイケメン仏師に、皆は押し黙る。
嗚呼、なんて心根の素晴らしい人なんだ…… 馬鹿にされている私を庇ってくれるなんて……。
「誰かを誰かに似ていると云って笑うというのは良くありません。自分の身に置き換えてみてください。とても傷付くと思います。自分がされて嫌な事は人にはしてはいけないのです。その繰り返しが全ての人を平和にしていくのですから……」
良い事を云う…… 格好の良い奴は心根までも格好が良いらしい。
「あ、あ、いや、す、済みませんでした。私達がいけなかったです。不謹慎でした……」
あふっ、とか云った、男集団の中でもまともそうな男が申し訳無さそうに言及した。
「ご、ごめんなさい」
そして、私を見詰めながら頭を下げてきた。少し顔が長い馬面な男だった
「あっ、いや……」
私は何と声を返して良いのか解らず小さく頷くのみだ。
その謝罪につられて、男五人衆の他の面子も呟くようにごめんなさいと云いながら頭を下げてきた。少し離れた場所では明智女史と細川女史も僅かに頭を下げている。
「……お、お連れさんに失礼な態度を取ってしまいまして申し訳御座ませんでした……」
率先して謝罪をし始めた顔の長い男が、私の横に座る中岡編集にまで頭を下げる。
「えっ、僕に謝られても…… 事実似ているから……」
中岡編集が何てことはないといった表情で返す。
「えっ、事実似ている?」
こ、この男、なに余計な事を!
「ええ、だって似てるからペンネームを坂本龍馬子って名乗っていますし……」
馬鹿たれ!
「ぺ、ペンネーム? 坂本龍馬子?」
「ええ」
謝罪してきた男の顔が歪み、みるみる紅潮していく……。
「あぶっ!」
もう堪らないといった顔で男が噴出した。
「龍馬子、龍馬子、坂本龍馬子!」
「ぷっ」
「ぶっ」
瞬間、周囲から同じような噴出す音が聞こえてくる。しかし、皆は口を押さえ必死になって笑いを堪える。とはいえ肩は震え上下し声は押し殺しているが間違いなく笑っていのは瞭然だ。
嗚呼、再燃だ。私は天を仰いだ。
そして同時に私の怒りも同様に再燃しはじめる。
「だ、だ、大丈夫ですか?」
そんな私の様子に気が付いたのか、慌てた様子でイケメン仏師が聞いてきた。
「…………」
私は憮然としたまま固まっている。
「だ、大丈夫ですよ、少し似ているかもしれませんが、あなたは綺麗ですから……」
イケメン仏師が怒りを消すかの如く優しく微笑みながら云った。
「えっ、き、綺麗?」
綺麗って云ったの?
私は予想もしていなかったとんでもない一言に怒りどころではなく目をパチクリさせる。
そしてイケメン仏師は両手で私の肩をガシッと抱きもう一度云った。
「ええ、大丈夫です。貴方はとても綺麗です」
嗚呼、貴方の方はとても格好が良い。もう、大好きになってしまうでしょ。
そんな私を抱いた光景に皆は驚いたのか、笑いの火は一気に鎮火した。そして驚いたような顔で私とイケメン仏師を見詰めている。
嗚呼、これがイケメンに愛され守られている女の領域か…… なんて心地が良いんだろう。
私は天にも昇る心持になった。恐らく恍惚とした表情を浮かべているに違いない。
「ああっ、こほん」
再燃させた張本人の中岡編集が業とらしい咳払いをする。
「あっ、これは失礼しました」
イケメン仏師は慌てた様子で私の肩から手を離した。
「でも、本当です。自信を持ってください。貴方は綺麗ですから……」
イケメン仏師は周囲の沈静化した様子を確認しつつ、小さく頭を下げ自分の居た席へと戻っていった……。